なぜAI戦略と人事戦略は一体化しうるのか

2026年6月、メルカリはCTOをCHRO兼CAIOに据え、SansanはCHROにCAXO(Chief AI Transformation Officer)を兼任させました。出発点は逆ですが、2社に共通するのは、AI活用を技術部門だけの課題ではなく、人と組織の運営基盤を作り直す課題として扱っていることです。
この動きを、「人件費をトークン費に置き換えるため、人とAIを同じ責任者が管理するようになった」といったような、『AIが人間の仕事を奪う』という論に沿う形だけで理解するのは、少しその裏にある考え方を一部見誤ってしまうように思います。
AIの導入は、後で詳細に解説するように、「組織が持つ情報処理能力と判断権を、人、AI、ソフトウェア、ルールなどの間で再配置すること」であると考えると、その設計には、AIの能力を理解する人だけでなく、人事や組織を変化させる権利を有し、職務、権限、育成、評価、組織構造を統合的に設計する人が必要になります。そうすると、CHROとCAIOなどの機能統合には一定の納得感があります。
以前『「AI企業境界論」から見るAI時代の組織論』でも、「HR担当がAI担当を兼ねる動きは、AI時代の組織設計の在り方を反映した形に見える」と少しだけ触れましたが、ここで改めて少しまとめておきます。

電気の社会実装とAIの社会実装
生成AIのライセンスを全社に配り、研修も行い、利用率も上がったけれど、組織全体の生産性や意思決定の速度は、期待したほど上がっていない、ということをよく聞くようになりました。
新しい技術が興ったときに、最初に起こるのは、いまの仕事に新しい道具をプラスすることです。AI要約、原稿の下書き、資料の作成など、多くはそのように行われています。
しかし以前、『ソフトウェアや知能が安くなったときに起きること』という記事でも触れましたが、技術が本当に生産性を向上させるには、もう少し大きな変化が必要のようです。
たとえば電気がどのように製造業の工場の生産性を上げたのかを見てみましょう。工場の姿が変わり、電気によって工場の生産性が向上するまでには数十年を要したようです。

電気が来る前までの工場は蒸気機関で動いていました。そこでは中央の大型エンジンから、伝動軸やベルトを通じて複数の機械に動力を送っていたようです。この構造では、機械の位置が動力伝達の制約に縛られます。
初期の電化では、中央の蒸気機関を大型の電気モーターに置き換えても、伝動軸や工場の配置はそのまま残ることがありました。これでは、燃料費や保守費の一部は下がっても、電気の可能性を十分には生かせません。
大きな変化が起きたのは、機械ごとに小型モーターを配置する単独駆動が広がってからです。機械の位置を中央動力から切り離せるため、設備を材料や作業の流れに合わせて配置できるようになりました。そうして工場の機械配置、工程、監督、保守、投資判断までが変わったことではじめて、大きく生産性が向上したのです。こうした方式が広く定着するまでには、古典的な説明では約30年を要したとされています。(年数には諸説あります。より詳しくは『未来を実装する』などもご覧ください。)
つまり、技術の価値は、技術単体では決まらず、設備や業務、技能、権限、評価制度などの補完的な仕組みが、技術に合うよう組み直されたときにより大きくなります。
こうした観点から、生成AIのライセンスを皆に配る、というのは、1900年前後に「電気モーターを工場の社員全員に配って、自身の業務の改善案を考えさせる」ということをしているのと同じようなこととも言えます。もちろん、AIはモーターと違い、知的生産の道具ではあるので、その道具を与えることで個人の生産性向上が見られるとは思いますが、基本的には現在の業務の部分的な改善案しか出てこないでしょう。
もし現在のAIが汎用的に使える技術なのであれば、本来やるべきなのは、経営陣がAIを用いた未来の組織全体を考え、その中でAIをどう使うのかを考えることです。その答えを探索するためのアサインメントが、CHROとCAIOの併任なのだろうと思います。
組織は情報処理のアーキテクチャでもある

AIは従来の「物理的な力」の機械への置き換えとは異なる面を持ちます。
組織という観点から見てみれば、組織論には古くから、組織を情報処理の仕組みとして捉える見方があります。ジェイ・ガルブレイスの情報処理モデルによれば、仕事の不確実性が高くなるほど、実行中に観察し、共有し、判断しなければならない情報量が増えます。ルール、階層、承認、目標管理、部門横断チームといった制度は、どれもその情報と例外を処理するために組織が作ってきた装置です。
実際、組織構造は次のことを決めています。
- 誰が現場の情報を観察し、どの形式で記録するか
- 誰がその情報にアクセスでき、どこに集約するか
- 誰が解釈し、判断し、承認するか
- 例外事案を誰に送るか
- 結果をどこへフィードバックするか
この意味で、組織図や業務フローは、人の配置図であると同時に、情報を処理するノードと、その間の配線を示した設計図でもあります。 一段引いて見れば、組織アーキテクチャ自体が情報処理を規定するための仕組みだということです。
たとえば、階層型組織を採用した場合、情報処理の方向はカスケード式になり、上司が情報を割り振るので、情報伝達は遅くなる傾向にありますが、情報はフィルタリングされたものが降りて来やすくなり、また責任のありかは分かりやすくなります。一方、フラット型の組織は情報伝達は早くなりますが、早く伝わる情報がすべて必要かというとそうではありませんし、責任のありかは分かりづらくなります。組織構造自体に、情報伝達や責任という観点で、メリットとデメリットが組み込まれています。
経営という観点で「人間」という資源が持つ機能の一面だけを見れば、人間は情報処理ノードの一種です。顧客や現場から情報を受け取り、過去の経験や専門知識と照合して、意味づけを行い、その場その場で判断し、場合によってはその結果を別の人やシステムへ渡しています。
AIもまた、この組織という配線上に置かれる新しいノードです。情報を検索し、分類し、要約し、文章やコードを生成し、ときにはシステムを操作します。
組織を情報処理アーキテクチャとして見る限りにおいて、人間とAIはどちらも「情報を受け取り、処理し、次の工程へ渡す主体」として認識できます。であれば、それをフラットに並べて、どのように動かすのかを考えるのは一理あります。AIが大量に情報処理できるというメリットを使って、新しい組織形態も検討できるかもしれません。
そしてAIが従来のソフトウェアと異なるのは、従来のソフトウェアでは、入力、処理手順、出力、例外条件を比較的明示しやすかった一方、生成AIは、非構造化された入力や曖昧な依頼に対してオープンエンドな出力を生成できるものの、性能境界や失敗条件を事前に列挙しにくい、という点にあります。いわば、より人間の知能の性質に近づいたため、こうした組織や人事の問題が近づいたと言えるかもしれません。
機能は似ていても、制度上は非対称

もちろん、人間とAIは同じ資源ではありません。
人間は経験を通じて成長し、法的・道徳的な責任を引き受けます。AIは情報を処理することはできても、組織の目的を自ら引き受けることも、事故が起きたときに責任を負うこともありません(少なくとも現在の法的には)。また、現在のAIは文脈情報を人間ほど十分に持てるわけではありません。
こうした違いは、実務の上では少なくとも2つの問題として現れます。
1つめは目的との不整合です。AIは、平均的でもっともらしい出力を生成することはできますが、文脈情報を十分にもったうえで、"組織にとって"正しい判断をすることは、現時点ではそこまで得意としていません。たとえば顧客への返信として自然な文章を作れても、それが会社の方針や契約条件、法的義務に照らして適切とは限らない、などです。
もちろん人間も常に組織目的に整合しているわけではなく、だからこそ組織は採用や育成、評価、インセンティブ、文化といった仕組みを作ってきました。しかしAIで必要なそうした人間向けの施策ではなく、データへのアクセス権や実行権限、参照できるナレッジ、検証工程や停止条件といったような、人間とはまったく別の方法です。これを揃えて行くには相当な努力が必要です。
2つめは責任の不整合です。AIに作業を委ねることはできても、組織としての説明責任まで委ねることはできません。AIを業務に配置するときには、その周囲に、誰が承認し、誰が監督し、誰が停止し、誰が最終責任を持つかという責任構造をあわせて用意する必要があります。
つまり、両者に共通して必要なのは、AIに何を任せ、どこから先は任せないかという境界の設計です。そしてこの境界の設計は、単なる「人件費とトークン費を減らす」というコスト比較からは導けません。
言い換えると、AI導入には、
- 経済性(人間とAIのどちらが、どのコストで処理できるか)
- 業務設計(人、AI、システムがどの順序で何を処理するか)
- 制度設計(誰が権限を持ち、誰が学習し、誰が評価され、誰が責任を負うか)
といったような3つの異なる問題が含まれており、コスト比較で答えが出るのは1つめだけであり、CHROとCAIOの統合が扱っているのは、主として2つめと3つめだということです。
問い合わせ対応で考える
抽象論が続いたので、どの業種にもある問い合わせ対応を例に見てみます。
従来は、担当者が問い合わせを読み、過去資料を探し、回答案を書き、上司が確認し、顧客へ返信し、記録を残していました。
ここに回答生成AIだけを追加すると、回答案を書く時間は確かに短くなります。しかし、すべての回答を上司が確認する運用が残れば、案件は承認工程に滞留します。作成工程の処理能力だけが増え、下流の承認能力は変わっていないからです。
これはAIの性能不足ではなく、組織という情報処理や意思決定の配線が以前のままだから起きる問題です。「AIの利用率は上がったのに、組織全体の生産性は期待ほど上がらない」という多くの企業の悩みの原因も、おそらくこうしたところにあります。
もしAIを前提に業務全体を設計し直すなら、たとえば次のようになるでしょう。
- 受付時に問い合わせ情報を構造化し、案件の種類とリスクを分類する
- AIが承認済みナレッジを参照し、回答案と根拠を提示する
- 低リスク案件は自動処理し、一定割合をサンプリング監査する
- 中リスク案件は担当者が根拠を確認して承認する
- 高リスク案件や例外案件は専門職へエスカレーションする
- 新しい例外や誤りを、承認を経てナレッジへ還流させる
- 解決までの時間、誤回答率、差し戻し率、顧客評価を測定する
ここで注目したいのは、この設計変更で移動したものです。
- 担当者の職務は、回答を書くことから、根拠を検証し例外を判断することへ移ります。
- 上司の役割は、全件確認から、リスク基準の設計と異常の監督へ移ります。
- 若手に必要な能力も、速く文章を書くことより、AIの回答の前提を問い、根拠を確認し、例外を見つけることへ変わります。
- 評価指標は回答作成件数ではなく、解決時間、判断の質、事故の少なさ、ナレッジへの貢献になります。
そして、誰がどの案件の最終責任を持つかという権限構造も変わります。

つまり、変えなければならないのは、人間の職務や管理職の役割、それにかかわる必要な技能、そして評価、権限、責任です。「AIをどこに置くか」「AIに何を任せるか」と、それに併せて「人間をどこに置くか」「その人間に何を任せるか」は、まさにAI戦略と人事戦略、さらには組織戦略が交わる理由です。
言い換えれば、仮に現在のAIの性能が新入社員レベルの知能を持ち、責任を持てない存在だとしたら、「そこそこ頭の良い新入社員が低コストで無限に手に入るとしたら、どういった組織を作れば全体のパフォーマンスが上がるのか?」という問いに対する答えが問われているとも言えます。普通に増やしてしまえば管理職や責任者がレビューなどの負担でボトルネックになってしまうところを、どのように回避しながら、最大限のパフォーマンスが出せるか、です。
人事が扱うのは「現在の能力」の最適化だけではない

人事がAI戦略に関わる理由は、もう一つあります。人事は現在の能力配置だけでなく、将来の能力形成を担っているからです。
これまで新人が担ってきた仕事には、2つの機能がありました。資料を調べ、整理し、下書きを作るという成果物生産の機能と、その仕事を通じて、何を見るべきか、どこで疑うべきか、どの例外が重要かを学ぶ育成の機能です。
AIに下準備を渡すと1つ目は効率化できますが、設計を誤ると2つ目が一緒に失われてしまいます。短期的には生産性が上がっても、数年後にAIの出力を検証できる中堅や専門家が育っていない、ということが起こりえる、ということです。この「キャリアのはしごが細る」問題は、『AIと雇用とエリート過剰生産、そして教育はどう変わるか』で社会の側から書きましたが、企業の側から見れば、将来必要とする能力をどう自社で育成するかという問題です。
特に、人間の専門性は、AIの処理能力のように即座に複製できず、経験、フィードバック、失敗、他者との関係を通じて長い時間をかけて形成されます。だからAI戦略は、現在の処理能力の最大化だけでは不十分となります。
AI導入によって仕事を減らすことと、AI時代に必要な人材を育てることは、別々の議論ではなく、同じ業務設計の表裏になりうる、ということです。
組織の設計図を描く役割の統合

ここまでを踏まえると、CHROとCAIOを統合する意味というのが見えてきます。
CAIOは、AIの能力やその限界を理解した上で、AIを活用するための必要なデータ、技術的な統制、モデルの更新、ログ、評価方法を設計していきます。
CHROは、従来通り、職務や配置、採用、育成、評価、報酬、そして組織構造や権限と責任を扱います。
AI導入以前なら、この2つは比較的分けて考えられました。しかし、人とAIが同じ業務フローの中で仕事を分担するようになると、両者の間には密接な相互依存関係が生まれます。CAIOが「このタスクはAIに任せられる」と決めれば、CHRO側ではそのタスクを担っていた職務、採用要件、育成経路、評価指標を変更しなければなりません。CHROが「この判断は人間に残す」と決めれば、CAIO側では、その判断に必要な根拠をAIが提示できるようにし、人間が介入できるインターフェースとログを作らなければなりません。
つまり、人とAIが何をどう分担し、どのように権限を与え、どう検証し、誰が責任を負うのか、そして誰を育てるのかという設計図を、AIの能力の発展と使える範囲をある程度予想しながら設計していく必要があるということです。
ただしCHRO兼CAIOが唯一の解ではない
もちろん、すべての企業でCHROがCAIOを兼任すべきだ、ということではありません。重要なのは兼任ではなく機能の統合です。また、AIが製品そのものの競争力を決める企業では、CAIOはCTOやプロダクト責任者に近いほうがよいでしょうし、サプライチェーンやオペレーションの再設計が中心なら、COOとの統合のほうが機能するかもしれません。
そして重要なのは肩書ではなく、AIの能力境界の把握や業務プロセスの再設計を行うことであり、それに伴い人とAIの職務分担や育成と評価の変更、権限と責任の再定義など、AIを使った際の組織のあるべき姿を設計できる人をどうアサインするか、です。CHRO兼CAIOは、その統合を実現する一つの組織的な表現だと理解しています。
ただし、業界や業種によっても異なることは附記させてください。電気モーターは製造業の生産性を大きく変えましたが、サービス業はそこまでではなかったはずです。今回のAIも、情報処理を主とする業種では効果が高いかもしれませんが、そうではない業種ではそこまで高くないかもしれません。そうした判断も含めて、どう使うか、というところが模索されているのでしょう。
まとめ
人間とAIという2つの異なる性質を持つ情報処理主体を、同じ業務フローの中に配置すること。それがAI時代の組織設計であり、それは、
- タスク:誰・何がどの作業を行うか
- 判断権:誰・何が決定し、実行できるか
- 統制:何を検証し、監査し、停止するか
- 能力形成:人とAIをどう改善・学習させるか
- 評価:成果と責任を誰に帰属させるか
といったことを、人とAIの間で再配置することであるとも言えます。
何をAIに任せ、何を人間に残すのか。誰が検証し、誰が学習し、誰が評価され、誰が責任を引き受けるのか。その設計を分断しないための工夫が、今回のAIと人事・組織戦略の一体化なのだろうと思います。
