少子化時代に問われる「教育の加速」――限られた人口で高度人材をどう育てるか

私たちが直面している大きな課題の一つは少子化です。
出生数の推移を見ると、その減少の激しさが分かります。
- 1985年:約143万人
- 1995年:約119万人
- 2005年:約106万人
- 2015年:約101万人
- 2025年:約70.6万人(厚生労働省 人口動態統計速報値)

この変化は、大学など教育機関の存続、社会保障制度の維持、地域社会の持続可能性など、多方面に影響を及ぼすと考えられ、これらの論点は盛んに議論されています。
その中の1つの論点として、少子化の結果、今後20年かけて産業界への人材供給のパイプラインが急激に細っていく、というものがあります。
現在、ブルカラーを中心とした労働力不足は足下で課題として広がりつつありますが、今後の人口構造を見ていくと、その人手不足はホワイトカラー、ひいては高度人材に波及していくであろうことは想像に難くありません。
もしそうした人材の供給が少なくなり、国内企業群が付加価値の高い仕事に就ける力を身につけた人たちを国内から十分に採用できなくなると、日本全体として高付加価値な製品・サービスを生み出すことが難しくなり、産業や経済の維持が危うくもなるでしょう。
今はまだそれが明確に見えてきてはいませんが、今後そうした供給不足がより見えてくると、産業界から教育業界に対して「高度人材の供給量を上げる」という要請が高まってくるのではないかと思います。
母数となる子どもが少ない状況を考えると、それはつまり「高度人材への転換率を上げる」という要請となります。これはかなり難しいことですが、これを本気で考えていかなければならない状況は近づいているように思います。
もちろん教育は産業や労働のためだけに存在するものではありません。教養や市民性の涵養、個人の自己実現といった多様な目的があります。本稿ではそれらを十分に認識した上で、議論を明確にするため、あえて「産業人材の育成」という教育の一つの重要な側面に焦点を絞って考えます。
簡易試算:「30万人の高度人材」が必要だとしたら
日本の経済水準を維持するためには、高付加価値産業に従事できる人材を一定数、毎年輩出し続ける必要があります。
ここでいう「高度人材」とは、特定の学位を持つ人という意味ではなく、複雑な問題を設定し解決する力、新しい価値を構想し実装する力、高度な専門知識を統合して判断する力――こうしたコンピテンシー(能力)を備えた人材を指しています。IT・ソフトウェア、先端製造、研究開発、金融、医療・バイオテクノロジーなどの領域で活躍できる人材と考えてください。

ここでは、その人数を年間30万人程度と仮定します。これは、現在の大学入学者が年間約63万人、修士課程進学者が約7万人という構造の中で、高付加価値領域に実質的に参入している人数から推定した概数であり、仮の値です。
(※この試算はあくまで「概念モデル」です。 実際には、出生数だけでなく労働参加率、移民・留学生からの就労、高齢者の就労延長なども重要な変数であり、精緻な分析にはコホート(出生年集団)ごとのフロー・ストック分析が必要です。また、「高度人材」の定義や必要数は、産業構造の変化やAIによる生産性向上によって変動しうる点にも留意が必要です。)
出生数を母数にした単純化を行うと、次のような「転換率」が浮かび上がります。
- 2005年生まれ世代(出生数約106万人):30万人 ÷ 106万人 ≒ 約28%
- 2025年生まれ世代(出生数約70万人):30万人 ÷ 70万人 ≒ 約43%

つまり、同じ「30万人」を確保し続けるには、20年で転換率を28%から43%に引き上げる必要があるということになります。
この数字は粗い見立てですが、「母数が減る以上、同じ社会機能を維持するには教育・育成の効率を上げざるを得ない」という構造的な圧力がかかりうることを示しています。
もちろん、移民や外国人労働者の受け入れ拡大、一人あたりの労働生産性向上(AI・自動化による効率化を含む)、産業構造そのものの転換など、「教育で人数を増やす」以外のレバーも当然あり得ます。しかし、それらの施策を組み合わせたとしても、教育の転換率向上が重要な柱の一つであることは変わりません。
同時に進む社会変化

少子化だけでも難題ですが、同時に以下の変化が進行しています。
代表的な変化は以下の3つです。
- 産業高度化による教育期間の長期化
- AI を含む技術変化による「高度職」化の圧力
- 教育長期化がもたらす少子化の悪循環
(a)産業高度化による教育期間の長期化

技術が高度化するほど、専門知識を身につけるために必要な教育期間は伸びる傾向にあります。
修士号がスタンダードとなりつつある分野は増えており、もし将来、より多くの人が博士課程相当の訓練を必要とする状況になれば、労働市場への本格的な参入は27歳前後にまで遅れる可能性があります。
(b)AIを含む技術変化による「高度職」化の圧力

AIが中級レベルの業務を代替するという議論があります(この影響は産業・職種により幅があります)。仮にこの方向性が進めば、人間が就くべき仕事はより高度なものに集約され、「より高い教育水準」が良い職に就くための条件となります。
労働者不足に伴う産業用ロボットや自動化の普及も、人が担う仕事をより上位の判断・設計・統合へ押し上げ、必要な学習水準を引き上げる圧力となるでしょう。
(c)教育長期化がもたらす少子化の悪循環

教育期間の長期化は、少子化そのものをさらに深刻化させる恐れがあります。労働市場への参入が遅れれば経済的な安定を得る時期が後ろにずれ、結婚・出産の年齢も上がります。その結果、出産可能な期間が実質的に短くなり、出生数に下押し圧力がかかるという悪循環が生じます。
(もちろん、少子化の要因は教育期間だけではありません。住宅費、育児支援の不足、価値観の多様化、雇用の不安定さなど、複合的な要因が絡んでいます。)
「一部の人だけで稼ぐ国」は持続可能か

既存の労働者をリスキリング(学び直し)によって高付加価値産業へシフトさせることも重要な手段です。しかし、労働力が逼迫し賃金を得る機会がある環境では、その機会費用を手放して長期の学び直しに踏み切れる人は限られます。北欧諸国のように手厚い職業訓練と所得保障を組み合わせた制度設計も参考になりますが、日本の現行制度からの移行には相当の時間がかかるでしょう。
また、転換率が今のままでもなんとかなる産業作りは可能かもしれません。たとえば、高度な職に就けた少数だけが高所得を得て、残りの多くが低所得になりつつも、うまく再分配をする――といった風にです。しかしこうした極端に二分化された社会構造は、社会の不安定さを増していくことになるのではないかという懸念があります。
社会全体の安定と持続性を保つためには、少数のエリートだけでなく、なるべく多くの人が、なるべく多くの「良い仕事」にアクセスできる状態が望ましいはずです。(ここでいう「良い仕事」とは、賃金だけでなく、安定性、成長機会、尊厳、社会参加を含む概念です。)
そう考えると、問われているのはやはり教育全体の質の底上げなのではないかと思います。
教育に突きつけられる2つの課題
(1)教育の質の向上――転換率の引き上げ
母数が縮む以上、教育が生み出す成果をより多くの人に届ける必要があります。転換率を28%から43%へ引き上げるということは、「少し良くする」程度では間に合わない変化です。しかもそれを20年というタイムスパンで実現しなければなりません。
重要なのは、前述したおとり、これが上位層のさらなる引き上げではなく、底上げ――学習機会の保障と、より多くの人が高い到達点に届く仕組みの構築――であるべきだということです。
(2)到達の早期化――理解を犠牲にしない学びの高密度化
少子化の悪循環を断ち、若い世代の人生設計の自由度を高めるためには、可能であれば教育期間そのものも適正化できた方がよいと考えています。たとえば、従来27歳頃までかかっていた専門性の獲得を、数年単位で前倒しできないか、ということです。
「早期化」とは、単に詰め込んで急がせるという意味ではありません。到達点を維持しつつ、カリキュラムの抜本的な再設計、学ぶべき内容の精選、技術を活用した学習プロセスの革新によって、理解を犠牲にしない形で学習の密度と効率を高めることです。
もちろん、早期化が必ずしも可能とは限りませんし、早期化すべきでない領域もあるでしょう。しかし、教育期間の長さを所与のものとせず、検証の対象とすること自体には意味があると考えます。
2つのアプローチ:「学習の加速」と「到達点の再定義」

限られた時間でより多くの高度人材を育成するために、学習プロセスそのものを変えていく必要があります。そのアプローチは大きく2つに分けられます。
(1)AIを活用した学習プロセスの加速

AIは職を奪う側面もありますが、使い方次第で学習を大きく加速させる道具にもなり得ます。特に効果が期待できるのは以下の3つの領域です。
- 個別最適化:学習者ごとの弱点を診断し、最適な演習を与えること
- メタ認知支援:学習計画の策定、振り返り、誤りの原因分析など、「学び方を学ぶ」プロセスを支援すること
- リアルタイム:学習者のタイミングに合わせてフィードバックやヒントを与え、高速なる学習ループを回すこと
- プロジェクト伴走:要件整理、設計レビュー、リスク洗い出しなど、実践的な課題に取り組む際のコーチ役を担うこと
将棋ソフトの登場が棋士の学習を変え、競技水準を飛躍的に引き上げたように、AI教育ツールによって学習経路そのものが変わり、到達までの時間が短縮される可能性があります。ここ1〜2年でも、AIをうまく使いこなしている人のアウトプットの質は目に見えて変わってきました。文献や資料を軸に学ぶ支援ツールも実用レベルに達しつつあり、教育分野への本格的な適用に手触りが出てきています。
ただし、将棋AIのようにルールが明確で閉じた世界での成果が、教育全般にそのまま適用できるかは慎重に検討する必要があります。
(2)AI前提での「到達点」の再定義

さらに重要なのは、AIが普及した社会では、人間がゼロから暗記・習得すべき知識の範囲が変わるという点です。従来型の教育目標と、AIを使いこなすことを前提とした教育目標は、多少異なるものになるはずです。
かつて電卓の普及が数学教育のあり方を変えたように、AIの存在を前提にして「人間が到達すべき学習の最終地点」を再定義すること。それが教育期間の適正化と人材輩出の加速につながると考えています。
たとえば、従来の「博士課程修了レベル」が到達点だったとすれば、AIを前提とした新たな到達点は、仮説検証能力、文献統合力、実験・実装の遂行力、研究倫理の判断力――つまり研究レベルの高度な認知的作業の遂行能力を支える中核的なコンピテンシーを20代前半で身につけることかもしれません。学位そのものが目標なのではなく、それに相当するアウトカム(成果物や実践力)を達成できる教育設計を目指すということです。
この2つの「学習プロセスの加速」と「到達点の再定義」は車の両輪です。 どちらか片方だけでは、20年後に求められる転換率には到達できないでしょう。
だからこそ、今から探索を始める

AIを使った学習効率の改善には、最初から正解があるわけではありません。試行錯誤が不可欠です。
しかし、仮に「2045年には、20代前半で従来の博士課程修了者に近い水準の研究遂行能力を持つ人材を安定的に輩出できる教育システム」を目標に掲げたとしたら、残された時間はたった20年です。逆算すれば、この5年で方策の大枠を仮説化し、残りの15年で検証・実装を重ねるというスピード感になるかもしれません。
また教育にAIを本格導入するにあたっては、個人データの扱いや評価等、いくつかの重要な論点を見落とさないようにしなくてはならないので、そのあたりの議論の深化も必要でしょう。
教育の加速については、教育学の知見、認知科学の成果、そして最先端のAI技術を総動員しても、目指す目標にたどり着けるかどうかはわかりません。しかし、取り組まなければ答えは決して見えてこず、もしたどり着けなければ、20〜30年後の日本社会はかなり厳しい状況に直面することになりかねないのであれば、今から
特に私が担当するアントレプレナーシップ教育は、社会と近いため、この課題がかなり早期に出てくる領域だと思っています。ビジネス起業の現場ではすでにAIを使うことが前提となっていて、それに追随する形で授業の内容も変えていかなければ、「現場で使えない知識やスキル」を教えてしまうことにもなりかねません(ビジネス起業の知識伝授がアントレプレナーシップ教育ではないにせよ、です)。
なので、4月から始まる授業では、こうしたAIを活用した教育の変革――学習の加速と到達点の再定義――について、自分なりに実践しながら答えを探っていきたいと考えています。到達度(能力ベースの評価)、到達までの時間、そして家庭背景による成果の偏りが生じていないかという公平性、といった観点も押さえながら、この20年で実現すべき教育変革の端緒を、まずは自分の取り組みの中から見つけられないか、というのが最近の問題意識です。