「AIを全員に配った組織」の生産性が落ちるとき

(注: 8/10 に説明の構成を大幅に変えました。)
2005年に完成したソウル市の清渓川復元事業では、都心を貫く高架道路が撤去され、その下に埋もれていた川が復元されました。都心の大動脈を消すと、交通は麻痺するように思えます。
実際、工事直後には一時的な速度低下もあったようです。しかしその後は地下鉄利用が増え、道路移動が減り、懸念された大渋滞がそのまま固定化することはありませんでした。(ただし、同じ時期にはバス路線の再編や中央バス専用レーンの整備など、公共交通改革も行われています。道路撤去だけの効果と考えるべきではありません。)
交通の領域では、道路を増やしても、増えた容量に応じて交通量も増えてしまい、渋滞がなかなか解消しないこと(誘発需要)が知られています。逆に、道路を減らしても、恐れられたほどの渋滞は起きず、交通の一部が消えてしまうこと(交通蒸発)も繰り返し観察されてきました。清渓川で起きたことも、この蒸発の一例と見ることができます。つまり渋滞はしばしば、道路の総量の問題ではなく、流れの設計の問題だということです。
翻って現代社会を見てみれば、今、多くの企業が「全社員にAIを配る」という形で、組織の中に、新しい情報の乗り物と道路を一斉に普及させようとしています。しかしそれは、場合によっては組織の中に渋滞を生み、全体をかえって遅くする、ということも起こりうるかもしれません。
であれば、道路と同様に、個人の生産性と経路全体の生産性は分けて測る必要があるということなのでしょう。そしてさらに一歩踏み込んで考えると、AI時代の経営の中心的な仕事は、AIを導入すると同時に、仕事全体の流れを計測し、その流れを最適化していくことになるのかもしれません。
本稿ではそうした仮説について紹介します。
会社の中の混雑しない道と混雑する道
まず、会社を「仕事や情報が流れるネットワーク」として見ることから始めます。すると、道路にあたるものは2種類に分かれます。
相対的に混雑しにくい道の代表が、AIによる生成です。文章の下書き、資料の作成、コードの生成、分析の一次処理は、組織の中で一人が利用したからといって、別の人の作成時間が大きく延びるわけではありません。
一方、混雑する道は、レビューを受けること、決裁をもらうこと、会議の席で合意を取ること、法務や品質保証の確認を通すこと、そして顧客の注意を得ることです。これらは処理能力に上限があり、使う人が増えるほど一人あたりの待ち時間が延びていきます。
全社員にAIを配るという施策は、この構図の中では「全員に所要時間ほぼゼロの乗り物や道を配る」ことに相当します。既存の道では、各社員がAIで起案し、AIで資料を作り、AIで返信案を作ることで、その流量が速く大きくなります。
またAIを使うことによって、これまでできなかった道も成立します。たとえばITエンジニアではない人がアプリを作れるようになる、などです。
問題は、その道の出口がすべて、レビューや決裁などの同じ細い経路につながっていることです。
対外発信、契約、安全、規制、金銭に関わる仕事では、AIの出力は、誰かの承認、誰かの検証、誰かの責任引き受けを経ないと仕事になりません。誰もAIに最終責任を渡していない以上、生成という広い道を流れた仕事は、最後に承認と検証という細い橋へ合流します。

たとえば、かなり単純化した計算ですが、起案1件にかかる時間が10分の1になり、提出件数が数倍に増えたとします。しかし決裁者の1日は24時間のままです。そうすると、組織全体の所要時間を決めるのは生成の速さではなく、細い橋の行列になります。「下書きは一瞬で終わるのに、リリースまでの時間は前より延びた」という奇妙な現象が起こります。
しかもこの件数の増加は、作成コストの低下が提出件数の増加につながる業務では、流入量が増える可能性があります。1件あたりのコストが下がれば、提出を増やすことが各自にとって合理的だからです。道路の世界で、車線を増やすと交通量がそれに応じて増えてしまう誘発需要と、同じ力学です。
さらに悪いことに、過負荷が精度低下や手戻りを招く場合には、見逃しによる事故が起きます。対策として確認工程が追加され、橋は恒久的にさらに細くなります。事故で車線が減った道路と同じです。
もちろん、AIは細い橋の側を広げることもできます。5,172人の顧客サポート担当者を対象とした研究では、AI支援 (2020〜21年に導入されたGPT-3ベースのAI支援) によって時間当たりの問題解決件数が平均15%増えました。これは問い合わせ対応の処理に関する研究ですが、もしレビュー、検証、問い合わせ対応までAIで速くできるなら、組織全体も速くなります。問題になるのは、生成能力の伸びが、審査・検証能力の伸びを上回るときです。
個人の合理性では解けない
こうしたボトルネックや制約理論の議論自体は目新しくない、と思われるかもしれません。実際、AIで起こる大きな問題は流量であり、基本的にはその流量の制御の問題として捉えるべきでしょう。
ただ、この渋滞には厄介な性質があります。流量の増加が、誰かの失敗や怠慢ではなく、各人の合理的な選択の結果として起こることです。1件の提出は、同じレビューや決裁の行列に並ぶ全員の待ち時間を少しずつ延ばしますが、そのコストを提出者自身は払いません。経済学ではこれを「混雑の外部性」と呼びます。各自が合理的に振る舞うほど、共有された細い橋の行列が伸びていく構造です。
そしてこの構造は、個人の自制では解けません。一人だけAI起案をやめた社員は、単に仕事の遅い社員になるだけです。一人だけ提出件数を減らせば、その人の成果量だけが減ります。全員で流量を抑えれば全体は速くなるのに、誰も単独ではそうできません。
こうした「個人の合理的な選択が全体を遅くする」構造を、交通工学は古くから扱ってきました。その中で最も鮮やかな例が「ブライスのパラドックス」です。交通の総量がまったく増えなくても、道を1本加えただけで全員が遅くなることがある、というパラドックスです。

これは合理的な個人の均衡が全体最適から乖離するという、構造の話です。実際、リアルタイムの交通情報を使ったモデル研究でも、ナビゲーションがあってもこの種の悪化を解消できるとは限らないことが示されています(Bittihn & Schadschneider, 2021)。よって、全員が優秀なカーナビを持っても、この渋滞は解けません。
ただし、組織へのAI導入で起きる渋滞の多くは、厳密にはブライスのパラドックスではないでしょう。ブライスのパラドックスは、交通の総量が一定のまま、各人が経路を選び替えることだけで全体が遅くなる現象です。しかも、太い道を捨てて細い橋2本を直列に通る迂回路へ全員が移る、という特殊なネットワークの形を必要とします。
一方、ここまで述べてきた組織の渋滞は、生成が安くなって流量そのものが増え、もともと必須で迂回先のない承認・検証の橋に行列が伸びる、という現象です。ですから組織版の渋滞は、ブライスのパラドックスの再現としてではなく、誘発需要、ボトルネック、そして混雑の外部性の組み合わせとして説明するほうが正確です。
それでもこの例を紹介したのは、ここから2つの一般的な教訓を借りられると考えるからです。1つは、ネットワークの流れは直観に反することがあり、「増やす」ことが害になり、「減らす」ことが益になる場合があるということです。ボトルネック論が工場の線形な流れを想定して「詰まった箇所の増強」に向かいがちなのに対して、ネットワークとしての組織では、経路の削除や制限も解の候補になります。もう1つは、全員が正しく最短を選んでも悪い均衡から抜け出せないことがあり、解決には経路や料金の設計という、一段上からの介入が要るということです。
つまり、AI時代の生産性は、個人のリテラシーだけではなく、経路設計の問題だということです。
現場が強い会社ほど、この罠にかかりやすくなる
AI導入では、「まず現場で小さく使い始める」「草の根で広げる」と言われることが多くあります。技術だけを部分導入しても、業務や権限を同時に変えなければ効果は出にくい、とよく指摘されます。
実際、66社・7,137人を対象にした実験では、生成AI (Copilot) 利用者のメール作業時間が週あたり約2時間減ったものの、仕事の量や構成には明確な変化が検出されなかったようです。個人で完結する作業は短縮できても、他者との調整や組織内の依存関係が自動的に減るとは限らないということでしょう。
さらに、ここまでの渋滞の議論はもう一段異なることを示唆します。それは現場主導の草の根導入は、効果がゼロになるだけではなく、共有された審査工程の混雑を通じて、全社の所要時間を悪化させうる、ということです。
もちろん、「トップダウンの組織なら安全」というわけでもありません。むしろ中央が経路を誤れば、そちらは一度に広い範囲へ影響します。とはいえ、「渋滞」という様式の失敗は、入口が分散し、審査工程を複数部門で共有する組織ほど起こりやすい、という仮説も十分に立ちえます。
「うちの企業はAI導入が遅れているから負ける」という通説に対して、この考えは少し異なる視点を提供してくれます。
(※ ただし、ここまでの研究は、AIの全社導入が組織全体の所要時間を悪化させることを実証したものではありません。コールセンター研究が測ったのは問い合わせ処理であり、Copilot研究が測ったのは個人の作業パターンです。レビューや決裁、意思決定を含む業務全体のリードタイムや成果の質は測っていません。本稿が示しているのは、上流の流入量が下流の処理能力より速く増えた場合に、待ち時間が延びうる、という未検証の仮説です。 8/12 追記)
面倒くささは、社会が暗黙に課していた通行料だった
視野を社会に広げると、同じ構造がもっと大きな規模で見えてきます。
たとえば就職活動です。AIによってエントリーシートの作成がほぼ無料になれば、一人が応募する企業数を大きく増やすことは合理的になります。しかし人気企業の選考枠という細い橋の容量は変わらないため、全員が応募数を増やした均衡では通過率が下がります。採用側はAI選考で防衛し、応募側はさらに応募数を増やします。誰もが合理的に行動した結果、社会全体の採用コストが増えていきます。ここでも、一人ひとりの応募は合理的で、そのコストは選考の行列に並ぶ全員に薄く分散される、という混雑の外部性の構造が働いています。
同じ図式は、営業メールでも、問い合わせ窓口でも、パブリックコメントでも、情報公開請求でも同様です。こうしたマッチポンプは単に互いのコストだけではなく、AIを動かす電力等の社会的コストも螺旋状に増やしていくことになるでしょう。メールのコスト低下によって迷惑メールが増え、その規制をしていったように、です。
ここで別の視点を取り入れます。これらの制度の処理能力が、これまで何によって守られてきたかです。答えの1つは、書類を書く手間、窓口に行く手間、そもそも制度を知る手間といった、アクセスの面倒くささです。
社会の多くの制度は、「面倒くささ」という暗黙の通行料によって、処理能力を超える流入から守られてきました。 言い換えれば、無知と面倒くささは、社会に埋め込まれた流量制御装置として機能してきたと言えます。これは行動経済学などのスラッジ(負のナッジ)が良くも悪くも(ただし大概は悪い方向に)機能していたとも読めます。

AIがこれまでの技術と異なるのは、無知と作業負担の両方を、広い範囲で同時に下げる点です。社会のあちこちに眠っていた流れが、一斉に良くなることになります。しかもそのとき観察されるのは、「役所が遅くなった」「採用プロセスが壊れた」という個別の制度疲労に見えるはずで、ネットワーク全体の均衡が悪化したという診断は、なかなか下されないでしょう。
では、暗黙の通行料が消えた後、制度の側には何ができるでしょうか。選択肢は大きく4つあります。
- 処理能力を増やす - 一次審査を自動化し、定型処理を機械へ移す
- 優先順位をつける - 予約、抽選、受付枠、緊急度による振り分けを行う
- 通行料を課す - 手数料を取ること、保証金を積ませること、申請者に一定の証拠を求めること
- 経路を閉じる - 紹介制、招待制、会員制へ切り替えることです。
ここにはやや皮肉な帰結が見て取れます。AIというアクセス開放の技術が、閉鎖的なネットワークを復権させるかもしれない、ということです。応募が無限に来る世界では、信頼できる人からの紹介だけを受け付けることが、受け手にとって合理的な防衛になります。
経営の仕事は流れを管理すること
では、企業や組織は何をすべきでしょうか。
まず当然ながら、仕事の流れを入口から出口まで測ることです。AIの導入によって、どの工程への流入が増え、どこに待ち時間や滞留が生じたかを確認します。個人の作業が速くなることと、組織が一件の仕事を完了するまでが速くなることは、分けて考える必要があります。
そこで交通の知見からは、さらに4つの処方箋が出てきます。
1つめは、詰まる橋そのものを広げて、流量そのもののボトルネックを解消する手があります。AIによる一次レビュー、自動テスト、標準化、権限委譲などです。上流の生成だけでなく、下流の審査と検証も同時に速くすれば、渋滞は起きにくくなります。ただし注意をしなければ、誘発需要が起こりえます。
2つめは、経路と入口を絞ることです。ソウルが高架を撤去しても交通が麻痺しなかったように、交通の世界では、容量を減らすと需要の側が適応することが知られています。組織でも、提出経路を一本化すること、レビューの受付を定時のバッチにまとめることなどができます。行列が一本になれば優先順位づけも可能になります。あえて制限することで、全体を速くすることができるかもしれません。
3つめは、流量を制御するためのコストを導入することです。混雑の外部性に対する交通経済学の標準的な処方箋は、混雑した道路への課金でした。適切な課金をすると、個々の選択による均衡を、社会全体にとって望ましい状態へ近づけられることが知られています。
組織に当てはめて考えれば、混雑する経路に内部価格をつけることです。たとえば、レビュー依頼に部署ごとの予算枠を設けること、決裁に上げる文書の分量に上限を課すこと、起案者に自己検証の証跡を義務づけることなどです。面倒くささという通行料をAIが撤廃したのなら、今度は設計された通行料を意図的に再導入するわけです。ポイントは、これを単なる官僚主義ではなく、共有された判断能力の渋滞対策として考えられることです。ただし、これについては現場から相応の反対意見も出るようにも思うので、導入には注意が必要でしょう。
4つめは、部分的な中央統制です。一部の流れだけを中央が割り当て、残りを各主体の判断に任せる方法は、経路選択の研究ではStackelberg routing(ゲーム理論のスタッケルバーグ・モデルをネットワークの経路制御に応用した最適化手法)として扱われています。効果はネットワークの形に左右されますが、全面的な中央集権だけが選択肢ではありません。企業で言えば、たとえば法務、品質保証、経営会議、重要顧客への提案など、複数部門が共有する工程だけを全体で調整することです。
そう考えると、ここには事業機会も見えてきます。組織のどこで仕掛かりが滞留しているかを計測する仕事、決裁やレビューという社内市場に価格をつける仕事、紹介制や招待制の閉鎖ネットワークを設計・運営する仕事などです。AIによって、「組織の交通工学」という観点での能力が必要とされ、マネジメント層の新しい仕事が生まれてくるということです。そのとき、自然発生渋滞や渋滞学の知見なども場合によっては使えるかもしれません。

AIは人間の知的作業のネットワークの中に入ってくるでしょう。そのとき、工場のワークフローを考えるように、知的作業の複雑なネットワーク全体を改善するための計測と変更を、人とAIの混在する組織で続けていくことが求められます。
しかもAI自体の性能向上を見ながら、これらの設計を継続的に変更していく必要があるため、AI戦略と人事戦略の一体化が必要だということでしょう。
まとめ
誘発需要、ボトルネック、混雑の外部性という交通の知見をもとに、AI導入後の組織で起きうる渋滞について考えてきました。
短期的には、AIを配ること自体が競争になるでしょうし、それを止めるべきだとも思いません。しかしやがて、導入企業の間で「配ったのに遅くなった」という説明のつきにくいこの現象が起きているかを検証する必要があります。
そのとき、ネットワーク構造を最適化したり、流量を制御できる企業かそうでないかが、モデルの性能差よりも大きな差として現れるのではないかと思います。渋滞の研究が「道路を増やせ」から「流れを設計せよ」へ進んだように、AIを使った経営も、いずれ同じ方向へ進むことになるのでしょう。
AIを配った後には、「配ったのに遅くなった」という現象が実際に起きていないかを確かめるとその効果が高まるのではないかと思います。そしてAI時代の競争力を分けるのは、モデルの性能だけではなく、組織全体の流れを測り、設計し直す能力になるかもしれません。AIによって特定の道路や車が急速に速くなるとき、交通工学のことを思い出し、自社の仕事がどの細い橋で滞留しているかを測るところから始めてみることが一つの方法かもしれません。
(8/9 追記・8/10 改稿:初出時はブライスのパラドックスを記事の主軸に据えていましたが、「これは厳密にはブライスのパラドックスではない」という趣旨の指摘を複数いただきました。検討した結果、この指摘は妥当だと考えています。そこで本記事は、誘発需要・ボトルネック・混雑の外部性を主軸に据え、ブライスのパラドックスは一般的な教訓を借りる一例という位置づけへと構成を改めました。削ることも考えましたが、既に多く読まれてしまっているため、残しています。重ね重ね、ご指摘ありがとうございました。)
(8/12 改稿:ご指摘をいただいてさらに改稿しました。あくまで未検証の仮説である旨を加えています。その他、細かく補足・修正しています。)