日本のエンジニアの給与を上げるためにも、エンジニアがトップに立ってイノベーションを起こす
この記事は 2016年4月14日 に Medium で公開したものです。
米国のソフトウェアエンジニアの給与水準を日本のそれとを比べてみると、雲泥の差があるという話をよく聞きます。スタートアップですらソフトウェアエンジニアには 1,000 万円以上の給与を払うことは普通で、それに加えてストックオプションや福利厚生等の厚遇を図らないとエンジニアが来ない、と言われるぐらいです。
もちろんその給与の高騰は、SF を中心に住居費が高騰していることなどの影響もあるので、一概に絶対額だけでは国の間の給与比較はできないとは思います。
ただ先日ボストンに行ったときに驚くことを聞きました。今や MBA 卒業生よりも、エンジニアリングで修士を取った人のほうが新卒時点での給与が高いというのです。実際に AngelList の職種別サラリーでもエンジニア関係の職種の給与が群を抜いています。

AngelList ではエンジニアリング系の職種の給料が他の職種を上回っている(https://angel.co/salaries)
また人材系最大手の Glassdoor のデータソースを見てみても、「ベストな職業ランキング」でも「高給な職業ランキング」でもエンジニアは高いランクをつけており(どちらも Top 25 中、約半分がエンジニア系)、エンジニアの価値は他の職業に比べて高いと見なされていることは間違いないようです。
日本でのエンジニアの待遇
一方で日本を見てみれば、他の職種に比べるとエンジニアはそこまで厚遇を得ているようには見えません。また他の職種に比べて特段給与が高いわけでもありません。(どういうスキルレベルを満たせばエンジニアと言えるのか、という議論もありますが…)
もちろんそうした状況に対して、エンジニアの給与を上げろ、という声をきちんと上げることも重要だと思っています。ただ企業内の人件費はある程度上限があるため、その主張を通すには「他の職種よりもエンジニアが価値を出している」という根拠が必要になってくるだろうとは思います。
エンジニアがイノベーションを起こすという通念と信頼
US ではエンジニアの給料が高いことに多くの文句が出ていると言われていますが、では何故そんなに給料が高いのかということを考えてみると、それはエンジニアがイノベーションを生み出しており、人々の生活を良くすることに貢献しているという通念があるからではないかと思われます。
Y Combinator の President の Sam Altman も、エンジニアがこうした給料になったのは、エンジニアの創りだす価値がビジネスの人たちの創りだす価値に勝ったからではないか、という考えを表明しています。
だから日本でももしエンジニアの不遇を改善したいのであれば、エンジニア自身がイノベーションを起こしているのだという証拠をどんどんと出して、その価値を認めてもらうことが必要なのだと思います。
幸運なことに、テクノロジが指数関数的にその性能を伸ばし、技術が急激に変化している今、イノベーションにおけるテクノロジの重要度は増しています。またその変化に真っ先に気付けるのはエンジニアであり、その文脈においてエンジニアがイノベーションの旗手として再び注目を浴びる環境は整いつつあるのではないかと感じています。
エンジニアがトップに立って牽引することの副次的効果
さらに、これはあくまでまだ仮説ですが、米国ではその組織のトップがエンジニアで、エンジニアリングの重要性を分かっているから、その分エンジニアに給与を多く払っている、という面もあるのではないでしょうか。
Microsoft, Google, Facebook といった老舗の企業以外にも、最近の Dropbox などのスタートアップはエンジニアのバックグラウンドを持つ人が創業者であり、トップです。そしてこれらの会社ではエンジニアの給与が高いことも知られています。日本でも、エンジニアが創業した会社のエンジニアの給与は比較的高いという例を聞いています(サンプル数少なめですが)。
日本の “起業” や “スタートアップ” は、セールスや企画、金融などのビジネス畑の人がトップになる傾向にあるように感じています。それ自体は悪いことではないと思いますし、テクノロジだけで価値を生めることは少ないのも確かです。しかしエンジニアが主体となるスタートアップが生まれて、そうしたエンジニアが中心となっているスタートアップに成功してもらわないと、長期的なエンジニアの待遇改善が見込めないのではと感じています。
成功したエンジニアが投資家となり、さらに良い技術とエンジニアを生む
そして何より、エンジニアがトップに立って成功して富を得ることで、技術に深い興味関心を持つエンジェル投資家が生まれます。実際に多くのテクノロジ系スタートアップの創業者たちは、多くの技術系スタートアップにエンジェル投資をしています。
またエンジェル投資家だけではなく、Bill Gates や Eric Schdmit、Mark Zuckerberg のようなテクノフィランソロピスト、つまり技術で世界を良くしようという篤志家がエンジニアのトップから生まれてきて、世界を良くする技術に対する投資やコンテストを始めています。
最もリスクの高い、産声を上げたばかりの技術や技術系スタートアップにお金を投資できるこうした人たちが生まれてくれば、技術やエンジニアに対してさらにお金が回るようになり、そこから更なるイノベーションが見込めるのではないでしょうか。そのためには、エンジニアがトップに近い立場で、多くの富を得られる地位にいる必要があると思っています。
Lisp ハッカーとして名を馳せていた Paul Graham が始めた Y Combinator も、初期は若いハッカーのみに投資していました。これはビジネス側の人がハッカーのスキルセットを身につけるよりも、ハッカー側の人がビジネスマインドを身につけるほうが早いからとか、スタートアップで必要なビジネス上の知識はほぼ常識的なことだけだから、と説明されますが、いずれにせよ確実に Y Combinaor という仕組みは、次の世代のテクノフィランソロピストや、技術が心から好きなエンジェル投資家、そして得たお金で再び大きな起業をしようとするシリアルアントレプレナーのエンジニアを多数育てたと言えそうです。そしてそれは更なる技術的なイノベーションを生んでくれるのではないかと思います。
だから個人的には、エンジニアがトップに立っているスタートアップを応援したいと思っていますし、エンジニアが中心となっているスタートアップの成功を応援することが、すべてのエンジニアの地位向上や、技術の更なる発展に貢献につながると信じています。
科学への投資を増やすためにも科学者と技術者によるイノベーションを
関連して昨今、日本の科学技術の衰退の話を最近よく見るようになりました。日本の科学技術の国際的な地位がほぼ全てにおいて下がってきており、もっと科学の分野に投資が必要だという議論です。

日本の大学ベンチマーキング 2015 (http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu0/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2016/01/26/1365841_06.pdf)
アメリカやシンガポールでは実際に STEM 教育にかなりの投資をして、国策としてこうした科学分野の教育に力を入れています。だから日本もそれに追いつく必要がある、科学技術への資本投入を増やしたほうが良い、という論には個人的には賛成したいところです。
応用物理学会にて「日本の大学の研究競争力はなぜ弱くなったのか?」 - ある医療系大学長のつぼやきblog.goo.ne.jp
ただ日本の税収が減っていき一方で社会保障費が増えることが避けられない中で、科学技術に関する予算だけを増やせというのは、起業の論理と同じく、根拠が無い限り非常に難しい主張だとも思います。だからきちんと声を上げることの重要性を認識しつつ、もう一方で科学技術への投資が国全体に貢献できるということを証明、あるいはその証拠を提出していかなければならないのだろうと思っています。
科学技術の進歩はこの 100 年生活全体を改善してくれました。このわずか 100 年における GDP の伸びは、おそらく科学技術の発展なくして達成できなかったと思います。

Matt Ridley ”繁栄” より
ただそうした科学技術への投資が日本で減っているということは、国全体からの科学技術への期待が下がっているということなのかもしれません。実際にここ数十年、生産性に対するイノベーションはかつてに比べると減っているという見方のデータもあります。

https://www.technologyreview.com/s/601199/tech-slowdown-threatens-the-american-dream/
そうした状況を改善するためにも改めて科学技術から生まれるイノベーションを増やしていくことが、科学技術への信頼を回復させ、ひいては科学技術への投資を増やすために必要なのではないかと感じています。
不幸にして(あるいは幸いにして)、世界は多くの問題を抱え、今まさにイノベーションを求めています。
科学技術の発見や工学の進歩を使って、イノベーションを牽引するのはエンジニアです。そしてイノベーションを牽引するのはスタートアップであると言われています。だから、エンジニアが中心となったスタートアップがもっと増えて、そして成功して欲しいと願う次第です。それがきっと科学者やエンジニア全体の待遇の改善につながり、さらなる科学技術への再投資を促進し、さらなる発展につながっていくのではないかと信じています。
“The only thing at this point that’s going to drive growth [in this country] is innovation, and the only thing that seems to be driving innovation…is gonna be startups…so I think there is this moral imperative to make startups happen.”
この国の成長を駆動する唯一のものはイノベーションであり、イノベーションを推進するであろう唯一のものはスタートアップです。だからスタートアップを生むことは、倫理上の義務であると思います。

