研究開発助成のメタサイエンスが重要な理由

日本の研究力をめぐって厳しい話題が続いています。注目度の高い論文(Top10%補正論文数)の順位では、2022〜2024年平均の分数カウントで日本は13位にとどまり、大学教員の研究活動時間の割合も長期的に低下しています。博士課程入学者が3年連続で増加するなど明るい変化もありますが、研究環境には引き続き多くの課題が残っています。
そして、この種の議論は多くの場合、最終的に「研究費をいくら増やすか」という金額の話に行き着きます。
私も研究費の総額が重要だと思っています。その前提のうえで、本稿で取り扱いたいのは、金額とともに成果を左右するもう一つの要素、研究費を「どう配るか」という、配り方の設計です。
日本では毎年、多くの公的資金が競争的資金や運営費交付金として研究に配分されています。その際、「どういった目的に設定するか」「審査員は何人必要か」「1件あたりいくらを、何年間配るか」「申請はどの程度大変か」といった設計によって、申請や審査の負担も、そして研究者が挑戦できる内容も変わってきます。これまでも科研費の審査システム改革とその点検など、日本でも改善は進められてきましたが、そこからさらに改善していく余地もあるのではないか、というのがこの配り方についての問題意識です。

というのも私自身、これまで様々な助成制度に審査員として関わったり、補助金や助成金に申請するスタートアップや研究者を支援したりしてきました。そこで強く感じてきたのは、配り方や審査の仕組み自体を変えなければ、大きな成果を出す可能性のある研究に十分な資金を届けられず、結果的にイノベーションやスタートアップも起きづらいのではないか、ということです。
そうした問題意識から、これまでランダムファンディングや審査のイノベーション、多様化するイノベーション政策などについて記事を書いてきました。そして最近、国内外でこの領域で新しい動きが相次いでいます。
メタサイエンスへの注目の増加
科学の進め方や、それを支える制度そのものを研究する分野は、メタサイエンス(メタ研究)と呼ばれます。研究資金の配り方もその対象の一つです。以前から蓄積のある研究領域ですが、この数年で、政府や資金配分機関が自ら実験に取り組む動きが広がってきました。
たとえば英国は、政府とUKRIにまたがるMetascience Unitを2024年に設け、審査方式などの実験を進めています。2025年の初年度報告では、審査期間の短縮や審査員間の評価の一致度などを検証しています。
米国の科学技術政策局(OSTP)が2026年に公表した『Science: A New Golden Age』は、各連邦科学機関に、助成制度の実験を行うメタサイエンス部門を置くことを提案しています。また、NSFは独立した研究組織を支援するX-Labsの事業を発表し、研究開発を担う組織の形も広げようとしています。
日本でも、審査にAIの補助的活用と無作為抽出を取り入れる文部科学省のSPReADが始まりました。2027年度に向けては、研究者と行政官が協働して科学技術政策の新しい手法を研究するCATALYSTに、5億円の概算要求が出されています。また官庁だけではなく、有志によるメタサイエンス研究会なども行われています。
科学機関へのメタサイエンスユニット設置は、Institute for Progress (IFP) も提言しています。IFP とも関係を持つCaleb WatneyとJenn Gusteticは、メタサイエンスを六つの潮流に整理しています。
(1) 研究の公正性・再現性を高める研究、(2) 知識の公開と共有を進めるオープンサイエンス、(3) 科学の活動や成果を測る科学計量学、(4) 資金や誘因の効果を調べるイノベーション経済学、(5) 研究組織の運営や制度の実装を研究するR&Dマネジメント、そして(6) 新しい研究組織をつくる制度起業家の取り組みです。ファンディング研究は、とくに後半の三つと深く関わります。
本稿では、「メタサイエンスがなぜいまの日本にとって重要なのか」について、とくに研究開発助成という観点から、個人の意見を簡単にまとめておきます。

理由(1)人と財源の制約のなかでより多くの成果を出すため
日本のようなミドルパワーの国が、米国や中国とあらゆる分野で競うことはもはや難しlくなってきています。財政的にも米中レベルまで投資するのは厳しく、そもそもの担い手候補である生産年齢人口も今後減少していきます。となると、国内の研究費の拡充だけではなく、国外の科学系財団等の資金の獲得や、海外からの人材受け入れを進めつつ、限られた人と資金をどう配分するかが、ますます重要になります。
もし資源を効果的に配分ができれば、同じ金額でも、より多くの科学的成果が挙げられるようになるかもしれません。だからこそ、同じ科学的資源の投入量に対して、より多くの成果を出していくための方法を探っていくのは、資源の少ない日本だからこそ意識的に行っていく必要があるように思います。
そのときに重要なのがメタサイエンスのような取り組みです。どういった配分であれば、コストを落としながらより多くの成果を出せるのか、ということに対して改善案を常に出していくことが大事になってきます。
特に研究費というのは単に科学研究に直接使える費用だけではありません。そこには審査や運用のプロセスにかかるコスト(運用の外注費等含む)もあります。総額の科学研究費が増えていても、そのほとんどが運用のコストアップやアウトソーシング先のコンサルティング会社に吸収されていたら、研究者の手に残る研究費は変わらないかもしれません。
そうしたことがないように、どのようにすれば研究費をうまく使えるのかを見極めていくことは、日本にとって切実な問題だと考えています。
理由(2)科学の生産性を高めるため
上記は主に日本の事情でしたが、現在は科学全体でも問題を抱えています。
研究への投入を増やしても、それに見合う進歩が得られにくくなっているという問題は、海外でも指摘されています。Bloomらの研究は、複数の産業や技術で、研究投入の増加と研究生産性の低下が同時に起きていることを示しました。OSTPの2026年報告書も、研究開発投資の収益逓減を問題視し、制度と研究課題の適合を問い直しています。
研究課題そのものが難しくなっている可能性もあり、配り方だけが原因とは言えませんが、現在的な科学的課題に合った形に資源配分をしていくことで、より多くの成果が出せるかもしれません。
たとえば、研究者個人に長期間自由なお金を渡すことで、より多くの成果が出るかもしれません。一方、特定のミッションを持たせた時限付きのチームの方が良い場合もあるでしょう。
米国エネルギー省(DOE)のARPA-Eは、従来の仕組みでは支えにくい、高リスクで変革的なエネルギー研究への支援機関です。研究を実施する組織にも、FRO(Focused Research Organization)という試みがあります。NSFのX-Labsも、独立した専任チームで課題に取り組む点で、FROに近い発想だと考えています。
大学や国立の研究機関といった仕組みも、ある意味で、当時の社会の外部性をうまく取り込むための「発明」でした。しかし、現在ではそれぞれが発明当時より広い責任が求められるようになってきており、その役目を見直す時期にもさしかかっているようにも思います。場合によっては、たとえば大学をアンバンドルすることも視野に入れた方が良いと感じています。
組織の形以外でも、同じ資金を与えたときに、どういった形なら科学的成果を最も挙げられるのか、は科学全体での課題となりつつあります。それに対して日本も貢献していく、あるいはより良い答えを出すことで、より多くの科学的成果を日本から出していくことには一定の意義があるのではないかと思っており、そのためには単に資金量を増やすだけではなく、科学技術研究の営み自体をメタに見ていく必要性が増してきているように思います。
理由(3)AIによって研究工程が変わるかもしれない
より現代的な課題として、新しいAIというツールが出てきたことによる研究プロセスの転換の可能性があります。
現在は論文執筆や査読の問題などが挙げられていますが、今後、AIが電気と同様の汎用的技術として知的作業を補助する形で導入されていくのであれば、科学の方法論にも大きな変化が起こる可能性があります。
100年ぐらい前の電気の科学研究プロセスの導入は、照明や冷却など研究環境を変え、電気分解のような操作も可能にしました。オシロスコープや電子顕微鏡などにより、観測できる現象や測定方法も広がりました。その後、コンピュータの発展により、複雑な分析や実験の自動化も進んでいます。(工学史はETHWの解説も参考になります。)
AIもまさにそうしたツールの一種である可能性があります。理工系のみならず、人文社会系も、その研究のプロセスが大きく変わってくる可能性は高いように思います。そしてそのための最適な方法を見つけることが、まさに今科学のメタレベルで求められているとも言えるでしょう。それこそ、もしかしたらChatGPT Proを全員に配ることで、より多くの成果が生まれる、ということもあるかもしれません。
ただしこれは単に従来のプロセスを効率化するだけではなく、組織の単位でも考えていくことも大事です。ビジネス組織におけるAI利用は別のブログ記事等で解説していますが、科学もそれと同様に、AIが有望な実験候補を短時間で提案できても、装置が埋まっていたり、操作する人が足りなかったりすれば、実験できる件数は増えないかもしれません。その場合、追加の研究費を共用設備の運営や技術職員の雇用に使う方が、研究全体を進められる、といった資源配分を行った方が全体最適になる、ということもありえます。
そして研究者にAIを使ってもらうときには、設備を誰が動かし、必要な計算資源とデータをどう提供するかも、一緒に考える必要があります。一つの工程が速くなれば、別の工程に必要な資源が増えるため、適切な配分も変わっていきます。たとえばOSTPでも、検証基盤への投資を提案しているように、AIの普及に合わせて、結果を確かめる能力も高める必要があります。
AIを個々の研究工程で使うだけでなく、科学技術研究のプロセス全体にどう受け入れるかを考える必要があります。そこにもメタな視点が必要ではないかと思いますし、実験的な資源配分をしていく必要があるように思います。
理由(4)研究の重み付けの変化
科学の内側の変化に加えて、社会から研究に求められることも変わってきています。
2022〜2023年に68か国で行われた調査では、回答者が望む科学の優先順位と、科学が重視していると感じる優先順位に隔たりがありました。また、日本での科学者への信頼は5段階で3.37と、調査全体の平均3.62を下回っています。
今後日本国内で様々な供給不足が続いているであろう中で、科学技術がそうした国民の目の前の課題に貢献できていなければ、科学への信頼度はまた下がり、それに伴って配分される予算も減少していくかもしれません。
それと並行して、各国政府では社会的な目標の達成を目指すミッション志向のイノベーション政策などが近年行われようとしています。研究者の好奇心ドリブンの研究だけではなく、ミッションドリブンの研究も、様々な観点から求められてきているのが現状です。
科学者による好奇心ドリブンの研究も引き続き必要だと思いますが、本稿で扱う公的な研究開発助成は税金で支えられていることを考えると、このような社会の要請に応えていくことも重要ではないかとも思います。
ではそのミッション志向の研究をどのようにうまく管理していくのか、というのは、どの国もまだ模索している段階のように見えます。これもまた実験や改善の対象となります。
理由(5)国内の研究能力と国際協力の分配
理由(1)で述べたように、日本という国を、すべての分野で最大規模の研究を行うことを前提としないミドルパワーの国として考えるなら、すべてを実施することはできません。だからこそ、様々な国と手分けしながら自らの強みを磨いていく必要があります。しかし一方で、だからといって完全にメリハリをつけると、吸収能力が失われてしまう可能性もあります。
経営学でいう吸収能力は、外部の知識の価値を認識し、取り込み、活用する能力です。その形成には、自ら蓄積した知識が関わります。この考え方を日本の科学技術戦略にも広げれば、海外の技術を使うためにも、国内に研究者や技術者を育てておくことも大切な一面です。現在アメリカが製造業の再興で苦労しているように、一度失った能力は、後からかなりの金額を払っても、同じ能力が戻るとは限りません。
一方で、既存の研究への配分が固定されれば、新しい研究方向への参入を妨げる可能性があります。米国の生命科学では、著名研究者の死後、その人と共著関係のない研究者、とくに分野外からの参入者の論文が増えたという研究もあります。資金配分の変更効果を直接示す結果ではありませんが、新しい研究方向への参入も配分設計で考えたい論点でもあります。
これはまさに配分の問題であり、そして論文数では捉えにくい問題です。こうした能力に、どれだけ投資し、何を確かめるかは、国際協力の条件が変わるいま、改めて検証する意味は大きいと考えています。

資源配分は戦略である
ここまで理由をいくつか見てきました。
科学には現在、内在的な要因による変化もあれば、外在的な脅威による変化もあります。今後も公的な研究投資を続け、増やしていくためには、科学のプロセス自体をどのように変化させて成果を出し、信頼を高めていくかが重要であり、そのための大きな変数となりうるのが、資金配分の方法であるとも思います。(※ただし成果を出せば自動的に政治的信認が得られるわけではないので、成果と同時に別の手段も必要です。)
チャンドラーの古典定期な定義によれば、戦略とは「企業における基本的な長期目標や目的を決定し、それらを実現するために必要な行動計画を採択するとともに、リソースを配分すること」です。資源配分は戦略の一部であり、科学の資源配分も国の科学戦略を左右する重要な問題です。
そして期待した成果が出なかったとき、研究者に理由を求めるのと同じように、配分する側も支援条件を検証する必要があります。
科学が仮説と観察・実験で理解を更新するように、科学を支える制度にも、その方法を取り入れられるはずです。申請書の短縮、支援期間の延長、資金の空白をつなぐ支援を試し、結果を次の設計に生かす実験が求められます。その際、実験・評価の費用も含め、短期の審査効率と長期の研究成果を分けて確かめる必要があると考えています。
こうした変化の時期は、正解が変わっていく時期でもあります。だからこそ、研究を支える側も学ぶ能力が重要になります。配分する側が自らの方法を確かめ、改善を続けられる仕組みを、日本で育てていくことが、今まさに大事なのではないかと思います。
