スタートアップのパブリックストーリーを紡ぐ

スタートアップは立場や見方によってその意味が異なります。
創業者であれば自己実現や金銭的リターンの手段かもしれません。投資家にとってスタートアップは一種の金融商品です。一方で、社会や政府から見ると、社会全体の公益を増やす手段です。
今回は特に、社会や政策という観点から見たときに、スタートアップの位置づけがどのように変わりつつあるのかを見ていきます。
そして、スタートアップやスタートアップエコシステムには、投資家や市場に向けたエクイティストーリーだけでなく、社会に向けたパブリックストーリーが改めて必要になってきているのでは、という話を、社会的期待の多元化などの観点から行いたいと思います。

スタートアップ=経済成長のエンジン、というストーリー

この十数年、日本社会や日本政治がスタートアップ、特にハイグロース・スタートアップに期待していたのは「経済成長」だったように思います。
2010年代の日本は、アベノミクスに代表されるように、社会全体の課題が経済成長だという雰囲気がありました。そんな中、アメリカでは Google や Facebook などのスタートアップが経済成長を牽引しており、各国政府がそれを見てスタートアップを経済成長の手段として注目することが増えました。それに応じるように、日本社会でもスタートアップによる経済成長への期待が高まり、日本での補助金等を含む政策的な支援へとつながっていったのだろうと感じます。
そうしたスタートアップに関するパブリックストーリーやナラティブが、世界全体に暗黙に共有されていた時代だったとも言えます。
こうした「スタートアップ=経済成長」というストーリーがあり、かつ「国家課題=経済成長」だったからこそ、スタートアップは「起業家・投資家の私的リターンを超えた社会的な意味」を持つものと捉えられ、政策的な支援という『社会からのスタートアップへの投資』が成立していたと言えます。
スタートアップに公的な支援を行うことは、単に創業者を助けることでも、投資家を助けることでもなく、社会全体の経済成長につながると期待されていたからこそ、政策的な支援が正当化されていました。
社会の優先順位の変化

しかし現在、日本社会における国家課題の優先順位は変わりつつあります。
もちろん、経済成長はいまも重要です。ただ、それと同時に、別の価値も以前より強く意識されるようになっています。
たとえば、
- 主権の確保や、戦略的なオプションの生成(○○安全保障など)
- サプライチェーンや重要技術の確保
- 高付加価値な国内雇用の確保
- 人口減少下でも維持できる社会インフラの構築
- 地域課題の解決
などです。
これらは以前から存在していた課題でもありますが、国際情勢の変化や技術覇権の問題、人口減少、地方の担い手不足などを受けて、経済成長と同じくらい重要な政策課題として見られるようになってきました。
ある意味で、社会からの期待が多元化してきており、社会がスタートアップに期待する内容も変わってきている、ということです。
経済成長が唯一最大の国家課題だった時代には、スタートアップは「成長を生むもの」として説明すればよく、これは金融的な投資ともよくアラインできていました。
しかし、社会が重視する価値が変わってきたのであれば、スタートアップ側の説明も変えなければ、社会からの信任を得ることはできず、社会からの投資や支援を受けることも難しくなるでしょう。
ついては、もし今後も日本社会からの支援、ひいては政策的な支援を求めるのであれば、スタートアップエコシステム側も、市場に向けたエクイティストーリーとは別に、日本社会に寄与するというパブリックストーリーを改めて構築していく必要があるのだと思います。

そのパブリックストーリーの一極が、昨今日本でも話題の Palantir の CEO による『テクノロジカル・リパブリック』なのでしょう。シリコンバレーは、消費者向けアプリを作っていないで、もっと国家や安全保障に寄与すべし、というメッセージです。
もちろん、すべてのスタートアップ個社がそうした社会的な動きをしなければいけないわけではありません。独立独歩で、純粋に市場と顧客だけを見てやっていくこともできますし、小さくても強い事業を作ることもできます。市場や再分配がきちんと機能している限りにおいて、市場での価値の最大化は社会貢献にもつながります。
ただ、エコシステム全体としてみたと起因は、社会が何に価値を置いているのかを無視すると、社会からの支援を受ける正当性はなくなってしまいます。
ある意味で、社会におけるスタートアップの価値や意味が変わりつつあるのであれば、それを認識しておかなければならない、ということです。
ただ、経済成長も含む様々な社会的価値をスタートアップが同時に満たすのは、以前よりも難しくなっているとも思います。
「スタートアップ=日本の経済成長」という説明の弱まり

まず「スタートアップが経済成長を牽引する」というストーリーについて考えてみます。
経済成長という目標は、営利企業や金融との相性が非常に良いものでした。スタートアップが大きなリスクを取り、成功した一部の企業が非常に大きなリターンを得ます。その勝者にはパワーローがきくため、グローバルで1つの経済圏が機能していれば、かなり青天井に近い成長が期待できます。その意味で、スタートアップを通じて経済成長を実現するという説明は、非常にわかりやすいものでした。
しかし実績という観点で見ると、この10年、スタートアップが日本社会の経済成長を牽引するという期待に十分に応えられたかというと、現時点では胸を張ってYesとは言えない状況でしょう。
もちろん個別の企業やファンドでの成功例は出ていますし、それらの成功を過小評価するべきではないと思いますが、エコシステム全体として見たときに、スタートアップへの政策的・社会的投資に対して、十分なリターンを返せているかというと、残念ながらそうではないと言わざるを得ないでしょう。(たとえば東証グロース市場の市況や、上場後の成長の鈍化、時価総額の伸び悩みなどを見ると、少なくとも「スタートアップが日本経済の成長を大きく牽引している」とまでは言いにくい状況です。)
もちろん、日本のスタートアップエコシステムはまだ成熟途上であり、10年程度で成果を判断するのは早いとも思うところですが、そうした状況を受けて、大きな成長を目指さないようなエコシステムに最適化していく動きを見せるのであれば、それは経済成長を担うというストーリーからは自ら降りて、それに合った資本、支援、語り方を選ぶべきなのだろうと思います。
大企業の復活と躍進
そんな中、大企業は業績や株価が改善し、またAI等による好況によって経済成長という観点では期待が増しつつあります。さらに○○安全保障等への寄与などでも相対的に果たしうる役割が増えてきています。
人材という面でも、スタートアップは、大企業では得られない待遇や成長機会を提供できる存在でしたが、大企業での待遇や働き方改革、面白い新規事業等による成長機会も見直される中で、学生の就職先も徐々に大企業に目を向けつつあるように感じています。
日本社会におけるスタートアップの立ち位置もまた変わってきているということです。
グローバル市場の細分化
さらに、世界がかつてほどグローバルで単一の市場であると信じられなくなってきています。経済圏が分断され、自国や同盟国の経済圏がより重視されるようになると、スタートアップが狙える市場の天井も変わります。
もちろん、現実にはさまざまな迂回路を経由して市場はつながっていて、完全に分断されているわけではありませんが、グローバルに一気に広がり、勝者が世界市場を総取りするという前提は、以前よりも弱くなっているように見えます。
(世界経済のチョークポイントを担えばまた話は変わってきますが、それは戦略が変わってくる話です。)
その結果、「スタートアップが日本社会の経済成長に寄与する」という説明は、以前より少し弱くなってきているのではないかと思います。
経済成長以外の価値とVCモデルの相性

では、経済成長以外の価値についてはどうでしょうか。
たとえば、主権の確保や戦略的オプションの生成です。これはいわば「○○安全保障」です。
経済安全保障、技術安全保障、食料安全保障、エネルギー安全保障など、一国の社会が将来の不確実性に備えるための領域は、経済的価値に換算すると、国民や社会にとっての保険料です。国民がこうした保険料をいくら払うのか・払えるのかによって、事業の経済的リターンが決まる事業領域だとも言えます。
こうした領域には、明らかに社会的な意味がありますが、経済的に大きなリターンが出るものは、その中のほんの一部に限られるように見えます。なぜなら基本的に国単位での話になり、市場が国の規模に制約されるからです。
もちろん、経済安全保障領域のすべてが国内市場に閉じるわけではありません。むしろ、同盟国・同志国市場に広がるものや、世界のチョークポイントを握りうる技術もあります。ただし、その場合でも、純粋な民間市場とは違い、政府調達、輸出管理、標準化、技術流出防止、国際関係といった要素が強く入り込むため、従来の成長戦略では戦いづらいところが増えてはくるでしょう。
そう考えると、日本において従来型のVCモデルが常に最適かというと、そうではない場面も多くなってくるでしょう。VCのお金は、社会的には必要だが、市場規模が限定的であったり、収益化まで長い時間がかかったり、政府調達や規制に強く依存したりする領域とは、相性が悪い場合があります。アメリカのような一国で巨大な市場を持つ国であれば成り立つモデルかもしれませんが、日本がそうだとは言いづらいように見えます。
スタートアップの特徴を改めて考える

では日本でスタートアップを諦めれば良いのかというと、そうではないとも考えています。
どのようにスタートアップが貢献できるかと考えたとき、スタートアップが他の事業体とは異なる特徴があるとすれば、
- ハイリスク・ハイリターンの技術や市場の探索
- 技術変化・社会変化への素早い反応
だと思います。

この二つは、既存企業や行政が苦手にしやすい領域です。既存企業は、既存事業、既存顧客、既存組織、既存の収益責任を抱えており、行政は、公平性や説明責任、失敗回避の制約を抱えているからです。
そんな中で、まだ市場があるかどうかわからない領域に踏み込み、失敗する可能性を前提に探索することは、スタートアップだからこそできる動きです。
スタートアップの価値は、まさにそこにあるのだと思います。であれば、そうした役目を果たしている姿を見せること、それが、スタートアップが社会から支援を受けるために必要な動きなのではないか、と思います。

たとえば技術的に難しく、事業化まで長い時間がかかり、成功確率も低い領域では、市場メカニズムだけでは十分な投資が行われにくくなります。これは、大学や企業における研究開発と似ています。基礎研究や長期の研究開発には、直接・間接の政府補助が重要になる場合があるのと同様に、長期で準備をしていくべきものに対してスタートアップが対応するなどです。
昨今のAIという技術変化においても、単に既存業務を少し効率化するだけではなく、労働供給が制約される日本社会において、人手不足を前提にした新しい業務設計をつくることや、AIの普及に伴って起こる電力、データセンター、半導体、計算資源の制約を解くことなどです。これらは市場機会でもあり、また正しく行うことができれば、社会的な意味も大きいものです(データセンターなどは電気・水などのインフラにダメージを与える面もあるため)。
そうした社会の変化に対して機敏に反応し、それを日本社会に対して意味のある形で実装することで、「スタートアップが社会にいて良かった」と思ってもらえるのだろうと思います。単にアービトラージを取るような動きをしているだけでは、社会からの信任を失ってしまうことになるでしょう。
まとめ:原理原則に立ち戻って役目を果たす

スタートアップは、経済活動全体で見たときには特殊な手段です。既存企業が取りづらいリスクを取ったり、まだ市場が見えていない領域を探索することができ、それによってときに大きな当たりを引きます。
そうした特殊な手段だからこそ、既存企業が取りにくいリスクを取ること、長い時間をかけて社会実装すること、既存産業が見落としている市場を見つけること、社会変化に対して既存組織よりも早く動くことを通して、そうした探索の結果として、経済成長や公益に資すること。スタートアップが社会から支援される理由は、まさにこの種の不確実性の探索にあるのだと思います。
そしてそうした挑戦をしている姿を改めて見せ、「日本社会におけるスタートアップの意味」というパブリックストーリーを紡いでいくことが、スタートアップやスタートアップエコシステムが、日本社会からの投資や支援を受けるためにも必要な時代になってきているのではないか、と思います。
