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引き受けるということ

引き受けるということ

「やりたいこと」や自分の欲望を明確にして、「自分で選ぶ」ことが今の世の中ではとても大事にされているように見えます。キャリアでよく使われるWill・Can・Mustで言えば、自発的なWillが重視されていることになります。

これに対して私は、Mustから始めるという考え方もあるのではないか、という話をしてきました。

Willがこれほど重視されるようになったのは、1990年代以降にいくつかの側面で個人化が進んだことが一つの要因ではないかと思っています。

たとえば先ほども挙げたキャリアです。かつては会社が配属や異動を決めていましたが、終身雇用の前提が揺らぎ、キャリアは個人が描くものになってきました。そのときに求められるのは個人としての意思決定であり、教育でも就職活動でも「やりたいこと」が求められるようになります。

これは個人の自由が増したという良い面でもあります。一方で、会社や社会が引き受けていたリスクを個人に転嫁する変化だとも言えます。それまで「私たち」で引き受けていたものが、一人ひとりの「私」に割り振られていった、と言い換えてもよいかもしれません。

「自分で責任を負う」という結論は、「自分で選んだから」という前提があって成り立ちます。「あなたは何をしたいのか(何を選ぶのか)」という問いに答えると、その先には「あなたが選んだのだから、結果の責任はあなたにある」という言葉が待っています。この理屈が通れば、会社や社会は責任を個人に負わせられます。2000年代に「自己責任」という言葉が流行ったのは、その一つのあらわれだったように思います。

選べる範囲が広がるのに合わせて、責任やリスクも個人が負うようになるという理屈は、筋が通っているように思えますし、一定の範囲でそれがフェアなのだろうとも思います。しかし、立ち止まって考えると、まず「本当に選べたのか」という疑問が浮かびます。もう一つ気になるのは、選ぶことと責任が結びつくと、「自分が選んでいないことや、自分のせいではないことには責任はない」という逆の感覚が生まれやすくなるのではないか、ということです。

この感覚が広がると、自分が選んだことだけを自分の範囲とする「私」が並ぶことになります。そこでは、誰も選んでいない問題が誰のものでもなくなってしまいます。

こうしたことを考えていた折、先日、元同僚と話していて「引き受ける」ということが話題になりました。最近読んでいた本でも、「歴史を引き受ける」という話が出てきました。自分のWillで選んだとは言えないものとの関わり方を言い表すのに、この言葉は確かに合っているかもしれないと思い、今回は「引き受ける」ことについて考えたことを書き残しておきます。

選んでいないのにやって来るもの

生きていると、選んでいないのに不意にやって来るものがあります。面倒な仕事が回ってきたり、拾わなくてもいい火中の栗を拾うことになったりします。生まれた国の歴史や、気候変動のような問題もそうです。選択と責任を結びつける理屈に従えば、こうしたものは「自分が選んだわけではない」として片付けることもできてしまいます。でも本当にそれでいいのでしょうか。

2010年代に國分功一郎の『中動態の世界』がよく読まれたのは、この理屈への違和感が共有されていたからかもしれません。國分は、出来事を「する」か「される」かで捉える言葉を、誰の意志から出たのかを問いただす「尋問する言語」と呼びました。尋問する言語は、出来事の出どころを一人の「私」の自発的な意志に求める言語とも言えます。「あなたのやりたいこと(Will)は何か」という問いも、その一つでしょう。

一方で、主語が過程の内側にいることを表す「中動態」の見方を借りれば、居合わせることや役が回ってくることは、したことでも、されたことでもありません。能動態でもなく、受動態でもなく、そのグラデーションの中にある状態です。自分がその出来事の内側にいて、往々にして自分以外の人もいます。

では、内側にいる人は、その出来事とどう向き合えばよいのでしょうか。中動態が「内側にいる」という状態を言い表す見方だとすれば、「引き受ける」という言葉は、内側にいる人がそこからどう応じるかを言い表すのに使えるように感じています。

私の場合、選んでいないのにやって来るものは、身の丈を超えた仕事の依頼という形をとることがあります。そうした依頼が来るのは、幸運が積み重なった末に今の立場にいるからです。そのたびに「私よりもっと知っている人や賢い人がたくさんいるはず」「自分なんかが引き受けてもよいのか」と考えてしまいます。インポスター症候群のような申し訳なさを感じるのが正直なところです(さすがにそろそろ、そうした気持ちからは抜け出すべき年のようにも思いますが)。それでも、ここで自分が断れば適切ではない人に役が回ってしまうかもしれない、と思うときには引き受けています。

申し訳なさを抱えたまま引き受ける、このもどかしさの背後には、自分のせいではないけれども、たまたまそこにいたことに対して負う責任がある、だから引き受けるという考え方があるように思います。

ただ、「自分のせいではないのに責任がある」という言い方は、冒頭の「選んだから責任がある」という理屈とは噛み合いません。そこで、責任という言葉を少し分けて考えてみます。

応答としての責任

責任には、少なくとも二つの側面があると思います。一つは、自分がしたこと、あるいはしなかったことと、その結果について問われる責任です。「自己責任」の理屈が拠って立つのは、こちらでしょう。もう一つは、他者からの呼びかけや目の前の問題に応える責任です。ここでは、前者を「行為への責任」、後者を「応答責任」と呼びます。英語の responsibility は、response(応答)と同じく、ラテン語の respondēre(答える、応答する)に由来しています。

道で人が倒れていたとします。倒れたのは、通りかかった私のせいではありません。それでも、居合わせたのなら救急車を呼ぶくらいはできます。選んだわけではない状況にも、応答(response)することはできるわけです。

歴史も同じです。西ドイツのヴァイツゼッカー大統領は、戦後40年を記念する1985年の演説『荒れ野の40年』で、生まれていなかった人が自分のしていない行為について罪を告白することはできない、と述べたうえで、こう続けました。

罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関り合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。

ここでは、罪と、過去を引き受ける責任が分けられているように読めます。罪は一人ひとりの行為に結びつきますが、過去を引き受ける責任は「われわれ全員」を主語にして語られています。これを自分たちに引き寄せると、1945年以降に生まれた、戦争の当事者とは言えない世代であっても、たまたまドイツや日本に生まれ、先進国としての恩恵を受けているのであれば、その過去を引き受ける責任がある、ということになるのではないかと思います。

逆に「戦後生まれだから、かの戦争は私とは関係ない」と戦前と戦後を区切ってしまうと、その国の歴史を引き受けないという立場の表明にもなります。これは、冒頭で触れた「選んでいないことには責任はない」という感覚を歴史に当てはめたものであり、過去から続く「私たち」から自分を外すことでもあると思います(そうした個人主義的な考え方があってもよいのかもしれませんが)。

気候変動も誰のせいとも言い切れない問題です。今まさに排出されている温室効果ガスは自分たちの行為の結果であり、行為への責任の対象と言えます。しかし、温室効果ガスを排出し続ける社会システムや共同体の在り方を選んだのは、自分たちが生まれる前の人々です。私たちが望んでその社会に生まれてきたわけでもありません。

だから私たちに責任はない、と開き直って今の状態を続けることもできるかもしれません。しかし、こうした問題は、少なくともこれから変えることはできます。一方で、一人の応答だけで変えられるものでもありません。であれば、歴史と問題を引き受けて、ほかの人とともに解決しようと努めることも、一つの在り方ではないかと思います。

つまり、行為への責任が「過去に誰が何を選んだか」を一人ひとりに問うのに対して、応答責任は「今ここにいる人たちがこれからどう応えるか」を問うものだと考えています。

受け取ったものに応える

ただ、すべての人が同じように引き受けられるわけではありません。引き受けられるキャパシティの大きい人が、より多くを背負うことになるでしょう。ノブレス・オブリージュのように身分を根拠にするのではなく、どれだけ応える力を持っているかで考える、ということです。

人生には誰にでもいろいろな脆さがあって、完璧な人はいません。誰もが何かしらの傷や弱さを持っていますが、相対的に見れば、傷が浅い人も、強い人もいます。忙しい時期もあれば、健やかな時期もあります。傷や弱さは、ゼロか1かで分けられるものではありません。そして、日本に生まれたというだけで、世界全体で見れば恵まれているほうに入ります。その中でも恵まれた家庭に育ち、よい教育を受けて、いわゆるエリートと呼ばれる立場にいる人なら、なおさらです。

ここで、冒頭で棚上げにした「本当に選べたのか」という疑問に戻ります。本人の努力があったのは確かでしょう。それでも、努力できる環境や、「やりたいこと」を持てる環境に生まれたこと自体は、選んで手に入れたものではありません。自発的にWillを持てることも、すでに受け取ったものの上に成り立っていると言えます。

そして、受け取ったものの多くは、家族や先行する世代、教育や社会の仕組みといった、自分の外から来ています。戦後世代が過去を引き受ける理由として、恩恵を受けていることを先に挙げました。応える力の大きさも、同じように受け取ったものの大きさとつながっているように思います(私が身の丈を超えた依頼を引き受けているのも、幸運の積み重ねで今の恵まれた立場にいるからです)。だから、多くを受け取ってきた人ほど、「やりたいこと」よりも、たまたま出会ってしまった課題を積極的に引き受けてもいいのではないかと思っています。

その応え方は一つではありません。自分が中心になって結果まで背負う「強い応答」だけでなく、気づいたことを声に出す、少しの時間やお金を出す、扱える人のところまで届けるといった「弱い応答」もあります。倒れた人のために救急車を呼ぶのも、弱い応答の一つです。少し手を差し伸べるだけでも、それができる立場にいる人や、その機会が巡ってくる人は少ないでしょう。であれば、機会が巡ってきたときにできることをする、それだけでもよいのではないかと思います。

来たものにどう応えるか

人生に何がやって来るかは選べません。けれども、やって来た出来事にどう応えるかは、ある程度選べます。國分は、過去から切り離された純粋な始まりとしての「意志」と、過去からの流れの中で絶えず行われる「選択」を区別しています。

「あなたのやりたいことは何か」という尋問する言語は、選択を前者の強い意志として扱っているのかもしれません。しかし私たちは、やって来たものにどう応えるかを選ぶことでも、自分の在り方を示せます。

この順序は冒頭の「自己責任」の理屈とは逆になっています。自己責任の理屈では、まず選択があり、その結果として責任が問われます。引き受けるという考え方では、まず出来事がやって来て、それに応える責任が生じ、そのなかでどう応えるかを選ぶことになります。そう考えると、選ぶことと引き受けることは対立しないように思います。引き受けることもまた、一つの選択だからです。

ただしそれは、國分の言う意味での選択であって、純粋な始まりとしての意志ではありません。引き受けることは、自分から始めたわけではないという意味では能動的とは言えません。かといって、押しつけられただけでもないという意味では受動的とも言えません。中動態の言葉を借りれば、出来事の内側にいる人が、その過程の中で応じている、ということです。

自然発生的な「私たち」がなくなったあと

冒頭で、自分が選んだことだけを自分の範囲とする「私」が並ぶと、誰も選んでいない問題が誰のものでもなくなってしまいやすい、と書きました。では、そうした問題を引き受ける「私たち」は、どこから生まれるのでしょうか。

かつて人は個人だけでは生きていけませんでした。食糧を確保し、子どもを育て、災害や病に備えることは一人ではできませんし、家族や村、あるいは会社といった集団を抜きにして生きていくことは難しかったはずです。そのため集団は、誰かが意図してつくるまでもなく、いわば自然発生的に形成されていたのだと考えています。そこでの「私たち」は、選んだものでも引き受けたものでもなく、生きるための条件でした。

冒頭で書いた1990年代以降の個人化は、これが変わっていく過程でもあったように思います。もっとも、人が他者なしに生きられるようになったわけではなく、今でも暮らしは多くの人の働きに支えられています。変わったのは、その依存が市場や公的なサービスを通じた匿名のものになり、見えにくくなったことだと考えています。

顔を合わせて関係を結ばなくても暮らせるようになれば、集団に属する必要は薄れます。それは、所属を理由に何かを強いられる、与えられた「私たち」からの解放でもありました。その一方で、それまで「私たち」で引き受けていたものが、一人ひとりの「私」に割り振られていくことにもなりました。

「私たち」が自然には形成されなくなった今、誰かがつくろうとしなければ「私たち」は生まれにくくなっています。そこで能動的に共同体を作ろうとする試みもいくつか出てきているのでしょうが、決してそれだけではなく、自らが選んだとは言えないものを「引き受けていく」ことでも、新しく「私たち」が構成されていく可能性があるのではないか、と思います。

それは、見えにくくなった他者への依存を、もう一度関係として結び直すことでもあるのかもしれません。ヴァイツゼッカーの演説も、過去を引き受けることで、私たちは「われわれ」の一員になるよう求めているように読めます。これも、そうした「私たち」の一つのかたちだと思います。

能動でも受動でもない関わり方

とはいえ、選んでいないものを能動的に引き受けることを、すべての人ができるとは限りません。先に書いたように、引き受けられるキャパシティは人によって違います。日々の生活で手一杯の人にまで「『私たち』をつくるために能動的に引き受けるべきだ」と求めれば、それは自己責任の理屈を裏返しただけのものになってしまいます。

そこで手がかりになるのが、先ほど見た、引き受けることの「能動でも受動でもない」という性格です。たとえば、居合わせたからつい手を貸すことや、頼まれて断りきれずに少しだけ関わること、気になって様子を見続けることがあります。こうした関わり方は強い意志で始めたものではありませんが、ただ押しつけられているわけでもありません。前に挙げた弱い応答の多くも、こうした形で行われているように思います。

もっとも、断れない人に仕事が集まりやすいことを考えると、この間の関わり方は、引き受けないことも一つの応え方として認められていて、はじめて成り立ちます。また、すべてに応えられる人はいません。どこまで関わるかは、どれだけ近くに居合わせたか、何を受け取ってきたか、どれだけ応える力があるかによって、人それぞれ違ってよいと思います。

振り返れば、私が身の丈を超えた依頼を引き受けるときのもどかしさも、自分の意志で選んだとも、押しつけられたとも言い切れない、その間にある感覚だったのかもしれません。

個人に背負わせ直さないために

ここまでの議論には、冒頭で問題にしたことを自ら繰り返しているという批判がありえます。会社や社会が引き受けていたものが個人に転嫁されたことを問題にしておきながら、その解決を個人の引き受けに求めれば、社会の問題をもう一度個人に背負わせることになるからです。

これに対しては、引き受けることと、個人が背負い続けることを区別したいと思います。個人の引き受けは出発点であって、行き着く先ではありません。倒れた人のそばに居合わせたとき、私たちがするのは自分で治療することではなく、救急車を呼ぶことです。救急という仕組みがあるからこそ、居合わせた人の応答は小さくて済みます。同じように、引き受けた問題も、できるだけ「私たち」が引き受けられる形、つまり組織や制度、慣習へと渡していくことができます。気づいたことを声に出すことや、扱える人のところまで届けることといった弱い応答が意味を持つのも、そこから問題が仕組みへ渡っていくからです。

裏返せば、社会や会社が引き受けるべきものは、引き続き社会や会社に求めてよいということでもあります。個人の引き受けは制度の代わりではなく、制度をつくり直すきっかけです。そして、引き受けた人が一人で抱え込み続けているなら、それは「私たち」が構成されたのではなく、その人に負担が移っただけでしょう。引き受けがうまくいったかどうかは、どれだけ背負ったかよりも、どれだけほかの人と分け合える形にできたかで測るほうがよいと考えています。

選ぶことと引き受けること

強い意志で引き受けられる人は少数でも、能動でも受動でもない形で関わる人は、ずっと多くいるはずです。かつてのように自然に「私たち」が形成されるわけでも、全員が強い意志で「私たち」をつくれるわけでもない今、その間にある関わり方が積み重なり、仕組みへと渡されていくことで、「私たち」は構成されていくのではないかと考えています。

つまり、選んでいないものを能動でも受動でもない形で引き受けていくことが、「私」ではなく「私たち」を構成していくのではないか、ということです。

個人として生きる自由は、そのまま残してよいと思います。そのうえで、Willを起点にするだけでなく、こうした引き受け方も認めていくことで、人は社会や歴史との接点を持ち、ほかの人とともに「私たち」になっていくのではないかと思います。