Non-Profit スタートアップ - 『社会的インパクト』を短期間に急成長させる『非市場領域』でのスタートアップ

2025-01-18 追記: Non-Profit スタートアップの支援プログラムを実施できることになりました。詳細はこちらから。
クラウドやスマートフォンが登場し、数十年経ちました。それらの普及と、オープンソースなどの貢献のおかげで、ソフトウェアベースのサービスはより安価に開発・配布・運営ができるようになっています。
その結果、ソフトウェア領域ではハイグロース・スタートアップを起業しやすくなり、この数十年で多くの企業が誕生しました。今後も開発者向けのサービスやAIなどの発展で、基本的なソフトウェアの開発や運用はより低コスト化していくでしょう。
開発や運用のコストが十分に下がると、サービスとして維持可能な売上等のラインは下がります。であれば、一部のソフトウェア系のサービスでは、利益を志向しない『非営利』のサービスとして運営できる領域の大きさや可能性も高まってきているのではないかと思っています。
たとえば、最近私が使っているイベントサービスのHumanitixは非営利の形態を取っています。こうしたイベントサービスは、地域のコミュニティを生むために重要な役目を果たします。Humanitixは非営利なので、収益をある程度合わせて採算を合わせつつ、利益はチャリティに向けられています。追加の財源はAtlassian や Google の財団からの寄付などです。使いやすさはEventbriteを彷彿とさせるもので、Eventbriteほどの外部サービス連携はありませんが、十分な機能を備えています。

こうしたサービスが無料、もしくは安価で使えるのは、ソフトウェアだからです。ソフトウェアは低コストでの規模拡大を得意としており、より多くの人にサービスを届けることができます。
そうしたソフトウェアの力に加えて、いくつかの要素を組み合わせることで、利益というビジネスの評価軸ではなく、社会的インパクトという評価軸において急成長をするスタートアップ、いわゆるノンプロフィット・スタートアップというのも実現可能ではないかと考えています。

ノンプロフィット・スタートアップ (Non-Profit Startup)
より具体的には、
- ソフトウェア
- 政策
- 営利型のスタートアップの中で培われてきたノウハウ
- 新しい資金源
といった4つの要素を組み合わせて短期間で社会的インパクトの拡大をすることができるようになってきているのでは、と思っています。
もちろん、短期間に急成長していくためには、非営利といえど認知やユーザー獲得のために工数を割く必要があり、そのためのセールスやマーケティングが必要です。「良い製品を作れば勝手に顧客がやってくる」ことはなく、むしろ非営利の領域だからこそ、本当に届けたい人たちに知ってもらうにはかなりの労力が必要でしょう。そこには人件費が発生し、資金が必要になります。なので、すべての非営利サービスが急成長できるとは思いません。
しかし一部の領域におけるサービスでは、非営利サービスが急成長できるアプローチもあり得るのではないかと思っており、その意義と可能性についてまとめたいと思います。
背景
現在、ハイグロース・スタートアップが注目されており、その中では社会課題解決と営利事業との両立に向けた取り組みが進んでいます。
たとえば営利事業としての急成長と社会的インパクトを両立するインパクト・スタートアップや、急成長まではいかずとも成長を志向しながら社会的な意義を持つ事業を行うゼブラ企業などです。金融の領域でも、社会的インパクトを評価したうえで投資をするインパクト投資や、社会的インパクトに応じて有利な条件で融資を受けられる仕組みなどの試みも進んでいます。
こうした市場メカニズムや金融の仕組みをうまく使ったり、それらの一部修正をすることで、社会課題解決を行う事業が可能な領域は徐々に増えていくように思いますし、そうあってほしいと願っています。
しかし残念ながら、市場のメカニズムやその修正ですべての社会課題に対応できるわけでもないとも思っています。
市場の限界
その理由の一つとして、課題の性質上、どうしても利益が出づらいという領域があるからです。
たとえばNPOの活動領域別の収益構造を見てみると、医療・こどもなど、受益者から多少のお金が取れる領域は事業収益が多めになっていますが、一方、貧困等の福祉の領域では、受益者からお金を受け取ることが難しいため、事業収益はほぼありません。

それはそのはずで、貧困などの領域では受益者である貧困に苦しむ人たちから、サービスの対価としてお金をもらうのは難しいでしょう。もしお金を取って採算に乗せようとすると、狭い部屋に多くの人を押し込んで効率化する、などのサービスになってしまうことも考えられます。
個々の団体を見れば、そうした採算上の困難に対して、ビジネスモデル等の工夫を凝らして解決しているところもあります。ただ、傾向として、市場メカニズムを使える社会課題とそうでない社会課題があるのもまた事実だと思います。
そしてもし無理に市場メカニズムを使って社会課題に取り組もうとすると、サービスが変質してしまうこともあります。たとえば教育でしばしば見かけるのは、初期はサービスを広く提供しようとするものの、最終的に利益が出る領域にひきずられて、高所得者の子どもたち向けの教育サービスになるなどです。
冒頭でHumanitixをEventbrite の代わりに使っていると言いましたが、これも一例です。Eventbriteは2018年にIPOをした後、業績が低迷し、2023年8月に価格体系を変更して無料枠がかなり制約のあるものになりました(ただし2024年9月に再度変更があり、その制約が外されました)。
市場メカニズムは強力ですが、金銭的利益を最大化することに最適化されている仕組みです。そのため、社会課題によっては市場を使うことに向いてないということがあるのは仕方がない部分もあります。
非市場領域での社会課題解決
市場ではないから金銭的に儲からないけれど、誰かがやらなければ解決しない。そうした「非市場の領域」での社会課題解決を、行政やNPOが担っています。たとえば教育や交通などはその領域の一つです。
これらには経済的価値とは異なる社会的価値を持ちますが、経済的なリターンが出づらく、参入する経済的インセンティブが少ない領域でもあります。だからこそ行政が担当している領域でもあります。
もちろん、現在進みつつある行政のデジタル化によって、行政ができることは多少増えているようにも思います。しかし一方で、NPOが今でも必要なように、行政だけですべて非市場領域の社会課題に対応するのは資源の面からしても難しいでしょう。
そこで行政ではなく民間企業が、ソフトウェアという新しい汎用的技術や新しいビジネスモデルを使って、新しい採算ラインを見極めながら非市場領域に挑戦することもありえます。たとえば交通の一部は、不動産価値などと組み合わせるなどとして利益を出すことも可能でしょうし、自動運転やライドシェアなど新しい仕組みを入れてペイすることも可能かもしれません。
そうした取り組みには期待をしつつも、営利企業として広げられる領域には限界はあるように思います。そうであるからこそ、あえて営利を目指さずに、非営利として活動していくべき領域は残り続けるでしょう。
非市場の領域でのハイグロース・スタートアップの可能性
冒頭にクラウドやスマートフォンの話を挙げました。これらのコストは下がり、さらにそれらを使える人材も十年かけて増えてきました。さらにAIの登場により開発のコストも下がりつつあります。
一方で、市場の中でクラウドやスマートフォンなどを活用して急成長できる事業はすでに多くの取り組みがなされ、可能性のある機会は徐々に少なくなってきているようにも思います。
また、営利型のアイデアとして多くのアイデアが提案されますが、その中には営利型でやるよりも非営利でやったほうが良いのでは、と思えるようなアイデアがそれなりの数あるように思います。むしろ営利で無理にやろうとすると、本来目指していたような社会的インパクトが出しづらいようなアイデアもあります。
しかし非営利領域での取り組みはまだ十分になされていません。こうしたギャップに機会があるのではないかと思います。
日本のNPOはソフトウェアを前提とした組織運営がされているわけでもなく、十分に使いこなせているわけではないように見えています。そこにソフトウェアをうまく導入するだけでも大きな便益が生まれます。
そしてこれまでハイグロース・スタートアップで培われてきたノウハウや、政策、資金をうまく使えば、従来の着実な成長型のNPOではなく、短期間で社会的インパクトを急成長させることができるNPOも生まれるのではないかと思います。
まとめると、以下のような図になります。
縦軸に市場⇔非市場の領域を取り、横軸にインパクトの小規模⇔大規模の志向性(あくまで志向であり、優劣はありません)を取ったときに、右上の象限であるNon-Profitスタートアップがありうるのではないか、ということです。

非市場領域での急成長(ハイグロース)の方法
社会的インパクトを急成長させるためのノンプロフィット・スタートアップを実現させるために、
- ソフトウェア
- 政策
- スタートアップの方法論
- 新しい資金
の4つが今なら新しいツールとして使えるのではないかと考えています。
(1) ソフトウェアを使う
これまで話してきたように、ソフトウェアは新しく私たちが手に入れたツールです。
実際、海外ではTech for Goodと呼ばれているような団体群が生まれてきています。日本でもCivic Tech といった領域がありますが、海外ではTech Nonprofits というカテゴライズを用意して支援するFast Forward社もあります。そこで支援されているようなNPOは、Non-Profit Startup (NPS) となりうるアイデアも含まれているように思います。
(2) 政策を使う
社会課題を解決していく上で、ソフトウェア以外に使えるツールがあるとすれば政策です。
特にこれまでの政策は議員や行政の方が考えるものでしたが、民間や市民からの政策提言や政策起業が求められつつあります。もし適切な政策を作ることができれば、社会課題を大きく解決することができます。
(3) スタートアップの方法論を使う
この数十年間培われてきたスタートアップのノウハウの一部は、非営利の領域でも、特に初期の探索や立ち上げの段階であれば利用できるのではないかと思っています。例えば初期の探索におけるインタビューの技法や、MVPの作り方、サービスの作り方などはノンプロフィット・スタートアップを作っていくうえでも応用可能ではないかと思います。
実際、スタートアップ支援機関の Y Combinator でも数多くの NPO を支援しており、スタートアップのノウハウの一部は使えると考えているのだろうと思います。
(4) 新しい資金を使う
ハイグロース・スタートアップで財をなした方々が非営利の領域で支援活動を始めつつあるように思います。たとえばHumanitixに、JIRAなどのAtlassianの創業者の財団が寄付しています。同じような資金の流れは、日本でも出てきているように思います。
さらにUKや日本では休眠預金活用事業が始まり、新しい資金が非市場の領域に流れつつあるように思います。
まとめ
営利組織と非営利組織は明確に2つに分かれるわけではありません。インパクト投資も財務リターンを優先するものから、インパクトを優先するものまでグラデーションがあります。以下の図のようにです。

https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/images/oz/contents/662-05.pdf

そして、それぞれの社会課題には、それぞれに適した解決策と資金が必要です。
現在私たちは、ソフトウェアや政策、新しい資金や新しいノウハウを手にしつつありますし、そうした新しいツールを使って、短期間で社会的インパクトを最大化していく取り組みが出始めているように思います。
かつてシェアリングエコノミーという言葉が出てくることによって、シェアリングエコノミーに類する取り組みがうまく捉えられるようになり、さらに多くの人たちの参入を促しました。同様に、ノンプロフィット・スタートアップという言葉によって、類似に取り組みが捉えられるようになり、そうした領域への挑戦者が増え、非市場の領域での社会課題が数多く解決されていくことを願っています。
追記:
特に学生の皆さんには、このノンプロフィット・スタートアップが機会なのではないかと思っています。学生のみなさんが狙える営利領域のスタートアップ的な事業は徐々に少なくなっているものの、非営利領域であればまだまだできることがありますし、成功体験や良い学びも得られやすいのではないでしょうか。ぜひそうした観点でも、こうした領域に取り組んでいただくことを期待しています。
補足:先日 YouTube でも同トピックの話をしています。