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高専と地方でのアントレプレナーシップ教育

地方でのアントレプレナーシップ教育、特に高専でのアントレプレナーシップ教育について政府関係の方に意見を求められたので、提出した資料を基に記事にしておきます1。

学校ごとに違うアントレプレナーシップ教育

前提として、アントレプレナーシップ教育は学校ごとに少しずつ異なるはずだと、私は考えています。

その学校に関わるステークホルダーや社会からの期待が、その学校で行われるアントレプレナーシップ教育には強く反映されると思っているからです。

学校は一種のNPOであり、(特に大学は)教職員や学生らによる自治を基本とした運営がなされています。一方で国公立の学校は国や政府、地方自治体や国民も大きなステークホルダーであり、何かしらの役割や期待を引き受ける代わりに、税金という資金を得ながら設立・運営されています 2。

たとえば東京大学は日本のエリートを養成することを期待されている大学であり、研究者や官僚を養成したり、グローバルで活躍し日本との架け橋になったり、国内で次の産業を作る人材を育てる役目を期待されている学校だと私自身は考えています。

そうした役目を持つ学校でアントレプレナーシップ教育を行うなら、そうした領域で活躍できる人材や、そうした領域に適したアントレプレナーシップを涵養し、人材を輩出していく役目があるでしょう。

たとえば狭義のアントレプレナーシップであるビジネスの起業を題材にするなら、起業の中でも次の産業を作るためのハイグロース・スタートアップに注力し、次世代の大企業と高付加価値な雇用を生むことなどに注力することになるかと思います。そのほか社会課題を大きく解決したり、公益に資するような事業をする起業家を生み出すことも求められるもしれません。

つまり、学生個人や教職員個人の私益最大化を支援するためのアントレプレナーシップではなく、より公的な役目や期待を意識するようなアントレプレナーシップ教育の中身を考え、提供する責務が教育に関係する人間としてあると私は考えています。3

一方、地方の大学や学校であれば、その地域に資することを期待されています。そうなれば、おそらく別の形のアントレプレナーシップが必要とされるでしょう。たとえば、その地域での社会課題を解決するための社会起業推進などもその一つです。

もちろん、課題解決の手法など、アントレプレナーシップにおいて共通のコンピテンシーはあると思います。しかし、同じコンピテンシーを涵養しようとしたときにも、扱う題材は違っても目的は達成できますし、そうした文脈を汲むことで、内容は違ってしかるべきだと考えます。

商業高校や一部私学など、商業人材を輩出することを学生・地域からも期待されている学校であれば、スモールビジネスを含んだ一般的なビジネス起業を進めることが内外から求められていると思うので、そうした学校でのアントレプレナーシップ教育はビジネス起業教育の路線で良いと思います。

ただそのほかの多くの学校は、地域社会や国からの学校への期待を改めて考え、自校に期待される役目に適したアントレプレナーシップ教育(ビジネス的な起業以外のアントレプレナーシップ教育)4を行うことが大切だと考えています。5

これまでの高専の役目

では高専はどうかというと、高専はかなり戦略的かつ産業的に作られた学校であり教育システムだと思っています。それは抽象度を高めて言えば、地域のイノベーションに貢献するための学校です。

1960年代の日本の経済を牽引したのは製造業であり、特に大量生産のイノベーションでした。そのために多くの技術者が必要であり、短期での技術者養成校として作られたのが高専です。また地域産業への貢献も期待され、各校で特色のある学科が作られました。このモデルは成功し、今やKOSENモデルとして東南アジアに輸出されていると聞きます。

しかし1960年頃と比べると、求められるイノベーションは大きく変わりました。

日本の大量生産の現場は中国に移転し、地域の産業も徐々に変わりつつあります。日本で高い付加価値を生んでいくためのイノベーションは、おそらく高専の開設当初に求められていたそれとは異なりますし、今求められている人材は1960年代に求められていた人材像ではありません。

もともと地域で就職することが多かった高専の卒業生も、首都圏への就職や進学を選ぶことが多くなったようです。人口減少の局面に入り、人余りだった時代にはメリットだった「就職率100%」というのも当然になる中で、学生の皆さんが高専に期待するものも違ってきているのでしょう。

もちろん、よりよい就職先を求める学生やその家族の意向に沿って、あるいは流行に乗って情報学科を作るのも一つの手です。しかし、情報学科の卒業生は首都圏で就職しやすい傾向にあります。そうして首都圏への人材輩出校になると、いずれ地域からの信任や、ひいては税金での補助などは失われてしまいます。

同様に、高専での起業を安易に促進しても、受託ソフトウェア等の起業では、結果的に首都圏へ移転してしまうでしょう。米国のアトランタでもそうであったように、地域とつながりの薄い起業は移転してしまう傾向にあります(Georgea Tech のあるアトランタでは 3 年以内 40 %、5 年以内 60 % 、10年以内75%のハイテク系スタートアップが州外に移転、という調査があります)。

もし高専を地域の産業やイノベーションのための学校であるとするなら、今その地域で求められているイノベーションは何なのかを考える必要があります。そのためには地域の産業政策や、昨今であれば地方創生の政策を考慮する必要があります。

つまり、高専でのアントレプレナーシップ教育を考えるうえで、地域産業政策まで立ち戻って考える必要がある、ということです。特に高専はその成り立ちから、地域産業戦略との連携の必要が顕著にある教育機関のように思います。

地域の産業政策を考える

地域の産業戦略を考える、というのは重すぎる作業ですし、専門外なのであまり立ち入りませんが、いくつかヒントは提供できます。

まずはグローバリゼーション時代における地域の産業政策・イノベーション政策を考えていくうえで参考になるのが、2021年や2022年に紹介した Innovation in Real Places という本です。この本は2021年のドナー賞(その年の最も優れた公共政策の本を選ぶカナダの賞)も受賞しており、カナダのイノベーション政策関係の人には必読書となっていると聞きます。

著者であるトロント大学の Breznitz 教授はこの本の中で、イノベーションはインベンション(発明)ではないこと、ハイテク+起業でなくともイノベーションは起こせること、そして地域ごとに適切な形のイノーベションを追求することが鍵となる、という主張をしています。

多くの地域や政府がシリコンバレーのスタートアップモデルを真似ようとしていますが、それ以外にもイノベーションを生み、高付加価値な雇用を生み出す道はある、ということです。

本書の詳細な内容は ChatGPT の Deep Research に要約を依頼するなどである程度把握できるはずなので、そちらにお任せします。著作の中でのイノベーションの整理は、おおよそ類型としてこんな形です。

類型

主な活動

典型例

必要な地域能力

① 新規性

世界初の製品・技術を創出

シリコンバレー、イスラエル

先端的な研究機関、VC、高度人材、リスク許容

② 設計・試作・生産技術

アイデアを試作品へ落とし込む

台湾 ICT、イタリア高級靴

専門的な中小企業群、応用研究&技術者養成機関

③ 第 2 世代/部品改良

既存製品を継続的に改良

内燃機関の絶え間ない改善など

既存産業基盤、継続的改善、部品産業

④ 量産・組立

多品種を効率的に量産

中国・珠江デルタの電子機器製造

大規模生産インフラ、物流、グローバルアクセス

高専が設立されていたときの日本は③④を中心とした産業であり、それに準じた技術者が高専から輩出されていたように思います。

一方、最近盛んなシリコンバレー+スタートアップモデルの模倣は、①を地域に作ろうということです。しかし①の実現は極めて困難であり、成功したとしても、その恩恵は一部の起業家や投資家に集中しやすく、地域経済全体への波及効果は限定的で社会経済的な格差を拡大する傾向がある点に注意が必要だと言われています。

たとえばイスラエルなどは、外国資本のVC資金を使ってハイテク・スタートアップの創出に成功した例としてしばしば取り上げられます。ただ内実をよく見ると、成功したイスラエル企業は確かに海外市場で株式公開して巨額の利益を上げましたが、95% 以上が外国資本だったため、利益の多くは国外投資家に還流し、国内の他産業の生産性や賃金は停滞、かつて平等主義的だった社会だったのに一部の人だけが儲かり、他産業に波及しなかったため、相対的貧困状態の人口の割合が高い国へと変化した、という指摘もなされています。(あとイスラエルは再分配が弱い点がOECDからも指摘されています。)

よくよく考えて起業を進めなければ、同様のことは東京⇔地方でも起こるでしょう。東京にいる人たちが儲かり、地方は搾取されるモデルです。特にソフトウェア領域においてはその可能性は高いと思っています。

①ではなく、③④で生きていく手法もあるかと思いますが、④は現状では中国や発展途上国がおそらく強く(だからこそKOSENモデルが輸出されており)、研究開発に強い研究機関が地域にない限り①は難しく、②③あたりが多くの地方が高付加価値を実現しつつ、取れる産業戦略なのではないか、と思います。

(ただ Breznitz の本も、自由貿易経済が2025年のような状況になる前に書かれた本なので、経済安全保障等の力学を加味して、少し再検討する必要があるとは思います。)

地域産業を考えた高専での教育

仮にそうした地域産業戦略を取り、高専がイノベーションのための学校だとすると、高専は地域での②③に対するイノベーション人材を輩出していくことになります(ただしこれは地域がそうした戦略をとった場合の仮定です。ほかにもグローバル化して海外の人材を呼び込むなどの選択肢もありえます)。

実際、高専側でもこうした認識があるようで、先ほどの表と似たような分類がなされています。

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/061/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2014/11/18/1353485_1.pdf

ただ、従来は大企業の支店や工場があり、そこが高専人材の受け皿となっていましたが、受け皿となる雇用が地域になくなりつつある中では、単に人材を輩出するだけではうまくいきません。

地域に貢献する人材をその地域に残そうとすると、その地域で新しい事業を立ち上げる、ということが従来よりもより求められるはずで、そのときに狭義のアントレプレナーシップ、つまり起業が求められることになるでしょう。

比較的成功しているであろう例としては、たとえばドイツの例があります。ドイツでは旧産業をもとに、デジタルを掛け合わせて新しい産業を作っているようです。その地域のエコシステムとして、ハブを作ったり、教育機関が地域と連携したりしています。

https://www.projectdesign.jp/201812/area-future-vision/005752.php

そこで今の時代の高専は、「地域の産業課題や地域の社会課題を、テクノロジー(ソフトウェア以外も含む)で解決し、その地域の産業と社会に貢献する」という立ち位置で新たに貢献しうるのではないかと思っています。

また、その種のイノベーションを起こしていくとき、起業というのは現代から近い未来において1つの大きな選択肢であり、アントレプレナーシップ教育はその文脈でも重要であるように思います。

高専でのアントレプレナーシップ教育

そうなると、高専でのアントレプレナーシップ教育は、地域課題や地域産業と密接に関係しながら、その地域のイノベーションをテクノロジーで牽引していくような、実践的・創造的人材としての起業家を育てるための教育をしていくことになるでしょう。

デジタルは一つの選択肢でしかありませんが、仮にデジタルとした場合でも、各地域の地場産業をデジタル化し、そのデジタル化したモデルや製品を他地域や他国に売っていくような、そんな新しいビジネスの輩出校になりうると思います。またデジタル以外の知識も用いて、地域の社会課題をテクノロジーで解決していくような取り組みも可能な学校であるように思います。

つまり、この文脈での高専のアントレプレナーシップ教育は、

  • 地域産業テック起業教育
  • 地域社会テック起業教育

などを題材にして、地域のエコシステムと連携しながらアントレプレナーシップを涵養していく、という形になるのではないかと考えています。

高専の良い点は「技術」という解決策を短期に養成しながら、それを活用した実践的な課題解決ができることです。さらに地域の大学の教育と比べたときに、教育内容はより実践的で、その地域に密接に関係する傾向にあります。

最先端の研究で新規性のある起業をしていくという機能は旧帝大などに比べると弱いかもしれませんが、既存の技術を応用するという点ではより実践的・創造的であるので、こうした地域社会課題解決に特に適した学校のように思いますし、アントレプレナーシップ教育もそうした文脈で活用しうるのかなと思っています。

既存のカリキュラムの中でアントレプレナーシップ教育を実践するための『埋め込まれたアントレプレナーシップ教育』

しかし授業時間は限られています。高専は短期で技術者を養成するという目的もあり、JABEEなどで厳しく質確保がされているので、授業のコマはかなり埋まっています。教員の皆さんも、研究に加えてクラス担任、クラブ顧問、校務等も重なって疲弊していると聞いており、追加の課外活動をすることも難しいでしょう。

そこでアントレプレナーシップ教育を追加・別枠で行うのではなく、『埋め込まれたアントレプレナーシップ教育』という形で、従来の科目の中でアントレプレナーシップ教育的な要素を入れていく――という取り組みができるのではないかと思っています。たとえばこちらの報告などがSTEMでの例としてあります。

授業自体を少し変える必要があるため、最初の負担は大きいかと思いますが、それでも追加授業を行うよりは良いかと思いますし(一度やるとどんどん追加されていくので…)、もし地域で新しい時代のイノベーションが求められているのであれば、それに合わせた教育をしていくことを率先して求められるのだろうと思います。

それに、実践的・創造的な教育をする高専だからこそ、こうした取り組みはしやすい学校だろうと考えています。ただ、難しいことであることは間違いありません。アントレプレナーシップ教育に取り組む歳に、授業数や課外活動を増やすのか、授業の中身を変更するのか、どちらの難しさを取るのか、というグラデーションのある問題だと思います。

まとめ

高専外部の人間がどうこう言うのもおこがましい話ではあるのですが、アントレプレナーシップ教育という観点から見たときに、各校でどのように考えていくべきか、という点であれば多少考えを述べることができるだろうと思うので、その考え方を紹介させていただきました。教育社会学等の観点からは批判点も多いようにも思いますが、いったんは自分の考えとしてまとめさせていただきます。

なお、学校としてステークホルダーからの期待に沿うよう努力するとは言え、教育側で中長期の観点を持つことは必要です。多くの場合、産業界や学生個人は短期的な期待がかなり強く出る傾向にあるからです。特に産業界の要望は短期になりがちです。

地域産業を考えたうえで教育を考えるときは、その地域で2040年に15歳になる人口(つまり、その地域で2025年――今年です――に生まれた子供の数)や、そのときの産業構造を考える必要もあることは付記させてください。

特に地方では、日本全国に比べて人口減少スピードが速く、今後社会減も加速すると思われます。中には若者人口が半減してしまうところも出てくるでしょう。(たとえば、優れたレポートを出されている八戸高専のある青森県は、2009年の出生数は9500人程度でしたが、2024年は5410人だったようです。15年後はこの約5410人というパイを県内の各学校が争うことになります。)

そんな中で、どのような地域産業を残すのか、そしてそのためにどのように地域産業と教育が連携していき、どのような種類のアントレプレナー(ビジネス起業家に限らず)を育てていくのかが、アントレプレナーシップ教育では特に問われているのだろうと思っています。

脚注

  1. 岸田元総理の会のときと同様、なるべく開示しておくべきだと考えています。 ↩

  2. 社会からの期待に添おうとしすぎると、短期的かつ市場志向が強まったり、既存の権力を温存することになるので、それに対してクリティカルな立場も取れる教育をするべきだとは思いますが、本論から逸れるので今回は議論しません。 ↩

  3. 違う考え方でやっていらっしゃる同じ大学の先生もいるかもしれませんが、私はそう考えている、という話です。 ↩

  4. 私自身は、ビジネス起業を題材に用いたアントレプレナーシップ教育については、アントレプレナーシップの教育効果という観点からも、学校に期待されている役目という観点からも、その方針には反対の立場を取ることが多いです。 ↩

  5. だからといってハイグロース・スタートアップを教えるべきではない、というわけではなく、強弱の問題です。また広範な学校で扱える1つの共通解が地域課題を用いた政策起業であると個人的には思っていますが、それはまた別なので別途書きます。 ↩