「スタートアップのグローバル化支援」の落とし穴

NotebookLM によるまとめ
スタートアップのグローバル化、あるいは外貨を稼ぐスタートアップへの育成に期待が高まりつつあります。
個人的には、基本的にはこうした取り組みを進めていき、外貨を稼ぐ産業を日本で作っていくべきだと思いますし、それにスタートアップが大きく貢献することを願っています。本稿の主題である「グローバル化支援」も手厚くなるとよいでしょう。
ただ、公的資金でグローバル化を支援するなら、「外貨を稼ぐ」だけでは終わってはならないとも思っています。その価値とキャッシュフローが、どれだけ日本に残る設計になっているかまでをセットで見ていく必要があります。
この記事で言いたいことを先にまとめると以下のようになります。
- 「外貨を稼ぐ」ことは重要。ただし「稼ぎ方」と「残し方」に留意する。
- 高付加価値な業務(R&D・プロダクト開発・IP・意思決定)が日本に残るほど、国内への波及が大きくなる。
- 公的支援ならなおさら、国内裨益の設計と評価軸が必要になる。
- 外貨を稼いでも国内が豊かになるとは限らない
- 公的支援をする場合の評価軸
- どんなスタートアップが条件を満たしやすいか
- まとめ:国益を最大化するグローバル化支援に向けて
- 補記:「外貨を稼ぐ」と「外貨を呼び込む」を分けておく
外貨を稼いでも国内が豊かになるとは限らない

日本の現在の問題の1つは貿易収支・サービス収支の悪化だと言われます。
毎年エネルギー資源の輸入に25兆円以上支払う年が続いており、最近はデジタル赤字も増えてきて、貿易収支・サービス収支を合わせると赤字の年が続いています。
その一方で、日本は経常収支が黒字だから安心だ、という論もあります。
国の経常収支は、
経常収支=貿易収支+サービス収支+第一次所得収支+第二次所得収支
であり、実際、ここ十数年の日本の経常収支は黒字です。
これは貿易やサービスの悪化を第一次所得収支(海外投資からの利子・配当・投資収益)が支えてきたという面があります。(下の図の黄色の部分)

このグラフを見ても分かるように、2011年以降が黄色の比率の増加が顕著です。
2011年から数年は震災で原発が止まり、エネルギー資源の輸入が増えた年だったので少し特殊ですが、ただそれ以降も貿易収支・サービス収支は弱く、ここ数年は赤字となっています。それを補填しているのが第一次所得収支です。
いわば、2011年以降の十数年で「貿易立国から投資立国へ」と言われる構造変化が起こってきているとも言えます。
帳簿上の黒字とお金の流れは違う
ただし、ここで重要なのは、帳簿上の黒字と、国内に回ってくる現金の動きは一致しないことがある、という点です。

第一次所得の中には、直接投資の「再投資収益」(内部留保のようなもの)が含まれます。これは、統計上は所得として計上されますが、実務としては現地で再投資され、日本に配当として環流しない形も起こります。
こうなると、
- 海外で稼いだ利益が海外で回り続ける
- 国内の賃金・投資・研究開発の原資になりづらく、賃金上昇や投資が抑えられる
という現象が起こりやすくなります。
もちろん国内の賃金や設備投資は他の要因でも決まるので、これだけが原因ではないのですが、「海外で稼ぐ」ことがそのまま「国内が豊かになる」に直結しないことは、少なくとも押さえておくべき前提です。
お金が戻ってこないことによる別の問題
日本にお金が戻ってこないことは別の問題を生みます。

日本にお金が戻ってこないということは、円買いの需要が小さくなるということです。これにより円安が維持されると、輸入に頼るエネルギーや食品が相対的に高くなります、
つまり、このような構造が起こってしまうと、賃金上昇の抑制と生活インフラの高騰が重なることで、多くの人の生活が苦しくなることにつながってしまう可能性があります。
もちろん、企業の株価は上がるので、株式を持っていれば状況は変わるかもしれません。ただ、そうした資産を持てない、給与所得のみで生活している層にダメージが寄ってしまう、ということです。
デジタル赤字の加速の可能性

さらに、最近は「デジタル赤字」もよく議論になります。ここでいうデジタル赤字は、
- クラウド等のコンピュータサービス
- ソフトウェアやコンテンツのライセンス・著作権等使用料
- ネット広告等を含むデジタル関連の対外支払い
が積み上がることで、サービス収支を押し下げる(=外貨が出ていく)という話です。
デジタル支払い自体は必要な投資でもあるのですが、支払うだけでなく国内からも稼ぐ(輸出・IP・プロダクト)構造を増やすことが論点となります。

つまり「外貨を稼ぐスタートアップを増やす」という方向性自体は妥当なのですが、外貨を稼ぐことと同時に、その価値とキャッシュフローを、どう日本経由とさせるかが、日本にどこまで裨益するかを決めることになるということです。
もう一段具体化すると、外貨を稼ぐ際にも、
- 高付加価値な業務(R&D、プロダクト開発、設計、データ・アルゴリズム、PM)
- 知財(IP)の帰属
- 税・社会保険・雇用としての国内波及
をどれだけ日本に残しているかが重要、ということです。
公的支援をする場合の評価軸
ここまでの話は最近よく議論される日本の経済状況全般をまとめただけです。
ただこれを踏まえておかないと、スタートアップの支援への信認が得られないのでは、というのがこの記事で議論したいことです。
こうした状況を鑑みた上で、スタートアップの実務に落とすなら、支援の設計・審査で以下のような観点を持つことになるのだろうと思います。

1) 国内に残る高付加価値業務の比率
- 国内R&D費、国内開発人件費、国内の上位職種比率
- “コア機能”の開発が国内か(運用だけ国内になっていないか)
2) 知財(IP)とデータの帰属
- 特許・著作権・コアアルゴリズムの権利主体がどこか
- データがどの主体に蓄積され、誰が利用権を持つ設計か
3) 国内へのキャッシュフローの立ち方
- ロイヤルティや役務提供(サービス輸出)として日本側に収益が立つか
- 海外販売主体でも、日本側が価値の源泉として対価を得られる設計か
4) 国内の税・雇用への波及
- 国内給与総額(所得税・社保も含む)、国内の課税所得の見込み
- 国内サプライヤーや研究機関との連携、スピンアウト等の波及
評価軸がないまま「外貨を稼ぐから支援する」としてしまうと、国内は販売拠点や下請けに留まり、中核が外に出ていく形でも「グローバル化の成功」に見えてしまいます。公的資金を使うなら、そこは避けたい、という話です。(※民間資金であればこのようなことを考えず、最大の投資リターンを考えていけば良いとは思います。)
こうした整理は支援対象の幅を拡げることにもつながります。
たとえば、日本人がアメリカで作ったスタートアップであれ、中核のR&Dやプロダクト開発を日本に残し、販売だけをアメリカで行うなら、日本への裨益は大きくなりやすいでしょう。そうであれば、支援の対象にもなりえます。
一方、日本に登記されていても、中核的な開発を海外オフショアし、日本は市場としてしか見ていないなら、国内への波及は限定的になりやすいため、支援の対象とするかどうかは目的に応じて考えるべき、ということになります(労働力の輸入や効率化など別の価値はありますが、国内に残る高付加価値という意味では弱くなります)。
どんなスタートアップが条件を満たしやすいか

これまで、日本のスタートアップと言えばソフトウェア業界でした。
そしてソフトウェアは、これまでは外貨を稼ぐというより、労働人口減少の穴埋め(生産性向上)の役割が大きかったと思います。
ただ、今後スタートアップがグローバルで稼ぐことを税金で支援していくなら、ソフトウェアスタートアップであっても、上記に挙げた「国内に価値が残る設計」をより強く意識するべきでしょう。
また、ソフトウェア企業はアセットが軽い分、移転しやすい性質があることにも注意が必要です。ドラギレポートでも、2008年から2021年に生まれた147社のEUユニコーンのうち、40社が本社を移転と指摘されていますが、同様のことは日本でも十分に起こりえることです。
また、起業時から「グローバル企業を作るなら米国で始めた方が良い」という話が出てくるのも、この性質と関係があります。日本で起業する外国人がいるのも、同じ文脈です。
特にスタートアップが雇用等を大幅に生むのは、初期段階ではなく規模拡大の段階です。「どのように日本に残ってもらうか」をきちんと考えておかないと、「国内で産みの苦しみを味わったのに、良いタイミングで国外に持って行かれる」ということが起こりかねません。
そうした観点では、アセットが重いために移転が大変で、国内に高付加価値な業務が残りやすいディープテックに期待がかかります。
ただし、ディープテックでも研究開発や生産を現地化し、稼いだお金を現地で再投資する構造になれば、国内還流は細くなりえます。結局ここでも、「どこに中核が残る設計か」が重要になってきます。
まとめ:国益を最大化するグローバル化支援に向けて

NotebookLM のまとめ
外貨を稼ぐスタートアップを増やす、という方向性は重要です。ただ、単にグローバル化を進めるだけでは、これまでの日本で起こってきた問題を再発させることになり、注意が必要だろう、ということです。
そしてそれが不作為に進んでしまうと、社会基盤が揺らぎ、経済活動もままならなくなります。
よって、公的資金で推すなら、スローガンとしての「グローバル」ではなく、外貨獲得と同時に「高付加価値業務・IP・利益配分・雇用や税の波及」がどれだけ日本に残る設計なのかを、最初から評価に入れたほうが中長期には良い結果をもたらすと思います。
そうしてはじめて意味のある「日本発グローバルスタートアップ」の政策議論につながるのではないでしょうか。
補記:「外貨を稼ぐ」と「外貨を呼び込む」を分けておく
なお、スタートアップの議論では、「外貨を稼ぐ」ことと「外貨を呼び込む」ことも混ざりやすいので分けておきます。
- 外貨を稼ぐ(経常面):輸出(モノ・サービス)、ロイヤルティ、越境の役務提供など
- 外貨を呼び込む(金融面):海外VCからの出資など
どちらも大事ですが、外貨を呼び込むこと=外貨を稼ぐことにはなりません。むしろ海外VCなどは「十分大きな日本市場で成長することによる投資リターン」を期待して日本のスタートアップに投資して、別の国は現地の投資先に投資してポートフォリオを組むので、むしろ海外進出はやらないでほしい……という投資戦略を取る投資家もいます。もし外貨を稼ぐために呼び込むのであれば、外貨を稼げる産業への海外投資を促さなければならないと思いますし、そのあたりの機微はきちんと読んでおく必要があるように思います。