<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><channel><title>馬田 隆明のブログ</title><description>馬田隆明のブログ。スタートアップ、アントレプレナーシップ教育、ディープテック、政策などについて書いています。</description><link>https://takaumada.com/blog/</link><language>ja</language><atom:link href="https://takaumada.com/blog/rss.xml" rel="self" type="application/rss+xml"/><item><title>揺らぐ「社会的インパクト」とビジネスの思想</title><link>https://takaumada.com/blog/social-impact-thought/</link><guid isPermaLink="true">https://takaumada.com/blog/social-impact-thought/</guid><description>国の防衛や安全は公共財と考えられています。市場だけでは十分に供給されにくく、その便益を特定の人だけに限定しにくいため、国家が税によって支えます。人々の命や安全という、様々な活動の土台となる便益を生み出している（そして市場だけでは供給されにく…</description><pubDate>Wed, 14 Oct 2026 15:10:54 GMT</pubDate><content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/social-impact-thought/20261014101439.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;国の防衛や安全は公共財と考えられています。市場だけでは十分に供給されにくく、その便益を特定の人だけに限定しにくいため、国家が税によって支えます。人々の命や安全という、様々な活動の土台となる便益を生み出している（そして市場だけでは供給されにくい領域を補っている）という観点からは、人々の安全を高める防衛事業は、ポジティブな社会的インパクトを生むと考えられます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一方で、防衛をインパクトと呼ぶことに抵抗を感じる人も少なくないように思います。戦争に使われうる技術を「社会のため」と呼ぶのはおかしい、という感覚です。この感覚にもそれなりの理由があると考えます。一国が防衛力を高めると、相手はそれを脅威と受け取ることもあり、実際に紛争が起きたときには、そこで開発した技術や事業が人を傷つけることもあります。「世界を持続可能にしていく」という観点に立てば、紛争はないほうがよく、紛争の確率を高めてしまうのであれば、防衛事業にはネガティブな社会的インパクトがあると感じるのも不思議ではありません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;どちらの立場を取るかは、その人の思想によって変わると考えています。ここで言う思想とは、&lt;a href=&quot;https://en.wikipedia.org/wiki/Ideology&quot;&gt;Mullins のイデオロギーの定義&lt;/a&gt;を援用し、(1) 世界認識、(2) 評価指針（規範）、(3) 行動指針が統合された概念と考えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;たとえば抑止が有効であると見るか、軍拡の連鎖を招くと見るかは世界認識の違いです。誰の安全を守るのか、どこまでを善とするかは、採用する評価指針（規範）の違いと整理できます。そして、そうした世界認識と規範を踏まえて、どの用途にどういった条件で投資を認め、何を対象外にするかという行動指針が生まれてきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（※ただし、抑止や軍拡についての世界認識は、思想の違いとして整理するのは不十分で、具体的な条件や証拠に照らして検証する必要もあります。）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;以前から&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/why-business-thought/&quot;&gt;ビジネスと思想の近接&lt;/a&gt;について書いてきましたが、実務においてその論点が上がってくるのは、&lt;strong&gt;日本のインパクト投資やインパクトスタートアップの業界ではないか&lt;/strong&gt;、とも思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;従来からもインパクトの定量化について取り組まれてきましたが、今議論の対象となりつつあるのは、インパクトの質的な側面です。ものさしで言えば、ものさしの目盛りを決めるのが定量化だとすれば、ものさしの方向をどうするのかが質の議論です。たとえば冒頭に挙げた防衛はその一例でしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;今や身近になりつつある防衛や安全保障を「インパクト」に含めるかどうかが人によって異なるのであれば、インパクトという言葉にはさらなる議論や整理が、改めて必要なのではないかと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;共有されていた思想と思想の変化&quot;&gt;共有されていた思想と思想の変化&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;この数十年、社会的インパクトと言えば、なんとなく共通の認識がありました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;SDGs をはじめとして目指すべき目標があり、社会課題とは貧困や気候変動、教育格差、ジェンダー平等、包摂、個人の自由の最大化などである、という暗黙の合意があったように思います。そしてその背景には、グローバリゼーションやリベラリズムを良いものとする合意があり、インパクトという言葉が指す内容も共有されやすかったのだろうと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかしリベラリズムの批判者からは、それこそが問題だったという指摘があります。たとえば共通善保守主義を唱えるパトリック・デニーンや国民保守主義のヨラム・ハゾニーの論を見ると、こうした合意の背後には、中立を装ったリベラリズムが暗黙の前提として押しつけられていた、という認識があるように思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そうしたリベラリズムやグローバリゼーションへの反発も、世界各国で徐々に増しつつあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;たとえば米国ではフロリダ州が2023年、州の公的資金の運用において、リスクや収益に影響する財務的な要因だけを考慮するよう定めました。また、銀行の脱炭素の連合であるネットゼロ・バンキング・アライアンスも、2025年10月に活動を終えています。気候変動が課題かどうかという認識や、それを誰が解決するべきなのかといった規範が揺らぎつつある一つの現象と言えるでしょう。（ただし、あくまでフロリダ州という一つの地域や、銀行という一つの産業での話です）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それだけではありません。善の中身を入れ替える動きもあります。さきほど挙げたデニーンは、家族や地域、宗教の共同体を通じた社会の安定を重んじる&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/common-good-conservatism&quot;&gt;共通善保守主義&lt;/a&gt;という立場を表明しています。この主張に基づく規範に立てば、保守的な家族の形成を後押しする事業こそがインパクトと評価されるでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同じ論法で、移民排斥を主張する人たちにとっては、移民を排除する事業こそが社会的インパクトを生む、という立場も論理的には成り立ちます。もちろん、当事者がインパクトと呼ぶことと、その評価を周囲が妥当と認めることは別ですが、もしそうした考えに賛同する人が増えてくれば、徐々にそうした排斥的な事業をインパクトのある事業と呼ぶようになってくるかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;採用する規範が異なればインパクトの評価もまた異なるというわけです。そしてその土台となる思想が揺れているため、インパクトが指し示す範囲も揺れつつあると言えるでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;思想を任せるという選択&quot;&gt;思想を任せるという選択&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;もちろん、市場では解決されづらい社会課題を解決すればインパクトだ、という立場も取れます。しかし、市場で解決されづらい事象は無数にあり、そのうちのどれを『解決すべき課題』と認定するかの時点で、すでに特定の規範が入り込んでいますし、その選択を意識しないノンポリ（non-political）的な立場は、結果としてその時代の多数派の判断を追認しているとも言えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もう一つの選び方は、政府の課題解決に資するものをインパクトとみなすことです。日本では「公共」を「政府」と同じものと考えがちな印象があり、この見方は受け入れられやすいように思います。しかし、政府も判断を誤ることがあり、政府が間違った方向に向かおうとしているときに政府を支援するのであれば、それはポジティブな社会的インパクトがあるとは言えないでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;規範を海外の誰かに任せるという選び方もあります。&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/technological-republic-acceptance/&quot;&gt;以前の記事&lt;/a&gt;では、米国から入ってくる思想が大きな摩擦なく受け入れられている構造について書きました。防衛でいえば、サステナブルファイナンスで慎重に扱われてきた武器・兵器関連事業について、英国やEUは2025年、資金調達を一律には妨げないと整理し直していますが、日本でもその答えをそのまま受け取ることになるかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;政府や海外の基準を採用すること自体は一つの選択です。ただ、なぜその基準を採るのかを自分たちで説明できなければ、インパクトを考えたとは言えないでしょう。実際、サステナブルファイナンスの議論においても、投資を見送る判断は妨げないとしつつ、最終的な答えは投資家が自身で考えよ、という結論に現時点ではなっています。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;実務と思想&quot;&gt;実務と思想&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;社会的インパクトを測るものさしが揺れる中では、「社会課題」を何と捉えるかも揺れていきます。そしてこの十年程度、多くの組織が「社会課題の解決」を掲げてきたからこそ、どういった思想を背景にして社会課題を捉えようとしているのかが、改めて多くの企業に問われているのでは、と思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;逆に、自社や自組織でその認識や規範の整理を避けたままでは、冒頭で触れたような抵抗感、つまり「社会課題」や「インパクト」という言葉への居心地の悪さは残り続けてしまうでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかし、その居心地の悪さは、私たちが何を望ましい変化と見なし、誰への不利益をどこまで考慮するのかを再び考えるきっかけにもなるはずです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これまでビジネスと思想の近接についていくつかの記事を書いてきましたが、特に純粋な市場ではない領域、いわば「社会」を冠する領域でこそ、思想とビジネスの近接は実務的にも課題になるのだろうと感じていて、その急先鋒となるのがインパクトの領域ではないかという話でした。社会課題や社会的インパクトを冠する企業が増えてきたからこそ、ビジネスにおいて思想の議論や整理が改めて必要とされているのではないかとも思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/social-impact-thought/20261014101556.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded><dc:creator>馬田 隆明</dc:creator><category>思想と資本</category></item><item><title>大学をアンバンドルする</title><link>https://takaumada.com/blog/unbundling-the-university/</link><guid isPermaLink="true">https://takaumada.com/blog/unbundling-the-university/</guid><description>大学は近代国家や多くの企業よりも長い歴史を持つ制度です。長い歴史のなかで、知と人を育む器としての大学は、世紀を超えて存続してきました。だからこそ大学の意義を考える時間軸は、数年の改革や10年の計画にとどまらず、数十年、あるいは世代の単位にな…</description><pubDate>Thu, 24 Sep 2026 01:40:59 GMT</pubDate><content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924102918.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;大学は近代国家や多くの企業よりも長い歴史を持つ制度です。長い歴史のなかで、知と人を育む器としての大学は、世紀を超えて存続してきました。だからこそ大学の意義を考える時間軸は、数年の改革や10年の計画にとどまらず、数十年、あるいは世代の単位になるのではないかと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;たとえば現在の科学技術研究の体制の多くは、1945年、第二次世界大戦の終結とともに始まりました。しかし、戦前と戦後を&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/japan-postwar-25-years/&quot;&gt;以前の記事&lt;/a&gt;で振り返った通り、明治維新 (1868年) から終戦までが約80年、そして戦後から現在までは約80年経過しており、1945年の体制を維持することが良いのかは改めて考えたほうがよいのかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;実際、国際秩序の在り方は今まさに大きく変わろうとしていますし、科学技術関連の様々な動きが諸外国では見られるように思います。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;戦後の科学体制の変化の兆し&quot;&gt;戦後の科学体制の変化の兆し&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;現在の大学の在り方に大きな影響を与えたのは、1945年7月のブッシュ報告です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;米国の科学研究開発局（OSRD）局長ヴァネヴァー・ブッシュは、戦時に大学の研究者をレーダーや原子爆弾の開発へ動員した経験を平時に引き継ぐ構想として、報告書『&lt;a href=&quot;https://nsf-gov-resources.nsf.gov/2023-04/EndlessFrontier75th_w.pdf&quot;&gt;科学——果てしなきフロンティア（Science, the Endless Frontier）&lt;/a&gt;』をトルーマン大統領に提出しました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;内容としては、政府は大学の基礎研究に資金を投じるけれど、中身には介入せず、成果はいずれ新産業や公衆衛生、国防の力として社会に還元される、といった公的な投資の色の強い思想であり、社会契約です。この考え方は1950年の全米科学財団（NSF）設立で制度となり、戦後の米国の研究大学は各国の手本となりました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その米国で変化が起きています。NSFは2026年5月、&lt;a href=&quot;https://www.nsf.gov/news/nsf-announces-15b-nsf-x-labs-initiative-pursue-generational&quot;&gt;「NSF X-Labs」&lt;/a&gt;の創設を発表しました。今後10年で15億ドルを投じ、学術機関の外に独立した研究組織を立ち上げ、専任チームに運営の自律とマイルストーンごとの資金を与える取り組みです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;大学の役割そのものを問い直す議論も出ています。ベン・ラインハート（Ben Reinhardt）は2025年のエッセイ「&lt;a href=&quot;https://www.unbundle-the-university.com/&quot;&gt;大学をアンバンドルする（Unbundle the University）&lt;/a&gt;」で、大学は教育、研究、資格認定、技術開発、政策提言、スポーツ興行、資産運用までを抱え込んだ「バンドル（集積体）」であり、その一部を担う専門機関を大学の外に増やすべきだと主張しました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;束ねることと切り離すこと（バンドルとアンバンドル）という見方は、テックブロガーのベン・トンプソンやアナリストのベネディクト・エヴァンスが、新聞やテレビ、ソフトウェア産業の構造転換を読み解くのに用いてきたものです。本稿はベン・ラインハートのエッセイを参照しながら、このアンバンドルの見方を大学に当てはめ、長期の軸でこれからの日本での大学の在り方を考えてみようという試論です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まず、大学が何をバンドルしてきたのかを振り返ります。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;第i部-大学は何をバンドルしているのか&quot;&gt;第I部 大学は何をバンドルしているのか&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;まず、大学が何を一つにバンドルしているのかを整理します。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;大学は教育と研究だけの機関ではない&quot;&gt;大学は教育と研究だけの機関ではない&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;大学は様々な機能やサービスを持っており、学生には1つのセット（バンドル品）としてそれらを販売しています。しかし学生以外にも様々なステークホルダーを持っているのが現在の大学です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;カリフォルニア大学総長のクラーク・カーは1958年、キャンパスの三大問題は「&lt;a href=&quot;https://newsarchive.berkeley.edu/news/media/releases/2003/12/02_kerr.shtml&quot;&gt;学生にとっての異性、卒業生にとっての運動部、教員にとっての駐車場&lt;/a&gt;」だと冗談めかして語りました。教育も研究も入っていません。大学が担ってきた機能を整理すると、次のようになります。&lt;/p&gt;

















































&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;機能&lt;/th&gt;&lt;th&gt;中身の例&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;教育&lt;/td&gt;&lt;td&gt;講義、ゼミ、教養教育、専門の知識と技能の伝達&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;選抜と証明&lt;/td&gt;&lt;td&gt;入学者選抜、学位授与、企業に対するシグナリング&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;研究&lt;/td&gt;&lt;td&gt;新しい知識の探索と検証、後進研究者の育成&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;知識の保管&lt;/td&gt;&lt;td&gt;図書館、博物館、標本や研究データの蓄積&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;若者の移行と共同生活&lt;/td&gt;&lt;td&gt;寮、部活動やサークル、友人やパートナーとの出会い&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;人脈の形成&lt;/td&gt;&lt;td&gt;同窓会、就職の仲介、卒業後の相互扶助&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;スポーツ&lt;/td&gt;&lt;td&gt;大学名を冠した競技と興行&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;医療&lt;/td&gt;&lt;td&gt;附属病院の高度な臨床医療&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;資産運用&lt;/td&gt;&lt;td&gt;寄付金や基金（エンダウメント）の運用&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;社会実装と政策支援&lt;/td&gt;&lt;td&gt;産学連携、技術移転、政策助言、地域活性化&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;教育と研究以外の機能も小さくありません。&lt;a href=&quot;https://www.mext.go.jp/content/20250331-mxt_hojinka-000041313_2.pdf&quot;&gt;日本の国立大学法人全体の2023年度決算&lt;/a&gt;では、経常収益約3兆4,266億円の約4割が附属病院の収益です。米国では&lt;a href=&quot;https://www.nacubo.org/Press-Releases/2026/US-Higher-Education-Endowments-Report-Stable-Returns-Increase-Spending-to-33-4-Billion-in-FY25&quot;&gt;657大学の基金&lt;/a&gt;の合計が9,443億ドルに達しています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;産業界の一部の人などでも、学位の価値の相当部分が講義の外にあると見て、「授業に行かなかった」ことを誇らしげに語ることはしばしば見られます。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;バンドルされてきた理由とアンバンドルされる理由&quot;&gt;バンドルされてきた理由とアンバンドルされる理由&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;なぜこれほど多様な機能が一つの機関に束ねられてきたのでしょうか。理由は少なくとも4つあると考えています。知識を届けるには人が一か所に集まる必要があったという技術の制約、大学が与える信用、多様な収入を一つにまとめる財政、そして国家や企業などからの期待です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;技術の制約は、新聞と比べると分かりやすくなります。トンプソンは&lt;a href=&quot;https://stratechery.com/2017/the-great-unbundling/&quot;&gt;「The Great Unbundling」&lt;/a&gt;（2017年）で、新聞が報道、広告、求人、天気予報を一つにできたのは、印刷設備と配達網という高価な流通基盤を握っていたからだと説明しました。大学でも、かつて知識の伝達には教員と学生が同じ場所に集まる必要があり、キャンパスと教授陣は新聞の印刷所や配達網のような希少な流通チャネルでした。図書館や実験室のように固定費の大きい設備も、多くの学部で共有するほうが安く済みます。20世紀に研究が巨額の設備を要するようになると、それを維持できる大組織であること自体が強みになりました（第IV部で見ます）。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;大学のブランドは、教育の質と卒業生の能力をまとめて保証する信用として働いてきました。この信用は制度にも支えられています。日本で学位を授与できるのは、法律上、大学と大学改革支援・学位授与機構に限られます。米国で連邦の奨学金を使えるのは、認定（アクレディテーション）を受けた機関で学ぶ場合に限られます。学ぶ場所と学んだことの証明、さらに学費の資金までが同じ機関に結びついているため、学生は機能ごとに別の担い手を選びにくくなっています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;財政の面では、授業料、国の交付金、研究費、寄付が一つの財布に入ることが束を支えてきました。この仕組みのもとで、利益を生みにくい分野を他の収入で支える内部補助が働きます。研究費に上乗せされる間接経費も、図書館や事務組織のような共通の基盤を支えています。束であることが、単独では成り立ちにくい学問を守る仕組みにもなってきたわけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;国家や企業も、大学に機能を集めてきました。国家が研究と専門人材の育成を大学に託したのは、国際競争に備えるためです。帝国大学は「国家ノ須要ニ応スル」ことを目的に掲げ、戦後の米国は1945年のブッシュ報告に沿って連邦の研究資金を大学に注ぎました。現在は国際大学ランキングが、統合と大規模化を後押ししています。企業は採用の選抜を大学の入試に委ね、共同研究の相手としても期待を寄せてきました。家計は子どもの就職を、地域は若者の定着と人材の養成を期待します。新しい課題が生まれるたびに専用の組織を作るより、既存の大学に載せるほうが早く、予算の説明もしやすかったのだと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;大学の側も、こうした期待を成長の機会として取り込みました。研究費を得て大学院と研究所を広げ、附属病院や運動部、資産運用のような事業も抱え、機能を足すたびに規模と影響力を増してきました。カリフォルニア大学総長を務めたクラーク・カーが1963年に、多様な機能と利害関係者を抱える巨大大学を「マルチバーシティ」と呼んだのは、この姿です。一方で、資金の出し手が増えるほど、大学は国家や企業への依存も深めていきました（第IV部・第V部で見ます）。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924103031.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これら4つの理由は互いを強め合っています。国家や企業の資金が集まれば研究と設備が充実し、それがブランドを高め、優秀な学生と次の資金を呼び込みます。そのため、どれか一つが弱まっても束はすぐには解けません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;インターネットが弱めたのは、4つの理由のうち主に技術の制約でした。流通コストが下がると、新聞もケーブルテレビも用途ごとに分解されていき、エヴァンスは、インターネットのサービスはバンドルとアンバンドルを周期的に繰り返すと&lt;a href=&quot;https://www.ben-evans.com/benedictevans/2013/9/21/atomisation-and-bundling&quot;&gt;論じています&lt;/a&gt;。2012年にMOOCが注目されると、クレイ・シャーキーも&lt;a href=&quot;http://www.shirky.com/weblog/2012/11/napster-udacity-and-the-academy/&quot;&gt;「我々にとってのMP3はMOOCであり、ナップスターはUdacityだ」&lt;/a&gt;と書き、大学に同じ変化が起きると見ました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかし大学の崩壊は起きませんでした。学位の信用、学費と研究費の流れ、企業の採用慣行は大学に結びついたまま残り、投資家のスタトンが学位の価値に数えた人のつながりや通過儀礼も、オンライン講座では置き換えられなかったからです。アンバンドルが進むのは、特定の機能について外により優れた担い手が現れ、資金と信用の流れもその担い手に向かうときだと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そうだとすれば、問うべきは何が安くなるかより、何を束ねておく理由がいまもあるのかです。共同で維持するしかない高価な設備や、利益を生みにくい学問を支える内部補助、長い時間をかけて知見を確かめ合う研究者の共同体、など、束であることが強みになる機能も存続しています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一方で、束ねておく理由が薄れたのに、資金と信用の経路が大学にしか通っていないために残っている機能もあるはずです。AIが個別指導や添削のコストを下げ、政府や財団が大学の外の研究組織に直接資金を出し始めたいま、この二つの見分けは以前より差し迫った課題になっています。後者を大学の外に出すには、外の担い手に資金と信用が届く経路を先に作っておく必要があると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;第ii部-科学のやり方が世界で変わり始めている&quot;&gt;第II部 科学のやり方が世界で変わり始めている&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;この10年ほど、世界では科学の営み方を問い直し、新しい研究のあり方を試す動きが広がっています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924103405.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;1科学のやり方そのものを研究し実験するメタサイエンスが広がっている&quot;&gt;（1）科学のやり方そのものを研究し実験するメタサイエンスが広がっている&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;メタサイエンスは、研究費の配分方法、査読の妥当性、研究組織のあり方など、科学の進め方そのものをデータと実験で確かめる領域です。2010年代に、論文の多くが追試で再現できないという「再現性の危機」と、資金や研究者が増えてもブレークスルーが生まれにくくなっているという懸念が、これを後押ししました。2019年には英国で&lt;a href=&quot;https://researchonresearch.org/&quot;&gt;Research on Research Institute（RoRI）&lt;/a&gt;が設立されています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;政府も動いています。英国は2024年、科学・イノベーション・技術省と英国研究・イノベーション機構（UKRI）の合同組織として&lt;a href=&quot;https://www.ukri.org/what-we-do/browse-our-areas-of-investment-and-support/uk-metascience-unit/&quot;&gt;メタサイエンス・ユニット&lt;/a&gt;を設け、研究助成の審査方法の比較実験を始めました。応募者同士が評価し合う分散型ピアレビューでは、審査期間を最大65%短縮できたと報告しています。理念にとどまらず、新しい組織や資金配分の試作品を実際に立ち上げて検証している点が、この潮流の特徴です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;(メタサイエンスについては以前&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/metascience-for-funding/&quot;&gt;別の記事&lt;/a&gt;でも少し書きました。)&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;2大学の外に新しい研究組織が生まれている&quot;&gt;（2）大学の外に新しい研究組織が生まれている&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;新しい研究組織の在り方も模索され始めています。代表例が&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/fro-introduction/&quot;&gt;FRO（Focused Research Organization：特定課題研究組織）&lt;/a&gt;です。非営利組織&lt;a href=&quot;https://www.convergentresearch.org/&quot;&gt;Convergent Research&lt;/a&gt;が推進してきた形式で、論文にも製品開発にも馴染みにくい研究基盤ツールや大規模データセットの開発を、期限と定量目標をもつ専任チームで進めます。米国ではすでに10件が立ち上がり、2026年には英国でも2件が始動しました。ラインハートが指摘するように、大学の研究室では実務の主力が数年で入れ替わる大学院生であり、評価も新規性の高い論文に偏ります。FROはその制約を避けるための組織です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;研究者個人に長期の資金を保証する独立研究所もあります。2021年設立の&lt;a href=&quot;https://arcinstitute.org/programs/core-investigators&quot;&gt;Arc Institute&lt;/a&gt;は、スタンフォード大学やカリフォルニア大学と連携し、中核研究者に8年（更新可）の任期と使途を制限しない資金を提供しています。公的セクターでも、裁量の大きいプログラムマネージャー（PM）が高リスクの研究を主導するDARPA型の機関が、ARPA-E、ARPA-H、ドイツのSPRIND、英国のARIA（2023年発足）と広がりました。冒頭に紹介したNSF X-Labsもその延長にあります。ラインハート自身も2023年、大学にもベンチャーキャピタルにも合わない材料・製造技術の研究開発を進める非営利組織Speculative Technologiesを立ち上げています。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;3財団などの非営利団体から研究資金が出始めている&quot;&gt;（3）財団などの非営利団体から研究資金が出始めている&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;戦後の研究大学を支えたのは、NSFや国立衛生研究所（NIH）など政府の競争的資金でした。&lt;a href=&quot;https://indicators.sciphil.org/key-findings&quot;&gt;サイエンス・フィランソロピー・アライアンスの推計&lt;/a&gt;（2024年のデータ）によれば、米国の大学と非営利研究機関の研究に連邦政府が出す割合は、1960年代の70%超から2024年には50%（636億ドル）に下がりました。財団などの非営利団体からの資金と、過去の寄付で築かれた基金からの支出を合わせたフィランソロピーは270億ドルで、全体の21%にあたります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;財団は大学に寄付するだけの存在ではなくなっています。HHMIは2006年に自前の研究拠点ジャネリア・リサーチ・キャンパスを、シモンズ財団は2016年に&lt;a href=&quot;https://www.simonsfoundation.org/flatiron/&quot;&gt;フラットアイアン研究所&lt;/a&gt;を開き、チャン・ザッカーバーグ・イニシアティブは非営利研究組織&lt;a href=&quot;https://biohub.org/news/ai-biology-cure-disease/&quot;&gt;バイオハブ&lt;/a&gt;を設立しました。Arc Instituteも、パトリック・コリソンらの&lt;a href=&quot;https://www.businesswire.com/news/home/20211215005308/en/The-Arc-Institute-Launches-to-Accelerate-Scientific-Breakthroughs-in-Complex-Diseases-in-Collaboration-with-Stanford-University-UCSF-and-UC-Berkeley&quot;&gt;6億5,000万ドルを超える寄付&lt;/a&gt;で設立されています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;非営利の資金は、単年度予算に縛られる政府の資金より、特定の研究者や組織に長く出し続けやすいという特徴があります。一方で、行き先は出し手の関心に左右されやすく、同アライアンスの&lt;a href=&quot;https://cdn.prod.website-files.com/69fb8bba7d019258b8750838/6a42b465adec88e06ec39523_SPA-Science-Philanthropy-Indicators-Report-2023.pdf&quot;&gt;2023年の報告&lt;/a&gt;では、大学の科学分野の研究に向かう非営利団体の資金の72%が、生物学・医学・健康科学に充てられていたようです（2021年度）。それでも、資金を得る経路は確実に広がっていると言えるでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;4aiが研究の担い手を変え始めている&quot;&gt;（4）AIが研究の担い手を変え始めている&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;2026年には、Google DeepMindの&lt;a href=&quot;https://www.nature.com/articles/s41586-026-10644-y&quot;&gt;「Co-Scientist」&lt;/a&gt;、FutureHouseの&lt;a href=&quot;https://www.nature.com/articles/s41586-026-10652-y&quot;&gt;「Robin」&lt;/a&gt;、Sakana AIらの&lt;a href=&quot;https://www.nature.com/articles/s41586-026-10265-5&quot;&gt;「AI Scientist」&lt;/a&gt;など、仮説の立案から実験設計、解析までを自律的に進めることを目指すAIシステムの論文がNature誌に掲載されました。Anthropicが&lt;a href=&quot;https://www.reuters.com/world/anthropic-quietly-sets-up-biology-lab-it-ramps-ai-drug-program-2026-09-18/&quot;&gt;生物学の研究所&lt;/a&gt;を作り、OpenAIが&lt;a href=&quot;https://openai.com/ja-JP/index/advisory-group-on-mathematics-and-ai/&quot;&gt;数学の未解決問題&lt;/a&gt;に取り組むなど、基盤モデルを提供している会社が研究に近いことを行いつつもあります。（ただし、たとえばRobinの論文でも、候補の確認、実験手順の作成、解析の指示には人間が関わっており、研究の実務がすでに一続きで代替されたわけではありません。）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;上に挙げたAIシステムも、開発の中心は大学ではなく企業や非営利の研究組織です。最先端のAIの開発には大学では持ちにくい規模の計算資源とデータが要るため、研究に必要な資本はAIによってさらに増え、その中心地が大学の外へ移る可能性があります（第IV部で見ます）。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ロボットが合成や測定を24時間繰り返す自律実験室の実装も進んでいます。実験や文献調査の相当部分が自動化されれば、大学院生やポスドクの労働力を前提とした研究室の運営は変わらざるを得ないでしょう。同時に、AIが大量の仮説や結果を生み出すほど、何が確かで価値があるのかを批判的に検証する役割は重くなると考えています。この論点には第VI部で改めて見ます。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;5教育にも変化が起きつつある&quot;&gt;（5）教育にも変化が起きつつある&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;AIは研究だけではなく、教育のあり方も大きく変えようとしています。たとえば今、大学はこの AI を使った学生のレポートなどに苦慮しており、従来の教育方法なども改めて考え直されようとしているところです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ブルーカラーなどの職種が高賃金化することと、従来のホワイトカラーが溢れることによって、大学進学が割に合う投資かというと、&lt;a href=&quot;https://www.works-i.com/column/labor-market/detail013.html&quot;&gt;そうではなくなりつつあるようです。&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それに加えて2026年9月22日、ベンチャーキャピタルa16zの支援のもと、高校卒業者向けの全日制アカデミー&lt;a href=&quot;https://a16z.com/announcement/incubating-horowitz-andreessen-academy/&quot;&gt;Horowitz Andreessen Academy（HAA）&lt;/a&gt;が発表されました。学位も単位認定もなく、2027年秋に約50名を授業料無料で受け入れる1年制プログラムから始めるようですが、今後は有償の大学へと転換していく計画を持つようです。内容としては、産業界の実務に通年で携わるコーオプ教育、実務家の直接指導、学生主導のプロジェクトが柱です。前例には、大学を離れて挑戦する22歳以下の若者に2年間で25万ドルを給付するティール・フェローシップ（2011年）があります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これらが大学から切り出しているのは、知識の伝達ではないように思われます。知識はすでにAIやインターネットで安く手に入ります。切り出されているのは、志を共有する仲間、実務のネットワーク、現場経験、厳しい選考を通過したという信用です。教育そのものより、選抜と社会への移行を支える機能が、先に大学の外へ出始めていると言えます。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;世界の動きは大学の機能を外側からアンバンドルしつつある&quot;&gt;世界の動きは大学の機能を外側からアンバンドルしつつある&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;これらをバンドルの構造に重ねると、FROやNSF X-Labsは目標の明確な技術開発を、ARPA型組織は挑戦的なテーマの目利きと資金配分の権限を、大学の外や専任PMへ移しています。財団は政府とは別の経路で資金を供給し、メタサイエンスは再現性や助成の仕組みを検証の対象にしました。AIは研究室の実務を代替し始め、新しい学校は選抜と実務訓練を切り離しています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ただし、これらの多くは大学を壊そうとしているわけではないことにも注意が必要です。FROの研究者の多くは大学院で育った人材で、ARPA型機関の資金も大学に流れています。ここで行われているアンバンドルは、大学の外に選択肢を増やし、機能ごとに適した担い手を選べるようにすることだと捉えられます。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;研究機能をどう配置し直すかが世界で議論されている&quot;&gt;研究機能をどう配置し直すかが世界で議論されている&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;こうした動きを受けて、この数年の議論の焦点は、「大学か、大学の外か」という二択の議論ではなく、どの研究機能を、どの資金・雇用・評価といった形で担わせるかへと移りつつあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;大学の外に研究組織を作ってきた当事者自身、自らの試みを大学の代替ではなく補完と位置づけています。FROを運営するアダム・マーブルストーンらは2025年の&lt;a href=&quot;https://issues.org/focused-research-organizations-fro-marblestone-gamick-wang-fridman/&quot;&gt;振り返り&lt;/a&gt;で、FROは大学研究全般の代替ではないと明記しました。大学の外の研究所の多くは、学部教育から博士の育成までを自前では構築していません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同時に、研究者個人を支えるのか、専任の組織を支えるのかという設計の対立も浮上しています。米国の&lt;a href=&quot;https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2026/07/Science-A-New-Golden-Age.pdf&quot;&gt;2026年の科学政策構想&lt;/a&gt;が大学という組織より研究者個人を重視する方向を打ち出したのに対し、欧州研究大学連盟（LERU）は、優れた個人にも長期研究、育成、設備、学問の自由を支える大学が必要だと&lt;a href=&quot;https://www.leru.org/news/the-white-houses-science-vision-is-no-blueprint-for-europe&quot;&gt;反論&lt;/a&gt;しています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;評価と基盤のあり方も見直されています。RoRIのジェームズ・ウィルズドンらは、AIが申請書を書き、AIが審査する時代には、文章の説得力が研究の質を見分ける手がかりにならなくなると&lt;a href=&quot;https://researchonresearch.org/ai-agents-pose-existential-threat-to-research-funding/&quot;&gt;問題提起&lt;/a&gt;しました。共有データや研究ソフトウェアのように、個人の論文では評価されにくい仕事をどう担うかも論点です。とはいえ、大学の外に出れば研究者が自由になるとは限りません。たとえば連邦研究費への依存度が高い米国の大学で、経済学の論文から政治的に敏感な主題が減ったという&lt;a href=&quot;https://cepr.org/voxeu/columns/when-political-pressure-trumps-academic-freedom&quot;&gt;報告&lt;/a&gt;もありますが、政府の資金に頼ったままでは自由な研究ができない可能性もあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらに、技術移転制度を支えるバイ・ドール法と、大学による発明の管理についても、&lt;a href=&quot;https://newsletter.goodscienceproject.org/p/why-are-we-screwing-over-researchers?utm_source=chatgpt.com&quot;&gt;見直しを求める議論&lt;/a&gt;が出ています。1980年のバイ・ドール法は、連邦資金による発明について、大学などの非営利組織や小企業が一定の条件で権利を保持することを選べるようにした法律です。近年は、特許取得とライセンスを中心とする技術移転に加え、&lt;a href=&quot;https://genome.wustl.edu/beyond-bayh-dole-academic-genome-centers-as-tech-hubs/?utm_source=chatgpt.com&quot;&gt;大学の設備や専門人材へのアクセスを通じて技術を普及させる方法&lt;/a&gt;も提案されています。ラインハートも、発見を特許化し、ベンチャーキャピタルの資金で製品化する創薬のモデルを、&lt;a href=&quot;https://blog.spec.tech/p/health-technology-is-weird?utm_source=chatgpt.com&quot;&gt;長期の工学開発や複数技術の統合を必要とする他分野に、そのまま一般化することには限界がある&lt;/a&gt;と論じています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本では、日本学術会議が2025年11月の&lt;a href=&quot;https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf2/kohyo-26-t394-2.pdf&quot;&gt;提言&lt;/a&gt;で、競争的資金だけでは研究時間、安定した雇用、設備を支えられないとし、基盤的経費の回復とあわせて、大学以外の法人を使った研究者の雇用も検討しています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本の話も出てきたので、では、日本の大学はいまどのような状況にあるのかを見ていきます。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;第iii部-日本の大学と日本の社会課題&quot;&gt;第III部 日本の大学と日本の社会課題&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;世界では主に「研究の進め方」が再設計されつつある一方で、日本の大学は足元の構造的な課題に直面しているのでは、と考えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924103442.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;日本の大学が抱える機能と期待&quot;&gt;日本の大学が抱える機能と期待&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;日本の大学で最も比重が大きかったのは、選抜と能力証明だと考えています。第V部で見るように、日本の企業は長く、大学で何を学んだかより、どの難易度の大学に入ったかを採用の基準にしてきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;期待を寄せる主体も大きくは4つに別れます。国家は先端研究と専門人材を、企業は選抜のシグナルと共同研究を、家庭は子どもがよい職に就くことを、地域は若者の定着、教員や医療人材の養成、産業の維持を期待します。どれも正当ですが、向かっている方向や望んでいることは異なります。たとえば地方の国立大学は、国からは論文指標や外部資金の獲得を、自治体からは教員や看護師の安定した供給を求められます。これらの異なる期待が、限られた教員の同じ時間を奪い合っているわけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかもこの束は、引き算なしに増えてきました。この10年余りでも、地方創生、リスキリング、大学発スタートアップ、経済安全保障などが大学に課されましたが、代わりに既存の業務を減らす判断はほとんどされていません。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;研究の担い手が細っている&quot;&gt;研究の担い手が細っている&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;日本の大学研究は、実務の多くを大学院生に頼ってきたと言われます。&lt;a href=&quot;https://www.mext.go.jp/content/20250418-mxt_chousei01-000040124.pdf&quot;&gt;文部科学省の調査&lt;/a&gt;では、2023年度に職務時間のうち研究に充てた割合は、大学教員の32.2%に対し、博士課程の学生は84.6%でした。それぞれの時間の使い方であって研究全体への貢献の割合ではありませんが、教員の研究時間の割合が2002年度の46.5%から下がり続けるなかで、研究の実務の多くを院生が担う構造がうかがえます。教育と労働の境界が曖昧なまま、院生の意欲と自己負担が研究を支えてきたと言うのが実態に近いのでは、と思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その環境は変わりつつあります。2021年度以降、科学技術振興機構（JST）の次世代研究者挑戦的研究プログラム（SPRING）などで、博士課程の学生に生活費相当額を給付する支援が広がりました。博士課程の学生を処遇されるべき研究者とみなす考え方が定着すれば、研究室の実務を担う学生には対価を払うか、専任の職員を雇う必要が生まれます。つまり、大学や研究室にとっては、無償の労働力でカバーしていた分の費用負担が増えるということです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一方で担い手の数も減っており、&lt;a href=&quot;https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2025/RM349_32.html&quot;&gt;博士課程の入学者&lt;/a&gt;は2003年度の18,232人をピークに2024年度は約1.6万人、&lt;a href=&quot;https://www.mext.go.jp/content/20240711-koutou02-000037014_7.pdf&quot;&gt;修士から博士への進学率&lt;/a&gt;は14%前後から10.4%に下がりました。円安で研究費の購買力も落ちています。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;学生と財源が減っている&quot;&gt;学生と財源が減っている&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://www.mext.go.jp/content/20260825-mxt_koutou01-000051717_9.pdf&quot;&gt;文部科学省の将来推計&lt;/a&gt;では、約63万人の大学進学者は2040年に約46万人になる見込みです。定員割れの私立大学の比率は、&lt;a href=&quot;https://www.shigaku.go.jp/files/shigan_doukouR7.pdf&quot;&gt;日本私立学校振興・共済事業団の調査&lt;/a&gt;で2024年度に59.2%に達し、2026年度も&lt;a href=&quot;https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD063ON0W6A800C2000000/&quot;&gt;46.2%&lt;/a&gt;です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;学費に頼る私立大学では、学生の減少がそのまま財務の危機になります。国立大学の運営費交付金は、2004年度の1兆2,415億円から2015年度には1兆945億円に減りました。物価高と円安で費用が膨らむ一方、賃上げなどは遅れており、家計の側には学費を大きく上げる余地はありません。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;研究力と地域での役割も揺らいでいる&quot;&gt;研究力と地域での役割も揺らいでいる&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://www.nistep.go.jp/archives/63771/&quot;&gt;科学技術指標2026&lt;/a&gt;では、注目度の高い論文数を示すTop 10%補正論文数で、日本は世界13位です。先端科学は大規模な設備と学際的な専任チームで進む傾向を強め、教授1名と院生数名の講座制の研究室では扱いきれない課題が増えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;地方大学は教員や医療人材を地域に送り出しながら、存続を問われています。ジョブ型雇用や学び直しの広がりは、偏差値による選抜という大学の最大の機能を相対化し始め、2015年のいわゆる「文系不要論」のように、大学の社会的な益を問う声も繰り返されてきました。研究者個人に最長10年の資金を出す創発的研究支援事業のような施策もありますが、資金の大半は既存の大学や国立研究開発法人に流れ、大学の外に新しい研究組織を生む契機にはなっていません。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;課題が先行し外の選択肢が追いつかない日本&quot;&gt;課題が先行し外の選択肢が追いつかない日本&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;米国と日本の最大の違いは、アンバンドルが進む順序にあると考えています。米国では、新しい研究組織、篤志家の資金、実践型の学校、学位にこだわらない採用といった選択肢が先に大学の外に立ち上がり、それによって大学の機能が切り出され始めています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本では順序が逆で、担い手の減少、進学人口の急減、財政の逼迫が先に大学を直撃しているのに、外側の受け皿は限られています。理化学研究所や産業技術総合研究所のような公的研究機関、大学共同利用機関はありますが、新しい研究組織を立ち上げる道や、研究者が大学と行き来できる雇用、所属を問わない設備の利用は乏しいままです。十分な受け皿がないまま機能が切り離されれば、それは移転ではなく、学問や教育の機能の喪失になりかねません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかも日本のアンバンドルは両端から進むおそれがあります。上位では少数の研究大学への集中が進み、下位では地方私立大学の撤退や統廃合が続くでしょう。大学が撤退した地域では、教員や医療人材の育成基盤も、地域の知の拠点も失われかねません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本の大学は、&lt;strong&gt;「設計されたアンバンドル」に向かうのか、それとも「崩壊としてのアンバンドル」に呑み込まれるのか&lt;/strong&gt;という分岐点にあります。崩壊を避けるには、解体が進む前に大学の外側を構想し、どの機能をどこへ移すかを合意しておく必要があります。その手がかりを、まず世界の大学の歴史に探ります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924103457.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;第iv部-世界の大学はバンドルとアンバンドルを繰り返してきた&quot;&gt;第IV部 世界の大学はバンドルとアンバンドルを繰り返してきた&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;どの機能がいつ、なぜ大学に組み込まれ、何が大学の外に置かれてきたのかを、各国の歴史でたどります。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;日本が大学の仕組みを取り入れてきた国々&quot;&gt;日本が大学の仕組みを取り入れてきた国々&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;近代日本は、単一の国を手本にしませんでした。明治初期は工学をイギリス（とくにスコットランド）、法学と教育行政をフランス、農学をアメリカ、医学をドイツから学び、1886年の帝国大学はそれらを統合してドイツの研究大学の理念と講座制を据えました。戦後は米国を手本に新制大学が始まり、1990年代末以降も米英の制度が続けて取り入れられました。&lt;/p&gt;























































&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;時期&lt;/th&gt;&lt;th&gt;日本における主な出来事&lt;/th&gt;&lt;th&gt;手本とした国&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1871〜1877年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;工学寮・工部大学校の設立&lt;/td&gt;&lt;td&gt;イギリス（スコットランド）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1872年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;学制の公布、司法省法学校の設立&lt;/td&gt;&lt;td&gt;フランス&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1876年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;札幌農学校の開校&lt;/td&gt;&lt;td&gt;アメリカ&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1886〜1893年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;帝国大学令、学位令、講座制の導入&lt;/td&gt;&lt;td&gt;ドイツ&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1949年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;新制大学の発足、大学院制度の再編&lt;/td&gt;&lt;td&gt;アメリカ&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1998〜1999年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;TLO法、日本版バイ・ドール制度の導入&lt;/td&gt;&lt;td&gt;アメリカ&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;2004年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;国立大学法人化&lt;/td&gt;&lt;td&gt;イギリス&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;2004年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;専門職大学院（法科大学院等）の創設&lt;/td&gt;&lt;td&gt;アメリカ&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;2022年〜&lt;/td&gt;&lt;td&gt;国際卓越研究大学制度、大学ファンド&lt;/td&gt;&lt;td&gt;アメリカ&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;以下では、中世・近世のヨーロッパを概観したうえで、各国が大学の内と外にどんな分業を築いたのかを見ていきます。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;中世の大学は専門職の養成と認証を担う組合として始まった&quot;&gt;中世の大学は専門職の養成と認証を担う組合として始まった&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;大学は12世紀前後の西欧で、ギルド（ウニヴェルシタス）として生まれました。ボローニャでは学生が、パリでは教師が組合を作りました。教養の学芸学部の上に神学、法学、医学の上級学部を置き、聖職者、法律家、医師を養成しました。修業と口頭試問を経た者に与えられる「教授免許」は資格証明を兼ね、13世紀にはソルボンヌ学寮やマートン・カレッジなど共同生活の学寮も生まれています。現代的な意味での研究はまだなく、中世の大学は、専門職の養成、資格の認証、共同生活による人格形成の束だったと言えます。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;近世の大学は国家と教派に仕え新しい科学は大学の外で育った&quot;&gt;近世の大学は国家と教派に仕え新しい科学は大学の外で育った&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;宗教改革と主権国家の形成を経て、大学は宗派ごとに分かれ、聖職者と官僚を育てる国家機関になりました。17世紀の近代科学は主に大学の外、1660年のロンドン王立協会や1666年のパリ王立科学アカデミーで育ちます。ラインハートが引くように、王立協会の創設メンバーで大学に本務をもつ人は4分の1に満たなかったとされます。例外として、ライデン大学は18世紀前半に臨床医学教育を確立し、その流れは日本の蘭学にも及びました。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;フランスは大学をいったん廃止し機能ごとに別の機関を作った&quot;&gt;フランスは大学をいったん廃止し機能ごとに別の機関を作った&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;フランス革命期の1793年、大学は旧体制の特権的なギルドとして廃止されました。代わりに理工科学校（エコール・ポリテクニーク）や高等師範学校など、国家が求める機能ごとの専門学校群（グランゼコール）が作られました。総合大学の法的な復活は1896年で、先端研究は1939年設立の国立科学研究センター（CNRS）が担いました。エリート養成、研究、国民の高等教育を別々の機関が担う三元体制です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;分けられた機関は孤立していたわけではなく、いまではCNRSの研究員と大学教員が同じラボで働く「混成研究単位（UMR）」が一般的です。一方、2010年代以降は統合に舵を切り、2020年には国際ランキングでの存在感を狙って、複数のグランゼコールや大学を統合したパリ・サクレー大学が発足しました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本がフランスから取り入れたのは、学制の全国一元的な学区制度と司法省法学校のフランス法教育でした。グランゼコール、研究センター、大衆大学という三元構造は取り入れませんでした。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;イギリスはカレッジと実学と試験機関を並べてきた&quot;&gt;イギリスはカレッジと実学と試験機関を並べてきた&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;イギリスは、成り立ちの異なる組織を並べてきました。オックスフォードやケンブリッジのカレッジ制は、共同生活と少人数のチュートリアルによる教育です。スコットランドには実学の伝統があり、グラスゴー大学のランキンの推挙で来日したヘンリー・ダイアーが、工部大学校の前身である工学寮のカリキュラムを設計しました。1858年にロンドン大学が始めた「&lt;a href=&quot;https://www.london.ac.uk/about/history&quot;&gt;学外学位&lt;/a&gt;」は、どこで学んだかを問わず試験の合格で学位を与え、教育と認証を切り離した先駆例です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1919年には、政府が財源を出し、配分は学者の委員会が決める&lt;a href=&quot;https://historyandpolicy.org/policy-papers/papers/university-fees-in-historical-perspective/&quot;&gt;大学補助金委員会（UGC）&lt;/a&gt;が設けられ、政府が学問の中身に介入しないための緩衝機関として約70年間機能しました。政策の知も、1920年設立のチャタムハウス（王立国際問題研究所）のように大学の外で育ちました。1992年にポリテクニクを大学に一本化した後は、研究評価（現在のREF）や授業料の導入が進みました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本がイギリスから取り入れたのは、工部大学校の工学教育、REFを模した研究評価、法人化の理念でした。カレッジ制の共同生活の基盤や、緩衝機関は取り入れませんでした。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;ドイツは研究大学を生み同時に研究を大学の外にも置いた&quot;&gt;ドイツは研究大学を生み同時に研究を大学の外にも置いた&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;1810年創立のベルリン大学は、フンボルトの構想に基づく「&lt;a href=&quot;https://germanhistorydocs.org/en/the-holy-roman-empire-1648-1815/wilhelm-von-humboldt-s-treatise-quot-on-the-internal-and-external-organization-of-the-higher-scientific-institutions-in-berlin-quot-1810&quot;&gt;研究と教育の統一&lt;/a&gt;」の理念から、ゼミナール、実験室、正教授が講座を統括する講座制、近代的な博士号を生み、世界に広めました。同時にドイツは、大学の外にも機関を重ねて育てました。高等技術学校は1899年に博士号を出せる工科大学となり、研究はカイザー・ヴィルヘルム協会（1911年）とその系譜のマックス・プランク協会、応用研究のフラウンホーファー協会（1949年）などに置かれ、1970年前後には職業専門教育の専門大学も整備されました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;フラウンホーファー協会では、&lt;a href=&quot;https://www.fraunhofer.de/en/about-fraunhofer/profile-structure/facts-and-figures/finances.html&quot;&gt;国や州の基盤的補助金は予算の約3分の1&lt;/a&gt;で、残りは受託研究費です。受託で得た資金に応じて基盤的補助金が増えるため、産業に役立つ研究を続ける動機が組織に組み込まれています。大学に実用化を求めるのではなく、外に産業連携専門の組織を設けた例です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ドイツの大学はほぼすべて州立で、学費も原則として無償です。財政は公的資金に頼っていますが、自治は、基本法（憲法）が保障する学問の自由と、研究者自身が審査と配分を担う&lt;a href=&quot;https://www.dfg.de/en/research-funding/proposal-funding-process/info-review/individual-grants/funding-decision&quot;&gt;ドイツ研究振興協会（DFG）&lt;/a&gt;のような自治的な組織によって支えられてきました。財源が公的でも、配分の判断を学術の側に置く仕組みがあれば自治を保てることを示す例です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本がドイツから取り入れたのは、研究大学の理念、講座制、ドイツ医学、博士の制度でした。大学の外の研究所群や、機関の種類の分化は取り入れませんでした。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;アメリカは英独の部品を接ぎ木してマルチバーシティを作った&quot;&gt;アメリカは英独の部品を接ぎ木してマルチバーシティを作った&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;米国の高等教育は、1636年創立のハーバード・カレッジのように、イギリスのカレッジを手本にした寄宿制の学寮から始まりました。主な目的は教会の聖職者を育てることでした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;19世紀には二つの要素が加えられます。一つは、1862年の&lt;a href=&quot;https://www.archives.gov/milestone-documents/morrill-act&quot;&gt;モリル法&lt;/a&gt;で連邦の公有地の売却益をもとに作られたランドグラント大学で、大学は地域の産業と公共に奉仕すべきだという考え方を根づかせました。もう一つは、1876年開校のジョンズ・ホプキンズ大学で、ドイツ型の研究と大学院教育を中心に置きました。米国の研究大学は、英国流の教養教育、ドイツ流の研究、アメリカ独自の地域奉仕を組み合わせたハイブリッドです。大学の外にも、カーネギー財団やロックフェラー財団、ベル研究所などの企業研究所、2年制のジュニア・カレッジ（現在のコミュニティ・カレッジ）、ブルッキングス研究所やランド研究所のような独立したシンクタンクが育ちました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;第二次世界大戦後、ブッシュ報告とNSF設立が連邦政府の研究支援を恒久化し、GI法が大学を大衆化しました。連邦資金には間接経費が上乗せされ、契約管理が大学本部に集まった結果、事務組織が巨大化しました。1963年、カーは多様な機能と利害関係者を抱える巨大大学を「&lt;a href=&quot;https://www.jstor.org/stable/j.ctt6wpqkr&quot;&gt;マルチバーシティ&lt;/a&gt;」と名づけ、同じ講義で、連邦資金に頼る研究大学を「連邦助成大学（federal grant university）」と呼んで、資金の出し手が大学の中身を方向づけることへの懸念も示しました。ブッシュの設計はピアレビューと複数の資金配分機関によって政府の介入を抑えようとしましたが、国家の資金が増えるほど、大学は国家への依存を深めていったわけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そのカーが1960年に主導した&lt;a href=&quot;https://www.ucop.edu/acadinit/mastplan/MasterPlan1960.pdf&quot;&gt;カリフォルニア州のマスタープラン&lt;/a&gt;は、研究と博士教育をカリフォルニア大学、学部教育と実務修士をカリフォルニア州立大学、広い門戸をコミュニティ・カレッジに分けました。一つの大学に機能を束ねる一方、州のシステムとしては機関の種類を分けていたわけです。巨額の基金で一定の財政的な独立性を持つのは一部の私立大学に限られ、学生の多くは州の予算と学費に頼る州立大学に通っています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本がアメリカから取り入れたのは、札幌農学校の理念、新制大学、課程博士制度、TLOと日本版バイ・ドール制度、法科大学院、大学ファンドなどです。取り入れなかったのは、三層の機能分化、民間財団と独立したシンクタンクの厚み、研究者が大学・企業・研究所を行き来する労働市場でした。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;研究は20世紀に巨額の設備を要する資本集約的な営みになった&quot;&gt;研究は20世紀に巨額の設備を要する資本集約的な営みになった&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;19世紀の研究に必要だったのは、主に図書館と小さな実験室で、大学や篤志家が賄える規模でした。変化が大きかったのは20世紀です。1930年代にアーネスト・ローレンスがカリフォルニア大学でサイクロトロンを大型化し、第二次世界大戦のマンハッタン計画を経ると、加速器、原子炉、研究用の計算機のように、一つの大学では持てない設備が研究の前提になりました。1961年に物理学者アルヴィン・ワインバーグは、こうした研究を「&lt;a href=&quot;https://indico.cern.ch/event/1521235/attachments/3032509/5354169/Weinberg_Big_Science_1961.pdf&quot;&gt;巨大科学（ビッグサイエンス）&lt;/a&gt;」と呼んでいます。米国は大学の連合が運営する国立研究所を、欧州は国際共同のCERNを作り、日本も高エネルギー物理学研究所（現在のKEK）やSPring-8のような共同利用の施設を整えました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この変化は、大学のバンドルと自治の両方に影響しました。高価な設備を持ち、それを維持する技術職員を雇い、安全管理を担えることが大きな組織の強みになり、大学を束ねる力として働きました。同時に、その費用を賄える国家や企業への依存も強まりました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;AIによって、研究に必要な資本はさらに増える可能性があります。最先端のAIモデルの開発には大学では持てない規模の計算資源が必要で、スタンフォード大学の「AI Index」は、注目されるAIモデルの大半が近年は企業から生まれていると報告しています。第II部で見た自律実験室や、大規模なデータの整備にも多額の投資が必要です。一方で、AIが計算や解析の一部を安くし、小さな研究室の力を底上げする面もあります。どちらに振れるかは、計算資源やデータを誰が持ち、誰に開くかという制度設計に左右されるでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;研究を完全にアンバンドルしたソ連と中国のアカデミー&quot;&gt;研究を完全にアンバンドルしたソ連と中国のアカデミー&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;対極にあるのが、研究を大学から制度的に切り離した体制です。ソ連は研究を科学アカデミーの研究所群に集め、大学を主に教育の機関としました。中国科学院（1949年）もこれを踏襲し、現代の中国は科学院体制を維持しながらトップ大学に資金を集中させてきました。&lt;a href=&quot;https://www.nistep.go.jp/archives/63771/&quot;&gt;科学技術指標2026&lt;/a&gt;では、中国は論文総数、Top 10%補正論文数、Top 1%補正論文数のすべてで世界1位です。日本はこの体制を手本にしませんでしたが、第VI部で国際競争力を考える際の比較対象になります。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;世界の歴史から見えてくる4つの視点&quot;&gt;世界の歴史から見えてくる4つの視点&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;世界の大学史からは、4つの視点が得られます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まず、バンドルとアンバンドルは振り子のように繰り返されてきました。中世の束から、科学革命での研究の外部化、フランスの分割、ドイツの再統合、米国のマルチバーシティへと揺れ、いまは欧州で再統合が、米国で先端機能の外部化が進んでいます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;次に、現代で大学を大きな束へまとめる最大の誘因は、機関の規模が評価されやすい国際大学ランキングです。大学間での国際的な規模拡大の競争に駆り立てている一因とも言えるでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらに、学術と産業が繁栄した国は、例外なく大学の外に厚い知のエコシステムを持っていました。フランスのグランゼコールとCNRS、イギリスの学外学位とUGC、ドイツの研究協会と専門大学、アメリカの財団、企業研究所、シンクタンク、コミュニティ・カレッジがその例です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;最後に、アンバンドルの議論は一時の流行ではなく、1858年の学外学位や1963年のマルチバーシティ論に連なる制度論の系譜の上に位置づけられます。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;第v部-日本の大学はアンバンドルされた状態から出発し政策でバンドルされてきた&quot;&gt;第V部 日本の大学はアンバンドルされた状態から出発し政策でバンドルされてきた&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;ここまで世界のバンドルとアンバンドルの歴史を見てきました。次に見るのは日本です。日本の高等教育は、担い手が分散した状態から出発し、政策によって機能が一つの機関へ束ねられてきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924103541.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;江戸の学びは藩校と私塾と蘭学に分かれていた&quot;&gt;江戸の学びは藩校と私塾と蘭学に分かれていた&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;武士の教育は藩校や昌平坂学問所が、実務や思想の教育は適塾や懐徳堂などの私塾が、西洋の知の導入は『解体新書』に象徴される在野の蘭学のネットワークが担いました。人格形成、専門技術の訓練、新しい学問の探索などが別々の担い手に委ねられていたこの分業は、大学の外の担い手を構想する際の歴史的な参照点になると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;明治初期の日本は各省が自前の学校を持つアンバンドルな状態だった&quot;&gt;明治初期の日本は各省が自前の学校を持つアンバンドルな状態だった&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;明治政府の各省は、必要な人材を育てるために自前の学校を作りました。工部省の工部大学校はスコットランドの工学教育、司法省法学校はフランス法、開拓使の札幌農学校は米国の農科大学、東京医学校はドイツの医学講座を手本としました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;各省が機能ごとの学校を直轄する姿はフランスのグランゼコールに近く、日本の近代高等教育はアンバンドルな状態から出発したと言えます。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;帝国大学は省庁の学校を束ねドイツ型の講座制を載せた&quot;&gt;帝国大学は省庁の学校を束ねドイツ型の講座制を載せた&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;これを束ね直したのが1886年の&lt;a href=&quot;https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1318050.htm&quot;&gt;帝国大学令&lt;/a&gt;です。東京大学と工部大学校などを統合し、目的を「国家ノ須要ニ応スル」学術技芸の教授と研究と定めました。法科・文科の卒業生は一時期、試験を免除されて官吏見習いに任用され、卒業証書が官僚への任用資格を兼ねました。1893年にはドイツ型の講座制が導入され、ドイツでは総合大学から外されていた工学も学部として取り込みました。官僚養成、国家資格、基礎研究、工学教育が一つの組織に束ねられたこの時点が、日本の大学の複合的なバンドルの出発点だと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;大学の自治もこの帝国大学の中で形作られました。1913〜14年の&lt;a href=&quot;https://law.kyoto-u.ac.jp/about/rekishi/&quot;&gt;沢柳事件&lt;/a&gt;を経て、教授の人事には教授会の同意を得るという慣行が生まれ、これが日本の大学自治の原型になります。ただしそれは、国家が設置し予算を出す大学の中で人事を守る自治であり、国家や政権以上に長く続き、一定の財政的な自律性を保つ諸外国の『大学』の自治とは異なるものでした。1933年の滝川事件では、文部省が京都帝国大学の教授を休職処分とし、その限界が示されています。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;大学令は私学を大学にし大学を企業の人材供給源にした&quot;&gt;大学令は私学を大学にし大学を企業の人材供給源にした&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;1918年の大学令は、公立・私立の大学を認め、慶應義塾や早稲田などが大学となりました。企業が大学卒業生を一括採用する慣行が定着し、大学は企業のホワイトカラーの供給源にもなります。それでも教養教育は旧制高校、教員養成は師範学校、職業教育は実業専門学校が担い、1917年には理化学研究所（理研）が大学の外に作られました。一方で大学の中に研究機関を置く附置研究所も始まり、外に置く動きと内に束ねる動きが並行していました。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;戦時の科学動員が大学に研究成果そのものを求めた&quot;&gt;戦時の科学動員が大学に研究成果そのものを求めた&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;1939年、現在の科研費の前身となる科学研究費交付金が作られ、附置研究所と理工系の定員が拡充されました。国家は大学に、人材だけでなく技術開発の成果そのものを求めるようになります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1943年の学徒出陣では文科系学生の徴兵猶予が停止される一方、理工系と教員養成系の学生は猶予されました。このとき刻まれた文系と理系への期待の非対称や理系文系の分け方は、現在までつながっているようにも見えます。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;1949年の新制大学は機関の種類を一つに収斂させた&quot;&gt;1949年の新制大学は機関の種類を一つに収斂させた&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;戦後の1949年、米国を手本に新制大学が発足し、旧制高校、師範学校、実業専門学校がすべて大学に吸収されました。一府県一国立大学の原則のもとで、教養教育、教員養成、実務教育、地域振興という、戦前は大学の外に分散していた機能が一つの組織に束ねられたわけです。フランスもドイツもアメリカも複数の種類の機関を保ち続けたなかで、日本だけが高等教育の形をほぼ4年制大学に収斂させました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;自治の面では、憲法第23条が学問の自由を保障し、1949年の教育公務員特例法が教授会に教員人事の権限を与えました。戦前の慣行が法に書き込まれた一方で、財源は国の予算に頼るままでした。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;高度成長期に大学の実質的な機能は選抜になった&quot;&gt;高度成長期に大学の実質的な機能は選抜になった&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;高度成長期には理工系の定員が拡大され、進学率は1960年の約1割から1970年代半ばには4割近くに達しました。企業は入社後にOJTで育てる前提から、大学での学びより、どの偏差値の大学に合格したかを採用の基準にし、大学の実質的な機能は入口での選抜のシグナルに絞られていきました。産業の応用研究は企業の中央研究所が担い、大学が経済成長を牽引することはあまり求められませんでした。このときに大学の外に作られた数少ない教育機関として、高専（1962年）と専修学校（1976年）があります。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;1990年代に日本は長期の研究と早い実用化を同時に大学に求め始めた&quot;&gt;1990年代に日本は長期の研究と早い実用化を同時に大学に求め始めた&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;1991年の大綱化で教養部が解体され、大学院重点化が進み、1995年の科学技術基本法で、基本計画による科学技術政策の展開が始まりました。ほぼ同時に、1998年のTLO法、1999年の日本版バイ・ドール制度、2001年の「大学発ベンチャー1000社計画」で、研究成果を早く産業化せよという要請も重ねられます。米国が時間をかけて定着させた産学連携の枠組みを、日本は基本計画による研究支援の拡充とほぼ同時に一挙に導入し、特許出願や大学発ベンチャーの数を大学の成果として数えるようになりました。この背景には、バブル崩壊後の企業の中央研究所の衰退があり、企業が担っていた長期開発の負担が大学に移されてきたと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;法人化以降大学は機能を足され続けている&quot;&gt;法人化以降大学は機能を足され続けている&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;2004年、国立大学は英国のNPM (New Public Management) を取り入れた国立大学法人に移行しましたが、運営費交付金は毎年ほぼ1%ずつ削減され、競争的資金で補う構造に変わりました。その後も、専門職大学院、教育基本法への「社会貢献」の明記（2006年）、国立大学の3類型の重点支援枠（2016年）、国際卓越研究大学と大学ファンド、地方創生、リスキリング、起業家育成、経済安全保障、修学支援新制度の要件対応と、機能は足され続けました。不要になった業務を廃止する引き算は、実質的に行われていません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;自治の形も変わりました。法人化で国立大学は法人格を得ましたが、中期目標は文部科学大臣が定め、交付金の削減と競争的資金への移行によって、国の関与はむしろ評価と資金を通じて強まりました。2014年の学校教育法改正では、教授会は学長が決定する際に意見を述べる機関と位置づけられ、2023年の国立大学法人法改正では、規模の大きな国立大学に学外者を含む運営方針会議が置かれることになりました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924103641.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;大学の外に生まれた学校と研究所は吸収されるか周縁に置かれてきた&quot;&gt;大学の外に生まれた学校と研究所は吸収されるか周縁に置かれてきた&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;大学の外に生まれた機関の多くは、大学に吸収されるか周縁に置かれてきました。工部大学校は帝国大学に、旧制高校や師範学校は新制大学に吸収されました。理研は戦前に「理研コンツェルン」として事業化に成功しましたが、戦後の財閥解体で産業の基盤を失いました。高専、放送大学、大学共同利用機関なども役割を果たしながら、4年制大学に代わる選択肢にはなりませんでした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;政策の知も、大学の外の独立した研究機関にはあまり育ちませんでした。日本では、大学の教員が個人として省庁の審議会や有識者会議の委員となる形が主な経路でした。企業系のシンクタンクや総合研究開発機構（NIRA、1974年）はありますが、米英のような独立した非営利のシンクタンクの厚みはありません。大学と産業界の距離も、「産学協同路線反対」が叫ばれた大学紛争期から、スタートアップ創出が注目される現在まで、政策によって両極端に揺れてきました。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;日本の大学の類型は生まれた時代ごとに分かれている&quot;&gt;日本の大学の類型は生まれた時代ごとに分かれている&lt;/h3&gt;





























&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;類型&lt;/th&gt;&lt;th&gt;主に形成された時代背景&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;研究大学（旧帝大等）&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1886年の帝国大学令と帝国大学網の整備&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;地方国立大学&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1949年の新制大学（一府県一国立大学の原則）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;大規模私立大学&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1918年の大学令と高度成長期の大衆化&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;中小私立大学&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1990年代以降の設置基準の大綱化と規制緩和による新設&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;公立大学&lt;/td&gt;&lt;td&gt;戦後の自治体による設置と、近年の私立大学の公立化&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;問題は、これらの類型が役割の違いではなく、論文数と入試偏差値という同じ物差しによる序列として固定されてきたことです。&lt;a href=&quot;https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05013101.htm&quot;&gt;2005年の中央教育審議会答申&lt;/a&gt;は大学の機能を7つに整理して各大学に選ばせようとし、2016年の3つの重点支援枠も役割を選ばせる試みでしたが、分化は進みませんでした。類型が序列として受け止められている限り、下位に見える機能を自ら選ぶ動機がない、というのが一つの理由でしょう。論文数や偏差値という少数の分かりやすくモノサシは、在り方の多様性を消してしまうとも言えます。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;多機能化の代償は評価の食い違いと選択肢のなさだった&quot;&gt;多機能化の代償は評価の食い違いと選択肢のなさだった&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;あらゆる役割を束ねてきた代償は主に2つにまとめられると思います。1つは、期待と評価の食い違いです。長期的な基礎研究を期待されながら、特許数や大学発スタートアップ数といった短期の成果でも評価され、時間軸もリスクも違う要請を同じ研究室と教員が一つの評価制度のもとで引き受けています。もう1つは、選択肢のなさです。機関の種類は4年制大学に、資金の出し手は国に、評価は論文と外部資金に、キャリアは大学教授への一本道に偏り、一度つまずくと逃げ場がありません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;研究力低下の主因として、長期的に研究できる余白の喪失がよく挙げられます。しかし私は、時間軸の短さは原因というより結果ではないかと考えています。講座制の身分保障は長期研究を育んだ一方で閉鎖性も生みましたし、米国でも研究費の大半は3〜5年周期の競争的資金です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;より深い要因は、性質の異なる期待を一つの評価枠組みに押し込め、しかも外に選択肢が乏しい、逃げ場のないバンドル構造にあるのではないか、というのが本稿の仮説です。&lt;/p&gt;





























&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;直面する課題&lt;/th&gt;&lt;th&gt;日本で深刻な打撃となる構造的要因&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;進学人口減と定員割れ&lt;/td&gt;&lt;td&gt;機関の種類が大学に一本化され、大学の撤退が地域の高等教育の喪失に直結する&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;院生・若手依存の研究体制&lt;/td&gt;&lt;td&gt;講座制が研究の基本単位で、専任チームの研究組織を新設することが難しい&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;教員の研究時間の減少&lt;/td&gt;&lt;td&gt;研究、実用化、経営、入試、学生指導が同じ教員に積み重なる&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;雇用流動化と学び直し&lt;/td&gt;&lt;td&gt;大学の機能が入試選抜に偏り、卒業時や社会人向けの能力証明が未成熟&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;財政制約とインフレ&lt;/td&gt;&lt;td&gt;資金源が国庫と家計に偏り、民間財団や寄付の層が薄い&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;h3 id=&quot;日本は大学を輸入したが大学の外側を輸入しなかった&quot;&gt;日本は大学を輸入したが大学の外側を輸入しなかった&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;日本の大学史を振り返ると、帝国大学や新制大学のように、機能を一つの組織へ束ねる力が一貫して強く働いてきました。大学の外に生まれた組織は吸収されるか周縁に追いやられ、機能は引き算のない足し算で膨らみ続けてきました。国家、企業、家計、地域と、大学に期待する主体が入れ替わるたびに、過去の期待が清算されないまま要求が積み重なってきた経緯もあります。さらに、日本が海外の制度を取り入れる時期は、本国でその限界が見え、見直しが始まる時期と重なる傾向も見られます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして同じような弱点として、&lt;strong&gt;日本は大学という制度を輸入しましたが、大学の外側を輸入しなかった&lt;/strong&gt; 、という面があります。第IV部の各国の節の末尾で見たように、日本が取り入れなかったものの多くは、フランスのグランゼコールとCNRS、イギリスの緩衝機関、ドイツの研究所群と専門大学、アメリカの財団、シンクタンク、コミュニティ・カレッジのように、大学と並んで大学の外側に置かれた機関や仕組みでした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本にも、理研、産総研、大学共同利用機関のような外側の機関はあります。しかしその多くは国が設けた少数の種類にとどまり、新組織の参入、リーダーへの予算・人事裁量の付与、期限後の人材と成果の継承、所属を問わない設備の共用、大学と外部の行き来は難しいままでした。日本が輸入しなかったのは、外側の多様さと開かれ方だったと言えます。そのため、本来は外に置かれるべき機能まで大学が抱え込んできました。担い手と資源が細り始めたいま、日本の大学が身動きのとれない大きな要因は、この外側の乏しさにあると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924103713.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;第vi部-次の80年に向けて大学の役割を仕分け大学の外側を構築する&quot;&gt;第VI部 次の80年に向けて大学の役割を仕分け大学の外側を構築する&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;ここからの提案は、大学をアンバンドルする、つまり&lt;strong&gt;大学に託す仕事と外の組織に委ねる仕事を仕分け、大学の外側に多様な受け皿を作ること&lt;/strong&gt;に集約されます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924103747.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;80年先の最終形は描けないからこそどの未来でも外れない選択をする&quot;&gt;80年先の最終形は描けないからこそどの未来でも外れない選択をする&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;本稿では冒頭に、明治維新から戦争までの80年、戦後の80年、そしてこれからの80年というスパンで見ていくことを話しました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;今後80年を見据えたとき、人口については確度の高い予測があります。&lt;a href=&quot;https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/001093650.pdf&quot;&gt;国立社会保障・人口問題研究所の推計&lt;/a&gt;では、日本の総人口は2070年に約8,700万人、2120年に約5,000万人になるという推計です。現在の半分以下の人口で、研究や大学を支えていく時代が、80年後には待っているということです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一方、AIが研究をどこまで自律的に進めるようになるかは予測しにくいままです。資金の面でも、科学技術関係予算は2000年度の約1.5倍になりましたが、論文の国際指標は好転していません。条件を揃えた比較ではないので増額が無効だとは言えませんが、額を増やすだけで解決するとも言い切れません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;こうした不確実さのもとでは、80年後の完成図を描くより、どの未来でも価値を失わない選択に力を注ぎ、不要な規制や所属要件を外して、小さく多様な実験を積み重ねるほうが賢明だと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;どの未来でも大学に残る4つのコア事業&quot;&gt;どの未来でも大学に残る4つのコア事業&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;どの未来でも大学に残る核は、次の4要素だと考えています。即効性を求めない長期の問いに向き合う&lt;strong&gt;探索&lt;/strong&gt;、主張や実験結果の確からしさを専門家共同体が吟味する&lt;strong&gt;検証&lt;/strong&gt;、知識、文献、標本、データを散逸から守り次代へ引き渡す&lt;strong&gt;継承&lt;/strong&gt;、そして先達や同世代との対話と共同生活を通じて、答えのない領域に自前の問いを立てる力を育てる&lt;strong&gt;問いを立てる人の育成&lt;/strong&gt;です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;第II部で見たように、AIが大量の仮説や論文草稿を出力する世界では、何が信頼に値する知見かを判定し保証する共同体の役割、とりわけ検証の責任が重くなると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924103813.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;大学に託す仕事と外の組織に託す仕事を分ける&quot;&gt;大学に託す仕事と外の組織に託す仕事を分ける&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;第V部で示した仮説に立てば、機能不全の根は、不確実な長期の探索と、納期と成果を求められる産業実装を、一つの組織と一つの評価枠組みで抱えてきたことにあります。そこで、仕様と納期に責任を負う技術開発や基盤ツールの構築は、FROのような外の組織に委ね、合意した成果物を納めたかで評価します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同じ仕分けは研究以外にも当てはまります。教育では入試難易度ではなく卒業時の能力証明を重んじ、地域貢献では教員や医療人材の養成を、自治体との間で期間、予算、達成基準を定めた委託契約として引き受ける、などです。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;仕事をその性質で仕分ける&quot;&gt;仕事をその性質で仕分ける&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;仕分けの基準の一つは、&lt;strong&gt;探索&lt;/strong&gt;と&lt;strong&gt;統合&lt;/strong&gt;の区別です。大学の強みは個々の研究者が一つの問いを何十年も追えることで、弱みは多分野の専門家を大人数集めて一つの工学的目標へ統率することです。個人の功績を誘因の基盤とするアカデミアでは大規模なエンジニアリング・チームを長く維持できない、とラインハートは指摘します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もう一つは、&lt;strong&gt;着想を得る研究&lt;/strong&gt;と&lt;strong&gt;成果を納める研究&lt;/strong&gt;の区別で、次の3つの問いで見分けられます。&lt;/p&gt;
&lt;ol&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;成果物の仕様と納期に厳格な責任を負う必要があるか&lt;/strong&gt; —— Yesなら、研究室とは別の体制と評価で担います。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;複数分野の専任の専門家を長期に統合する必要があるか&lt;/strong&gt; —— Yesなら、研究室の外の専任チームの仕事です。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;大学院生が研究の実務に参加することに、確かな教育的意義があるか&lt;/strong&gt; —— Yesなら、大学の研究室の仕事です。&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;
&lt;p&gt;ただし、評価や体制を分けることと、別の法人にすることは別の判断です。研究室の外に置く方法には、専任の職員と別の評価をもつ部門を学内に作る、大学共同利用機関や技術研究組合のように複数の機関で共同運営する、FROや独立研究所のように別の法人にする、の少なくとも三つがあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;研究データの基盤のように、大学院生が作り方を学ぶ意義と専任の技術者による保守の必要が併存し、問いの答えが衝突する仕事は、学内の部門か共同運営の組織に置き、大学院生はそこで研究に参加する形が考えられます。法人まで分けるのは、学内や共同運営では必要な裁量や雇用を確保できないときに限るのが妥当です。大学が全額を出資して経営を握る子会社では、給与体系や人事が大学の規則に準じやすく、法人を分けた意味が薄れる点にも注意が必要です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;教育でも、体系的な講義は大学間の単位互換やデジタル講義に集約し、キャンパスには少人数で問いを立て、原典を批判的に読んで議論するゼミナールを残せます。ここまでの仕分けは主に理工系を念頭に置いたもので、人文・社会科学については次の三つの節で考えます。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;人文社会科学を外に出すなら自立できる財源と統治を先に作る&quot;&gt;人文・社会科学を外に出すなら自立できる財源と統治を先に作る&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;人文・社会科学で外に出しうるのは、政策の分析や評価、社会調査のデータ基盤、史料の保存と公開、市民の学び、翻訳や出版といった、政府、自治体、企業、市民という外の需要がある仕事です。一方で、理論研究、批判的な研究、長期のフィールドワーク、古典語や古文書の読解のように、市場に任せれば消えてしまう仕事もあります。そこで、需要のある仕事は外に出して自立の基盤を整え、市場で成立しにくい仕事は大学に残して公共財として予算で守ることなどはできるかもしれません。外に出した組織が、需要のある仕事の収入で需要のない研究を支えるという、大学と同じ内部補助に頼らないためです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;外に出した組織の財源は、一つの出し手に頼らない四つの層で組み立てることを考えても良いでしょう。緩衝機関を通じた複数年の運営費や基金による&lt;strong&gt;基盤&lt;/strong&gt;、大学図書館や自治体などの会費による&lt;strong&gt;共同負担&lt;/strong&gt;、フルコストで価格を設定した受託や出版による&lt;strong&gt;事業&lt;/strong&gt;、資金源を公開し寄付者が結論に関与しない&lt;strong&gt;寄付&lt;/strong&gt;です。財政的な独立や自律とは、どこからも資金を受けないことではなく、どれか一つの出し手を失っても、その意向に逆らっても、活動を続けられることだからです。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;社会科学の政策知を審議会の外に開きシンクタンクとして切り出す&quot;&gt;社会科学の政策知を審議会の外に開きシンクタンクとして切り出す&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;第V部で見たように、日本では社会科学の知が政策に届く主な経路は、教員が個人として審議会の委員になることでした。分析の多くは事務局の省庁が用意し、分析を専門に担う組織には安定した財源も独立性もありませんでした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;外に切り出す仕事の一つ目は、政策の分析と評価です。英国は2011年、教育省の拠出で&lt;a href=&quot;https://educationendowmentfoundation.org.uk/about-us/how-we-work/founding-partners&quot;&gt;教育寄付財団（EEF）&lt;/a&gt;を作り、教育施策の効果を独立に検証させました。日本でも、一定規模以上の政策事業には予算の一部を独立した評価に充て、その発注を所管省庁ではなく緩衝機関に委ねることなどはできるかもしれません。評価される省庁が評価者を選ぶ利益相反をなくし、外の評価機関に安定した需要を生むためです。審議会は利害を調整し合意を作る場として残し、根拠となる分析は外の組織に任せる、といった分担も可能でしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;二つ目は社会調査のデータ基盤で、そのたびの科研費に頼ってきた長期調査を常設の基盤とし、データの提供はミシガン大学の&lt;a href=&quot;https://www.icpsr.umich.edu/sites/ICPSR/about/history/early-years&quot;&gt;ICPSR&lt;/a&gt;のように利用機関の会費で賄います。三つ目は独立したシンクタンクそのもので、公的資金を受ける条件として、財源の分散、資金源と分析手法の公開、委託者が結論に介入できない公表権の確保を求めます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一方、政策の需要に合わない理論研究や批判的な社会学は、大学に残して公共財として支えたほうがよいかもしれません。第II部で見たように、資金の出し手の圧力は研究課題の選び方を変えうるからです。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;人文学は大学に残る核の中心に置き直し外側の担い手とつなぐ&quot;&gt;人文学は大学に残る核の中心に置き直し外側の担い手とつなぐ&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;文献や史料を読み解き、言葉と概念の意味を確かめ、それを次の世代に手渡すという人文学の中心の仕事は、大学に残る4つの核、とくに検証と継承そのものです。古文書や古典語の読解のように身につけるのに長い年月がかかる技能は、大学が職を保障しなければ途絶えます。AIが大量の文章を生み出す時代には、文章の出所、文脈、意味を批判的に吟味する技能の重みはむしろ増すでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ただし、人文学の研究は内部補助の余りで支えられてきた面があり、収支を透明にすれば真っ先に削られかねません。大学の中の人文学は明示的な予算で支え、史料の整備、校訂、翻訳、長く読み継がれる著作を、専門家のピアレビューで評価する必要があります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そのうえで、人文学の活動の場と財源を大学の外に広げることはできます。江戸の私塾や蘭学がそうであったように、いまも図書館、文書館、博物館、出版社、学会、在野の研究者が人文知を支えています。地域の博物館や文書館に研究職を置くことや、英国の&lt;a href=&quot;https://www.openlibhums.org/media/press/OLH_Journals_Brochure.pdf#page=5&quot;&gt;オープン・ライブラリー・オブ・ヒューマニティーズ&lt;/a&gt;のように大学図書館の会費で学術誌を無料公開すること、遺贈などを受け入れる地域人文基金を置くことが考えられます。寄付から基金をつくり、その運用益で継続性を担保することなども可能なはずです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;大学は専門家を育て、職を保障し、質を判断する核であり続け、外の担い手は人文学の活動の場と財源を広げます。人文学自体を守ることと、人文学を大学の中で守ることは別の問題として捉える必要があるように思います。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;大学の外側の生態系を描く&quot;&gt;大学の外側の生態系を描く&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;ここまでに仕分けた仕事の受け皿として、次のような分業を描けます。&lt;/p&gt;

















































&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;担い手&lt;/th&gt;&lt;th&gt;主なミッション&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;研究大学&lt;/td&gt;&lt;td&gt;長期的な探索、検証、後進研究者の育成&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;地域の大学連合体&lt;/td&gt;&lt;td&gt;地域の人材養成、インフラと事務の共同保有&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;教育特化型大学&lt;/td&gt;&lt;td&gt;リベラルアーツ教育、社会人の学び直し&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;外部の専門研究組織&lt;/td&gt;&lt;td&gt;目標と期限を定めた技術開発・ツール構築&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;独立系政策シンクタンク&lt;/td&gt;&lt;td&gt;政策分析と評価、社会調査のデータ基盤&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;産業界主導の教育機関&lt;/td&gt;&lt;td&gt;実務技能の訓練と能力認証&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;人文知のアーカイブと市民の学び&lt;/td&gt;&lt;td&gt;史料の保存と公開、生涯にわたる教養教育&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;共用の研究基盤&lt;/td&gt;&lt;td&gt;大型設備、計算資源、データを所属を問わず提供&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;自律的な緩衝機関&lt;/td&gt;&lt;td&gt;政治的な干渉を排した研究資金の配分・評価&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;人材流動化の基盤制度&lt;/td&gt;&lt;td&gt;大学と外部組織を研究者が行き来できる雇用環境&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;短期的に作っていくとしたら、目標を定めて先端開発を進める外部の専門研究組織（FROなど）なのではないかと思います。とはいえ寄付文化が成熟していない日本では、産業界のコンソーシアムと政府資金がマッチングファンドで出資する日本版FROが現実的です。ただし、その財源を大学の基盤的経費を削って捻出するのは避けるべきでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;大学の類型ごとに異なるアンバンドルのあり方&quot;&gt;大学の類型ごとに異なるアンバンドルのあり方&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;とはいえ、一律のアンバンドルは適用できません。第V部で見た類型ごとに、選びうる方向の例を挙げます。&lt;/p&gt;
&lt;ol&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;研究大学&lt;/strong&gt;は、方向の定まった技術開発を日本版FROなどへ移し、探索、検証、若手の育成に集中します。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;地方国立大学&lt;/strong&gt;は、地域の人材養成を保ちつつ、施設、事務、基礎的な講義を近隣大学との大学連合体で共同保有します。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;大規模私立大学&lt;/strong&gt;は、大人数の講義をオンラインの共有基盤へ移し、少人数ゼミ、コーオプ教育、社会人の学び直しに資源を振り向けます。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;中小私立大学&lt;/strong&gt;は、連携や分野の転換を試みつつ、撤退する場合に在学生の学びを保証し、キャンパスを転用する道筋を描いておきます。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;公立大学&lt;/strong&gt;は、設置自治体との近さを生かし、地域の政策課題を分析する機能を持つ道を選べます。&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;
&lt;p&gt;これらは国が上から割り振る処方ではなく、各大学が自らの歴史と強みから方向を選ぶための選択肢の例です。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;国際競争力を順位ではなく世界の研究をつなぐ力で測り直す&quot;&gt;国際競争力を順位ではなく世界の研究をつなぐ力で測り直す&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;人口と研究開発投資の規模で大きな差があるなか、論文の量で米中と競うのは、日本にとって勝ち目の薄い消耗戦だと言わざるを得ません。そこで国際競争力を、論文ランキングの順位から、&lt;strong&gt;世界の知のネットワークをどれだけ深く、代わりのきかない形で結びつけているか（結節点の力）&lt;/strong&gt; へと測り直すことなどです。国際共著や研究人材の循環、SPring-8のような共用施設や長期の記録の国際利用といった指標です。この物差しで見ると、日本が培ってきた長い観測、コホート追跡、史料や標本の保管は、他国がまねしにくい強みに変わります。ただし、競争力の物差しと、市民を育て地域の知を受け継ぐ公共性の物差しは、別の評価軸として扱うべきです。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;アンバンドルは新しいジレンマを生む&quot;&gt;アンバンドルは新しいジレンマを生む&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;アンバンドルは矛盾を消すのではなく、&lt;strong&gt;組織の内部にあった矛盾を、組織と組織の間の調整の問題に置き換える&lt;/strong&gt;ものとも言えます。最大のジレンマは、長期の探索研究を大学に純化させると、産業界のニーズから離れ、支持基盤を失いかねないことです。このほかにも、次のようなジレンマがあります。&lt;/p&gt;






























&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;制度的ジレンマ&lt;/th&gt;&lt;th&gt;衝突する二つの価値&lt;/th&gt;&lt;th&gt;克服に向けた方向性&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;余白か説明責任か&lt;/td&gt;&lt;td&gt;余白を無条件に認めると怠惰になり、説明責任を厳しくしすぎると長期の賭けができない&lt;/td&gt;&lt;td&gt;余白は講座でなく個人に与え、節目の事後ピアレビューで評価する&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;開放か経済安全保障か&lt;/td&gt;&lt;td&gt;オープンな研究が技術流出防止の要求と衝突する&lt;/td&gt;&lt;td&gt;機微な研究は大学外の管理された機関に集め、大学は原則オープンな場として守る&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;グローバル化か母語の知か&lt;/td&gt;&lt;td&gt;すべて英語化すると、日本語の思索や市民向けの教育が痩せる&lt;/td&gt;&lt;td&gt;大学院と先端研究は二言語、学部の教養教育や社会人教育は日本語を基盤にする&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;構造改革か移行コストか&lt;/td&gt;&lt;td&gt;改革を急ぐと既得権、破綻、地方経済への打撃など摩擦が大きい&lt;/td&gt;&lt;td&gt;新しいルールは新規採用者から段階的に適用し、経過措置を用意する&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;内部補助の扱いも移行の条件になります。本稿は内部補助を明示的な公共財への直接予算に置き換えることを求めますが、その財源が確保されるまでは内部補助を解体しません。研究を大学から切り離しても成果が出るとは限らない、という懸念も当然です。ラインハート自身、プリンストン高等研究所などは創設初期を除けば期待ほどの成果を生み続けてはいないと評価しています。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;再びバンドル化が進むことを見越した再アンバンドルの設計&quot;&gt;再びバンドル化が進むことを見越した再アンバンドルの設計&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;歴史が示すように、いま機能を切り離せても、時間がたてば新たな要求がまとわりつき、再び束ねられていくことは確実でしょう。目指すべきは一度限りの完璧なアンバンドルではなく、&lt;strong&gt;バンドルが再び膨らんだときに切り分け直せる仕組みを、あらかじめ制度に組み込んでおくこと&lt;/strong&gt;だと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;新設機関には10〜15年程度のサンセット条項を課し、期限が来たら延長、解散、別組織への引き継ぎのどれにするかを評価して決めるなど、工夫はできます。データや史料の保存を担う機関は、恒久的な組織として別に置いたり、大学本体に新機能を課す政策には定期見直し条項を組み込み、新しい役割を求めるときは既存の義務のどれを廃止するかを同時に決める「1機能追加につき1機能返上」を原則にするなども対策として考えられます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;第II部で見たHAAも、学位を出さない身軽な学校として発表されながら、2028年からは伝統的な私立大学並みの授業料の2年制プログラムを始める計画です。評価が高まれば、修了証明や寮や研究機能を求められ、再バンドル化の道を歩む可能性は十分にあります。外側を作る側にも、自らを切り分け直せる設計が必要です。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;次の80年を三つの時期に分けて進める&quot;&gt;次の80年を三つの時期に分けて進める&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;次の80年を一気に設計することはできず、漸進的に進んでいくことになるでしょう。そのときどのように進めば良いのか、たとえば以下のような進み方があるのでは、と思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;第一期（2026年〜2040年）：整理と実験の時期&lt;/strong&gt;&lt;br&gt;
18歳人口の減少が最も急な時期に、規制や所属要件を緩めて実験していきます。優先課題は、日本版FROの創設、政策評価枠と地域人文基金の試行、中小私立大学の撤退・転用モデルの構築、共用計算資源とデータ基盤の整備です。成果だけでなく、総費用や、同じ額を学内の改革に投じた場合との比較も記録し、次の判断材料にします。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;第二期（2040年〜2070年）：再編と定着の時期&lt;/strong&gt;&lt;br&gt;
実験を検証し、成功したモデルを恒久化し、機能しなかった試みは撤退させます。独立研究組織、シンクタンク、実務専門の学校、人文知のアーカイブといった外の受け皿が、社会の中で厚みと信頼を得ている状態を目指します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;第三期（2070年〜2100年代初頭）：定常の時期&lt;/strong&gt;&lt;br&gt;
人口減少が落ち着くなかで大学と外部機関の分業が安定し、時限性や定期見直しが当たり前の手続きになっている状態を目指します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;三つの時期を通じて守る原則は、大学の規模や数より知の結節点としてのつながりを優先すること、機能を切り離す前に外の受け皿を整えること、長期の余白を組織ではなく人に与えること、定期的な再アンバンドルをあらかじめ組み込むことなどです。ただし現時点の一案であって、今後私の考えも変わる可能性は十分にあります。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;終章-アンバンドルを経て大学は初めて自律的な目的を持つ機関になる&quot;&gt;終章 アンバンドルを経て大学は初めて自律的な目的を持つ機関になる&lt;/h2&gt;
&lt;h3 id=&quot;大学の意味を位置づけ直す&quot;&gt;大学の意味を位置づけ直す&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;1886年の帝国大学令が大学の目的を「国家ノ須要ニ応スル」ことと定めて以来、日本の大学の目的は、国家の必要、企業の選抜、家計の上昇志向、地方創生やイノベーションの要請と、外から与えられ続けてきました。目的を外から与えられる組織の価値は、課された目標をどれだけ満たしたかで決まり、評価指標が増えるほど、大学の日常は探求から離れていきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;雑多な機能を外の専門機関が分担するようになれば、大学には&lt;strong&gt;自ら目的を選ぶ余白&lt;/strong&gt;が戻ってきます。その目的とは、暫定的ではありますが、&lt;strong&gt;問いを立てる人を育て、新しい知を探り、その知を批判的に確かめ、世代を超えて長く保全すること&lt;/strong&gt;だと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;教育の場としての大学は、18歳で一度だけ通過する場ではなく、人生の中で何度でも立ち戻れる知の港になっていくでしょう。組織としての大学は、独立研究組織、シンクタンク、自治体、図書館や博物館、市民の学びの場と連携する、&lt;strong&gt;外の多様な知の担い手をつなぐハブ&lt;/strong&gt;にもなります。慶應義塾の「独立自尊」や早稲田大学の「学問の独立」のように、国家の要請とは別の場所に学問の拠点を築こうとした私学の建学の精神は、日本の高等教育全体の道標になるのかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924103940.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/unbundling-the-university/20260924103907.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;本稿の主張は、&lt;strong&gt;大学をアンバンドルすることは、大学の外側を作ることだ&lt;/strong&gt;というものです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ブッシュ報告から80年、科学技術政策は、大学の基礎研究に資金を投じれば成果はいずれ社会に還元されるという前提で進められてきました。いま世界では、FROやARPA型組織、財団の資金、AIによる研究、新しい学校など、大学の外に選択肢が立ち上がっています。一方の日本は、担い手の先細り、進学人口の急減、財政の逼迫に直面しながら、外の受け皿が乏しいまま既存のバンドルが崩れかけています。各国の大学はどの時代にも大学の外側に知のエコシステムを並べてきましたが、日本は大学という制度だけを輸入し、外で担われるべき期待まで大学に抱え込ませてきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;次の80年に向けて取り組むべきは、大学に託す仕事と外の組織に委ねる仕事を仕分け、大学が独占してきた設備、資金、地位、組織構造を開いて外側を作り、再び膨らんだときに切り分け直せる仕組みを組み込むことです。大学の自治は、財源の分散、緩衝機関、役割の限定によって支え直します。そうすることで、日本の大学が自らの目的を追求できる条件が広がると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;次の80年は、いまキャンパスで学び、教壇や研究室で働く若い世代が人生の大半を過ごす時代です。そもそも大学は社会の中でどのような役割を果たしており、どの仕事を大学に残し、どの仕事を外に委ね、どんな外側の生態系を作っていくのかという制度設計を、大学の内側にいる人と外側の挑戦者たちとが対話しながら進めるきっかけに、本稿がなればと願っています。&lt;/p&gt;</content:encoded><dc:creator>馬田 隆明</dc:creator><category>オピニオン</category></item><item><title>カンパニークリエーションを12マスで整理する（創薬・ソフトウェア以外）</title><link>https://takaumada.com/blog/company-creation-12-categories/</link><guid isPermaLink="true">https://takaumada.com/blog/company-creation-12-categories/</guid><description>カンパニークリエーションについて、これまで記事を書いてきました。 以前の記事では、起業家とは異なる主体（投資家等）が会社の設立前から関与して立ち上げるカンパニークリエーションを、技術起点、需要起点、アウトカム起点、ミッション起点という四つの…</description><pubDate>Thu, 17 Sep 2026 06:55:00 GMT</pubDate><content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/company-creation-12-categories/20260917155344.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;カンパニークリエーションについて、これまで記事を書いてきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/company-creation-approach/&quot;&gt;以前の記事&lt;/a&gt;では、起業家とは異なる主体（投資家等）が会社の設立前から関与して立ち上げるカンパニークリエーションを、技術起点、需要起点、アウトカム起点、ミッション起点という四つの「起点」で分けました。その後に書いた「&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/company-creation-timeline/&quot;&gt;カンパニークリエーションを時間軸で考える&lt;/a&gt;」の末尾では、起点の分類と時間軸の整理を掛け合わせれば、検討中の案件がどこに位置し、何で勝負すべきかがいくらか明確になるのではないか、と整理していました。さらに最近は&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/12-innovation-time/&quot;&gt;「12のマスで考えるイノベーションの戦い方と時間軸」&lt;/a&gt;という記事を書きました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;こうしていくつかの記事積み上げながら、最後の12マスの記事のフレームワークを主に使いつつ、カンパニークリエーションの例をマッピングするとどうなるのか、というのをChatGPTなどと整理していました。今回の記事はその整理の結果をまとめたものです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;カンパニークリエーションは単一の手法ではなく、「誰がどの資源を拠出し、どう引き受けるか」が異なる複数の型の集まりだという観点で整理しています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/company-creation-12-categories/20260917155000.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;カンパニークリエーションを行う事業者投資家&quot;&gt;カンパニークリエーションを行う事業者（投資家）&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;まず、カンパニークリエーションを行っている代表的な組織を紹介します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;2020年以降のカンパニークリエーションやスピンオフを中心にChatGPTに調べてもらったところ、&lt;strong&gt;20組織・104件のクリエーション・事業化事例&lt;/strong&gt; がありました。明らかな間違いは修正しましたが、全件チェックしているわけではないので、傾向として捉えてください。なお、VCやPEに加えて、ベンチャービルダー、企業内スタジオ、大学・研究機関の事業化プログラムも含めています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なお、おそらく最もカンパニークリエーションの事例が多いのは創薬なのですが、今回対象からは創薬・医薬品・バイオ医療機器の事例を除いています。これらは事業化の進み方が異なるためです。また、ソフトウェアだけを扱うスタジオは対象外としました。そのため Sutter Hill などは含まれていません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その結果、以下の件数は、気候、素材、防衛、AI・IT基盤、宇宙、エネルギーなどが主なものとなっています。また非医療の農業バイオも含めています。創薬も手がける組織を丸ごと除くのではなく、個々の事例で分けています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;カンパニークリエーションの主導のスタイルによって大きく2つに分別しています。組織が探索テーマや内部案件を持ち、専任の人材と初期組成を運営して会社を作った場合を「組織主導」、組織と創業者が会社化前から構想・知財・チーム・初期運営の実行を分担した場合を「組織・創業者の共同主導」としています。実態はグラデーションがある部分かと思いますが、便宜的に2つに分けています。&lt;/p&gt;





















































































































































































&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;組織&lt;/th&gt;&lt;th&gt;主な創設機能・プログラム&lt;/th&gt;&lt;th&gt;掲載事例（抜粋）&lt;/th&gt;&lt;th&gt;組織主導&lt;/th&gt;&lt;th&gt;共同主導&lt;/th&gt;&lt;th&gt;掲載件数&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Eclipse&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Eclipse Venture Equity&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Mytra、Peak Energy&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;4&lt;/td&gt;&lt;td&gt;4&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;8VC&lt;/td&gt;&lt;td&gt;8VC Build Program&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Saronic&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Lux Capital&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Lux Labs（2024年公表。以前の案件は前身の創設機能）&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Thematic、Osmo&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;2&lt;/td&gt;&lt;td&gt;2&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Xora Innovation&lt;/td&gt;&lt;td&gt;会社創設担当チーム&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Amperesand&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Red Cell Partners&lt;/td&gt;&lt;td&gt;National Security Practice／Cyber Practice&lt;/td&gt;&lt;td&gt;DEFCON AI、Claros&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;7&lt;/td&gt;&lt;td&gt;7&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Flagship Pioneering&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Flagship Labs&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Terrana Biosciences&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Deep Science Ventures&lt;/td&gt;&lt;td&gt;本体の会社創設チーム&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Mission Zero Technologies、Parallel Carbon&lt;/td&gt;&lt;td&gt;19&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;19&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Technofounders&lt;/td&gt;&lt;td&gt;本体のベンチャービルディング&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Bliss Ecospray、ION-X&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;3&lt;/td&gt;&lt;td&gt;3&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Cambridge Future Tech&lt;/td&gt;&lt;td&gt;本体のベンチャービルディング&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Mimicrete、Literal Labs&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;10&lt;/td&gt;&lt;td&gt;10&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Marble&lt;/td&gt;&lt;td&gt;気候テックのベンチャースタジオ&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Aerleum、Vema Hydrogen&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;13&lt;/td&gt;&lt;td&gt;13&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Wavemaker Impact／100x100&lt;/td&gt;&lt;td&gt;気候テックのベンチャービルディング&lt;/td&gt;&lt;td&gt;WasteX、Rize&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1&lt;/td&gt;&lt;td&gt;13&lt;/td&gt;&lt;td&gt;14&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Vargas&lt;/td&gt;&lt;td&gt;本体の会社創設機能&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Stegra、Aira、Syre&lt;/td&gt;&lt;td&gt;4&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;4&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Actis&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Energy Infrastructure&lt;/td&gt;&lt;td&gt;BluPine Energy、Nozomi Energy&lt;/td&gt;&lt;td&gt;4&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;4&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;EnCap Investments&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Energy Transition&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Linea Energy、Bildmore&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1&lt;/td&gt;&lt;td&gt;2&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Prosemino&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Prosemino Venture Builder／Prosemino Labs&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Sention Technologies、Super6&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;2&lt;/td&gt;&lt;td&gt;2&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;MIT&lt;/td&gt;&lt;td&gt;MIT Proto Ventures&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Hyperion Transport Systems、Vertical Horizons&lt;/td&gt;&lt;td&gt;4&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;4&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;TandemLaunch&lt;/td&gt;&lt;td&gt;TandemLaunch Startup Foundry&lt;/td&gt;&lt;td&gt;LATYS、Waveshaper AI&lt;/td&gt;&lt;td&gt;6&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;6&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Atomic&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Co-found with Atomic&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Butter Payments、Exowatt&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;3&lt;/td&gt;&lt;td&gt;3&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;TNO&lt;/td&gt;&lt;td&gt;TNO Ventures／Tech Transfer Programme&lt;/td&gt;&lt;td&gt;LionVolt、TORWASH&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;3&lt;/td&gt;&lt;td&gt;3&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;Founders Fund&lt;/td&gt;&lt;td&gt;パートナー主導のインキュベーション&lt;/td&gt;&lt;td&gt;General Matter&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1&lt;/td&gt;&lt;td&gt;0&lt;/td&gt;&lt;td&gt;1&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;合計&lt;/td&gt;&lt;td&gt;20組織&lt;/td&gt;&lt;td&gt; &lt;/td&gt;&lt;td&gt;41&lt;/td&gt;&lt;td&gt;63&lt;/td&gt;&lt;td&gt;104&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;結果、組織主導41件、共同主導が63件となりました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;組織主導の内訳はDeep Science Ventures が19、TandemLaunch が6、Vargas が4、Actis が4、MIT Proto Ventures が4などです。いずれも創業候補者、経営者、Venture Builderといった人を組織の給与で先に雇い、案件を持たせてから会社にしています。共同主導の63件は、外にいる経営者や研究者と会社化前から実行を分担するのに近い形です。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;12マスで見たカンパニークリエーションの現在地&quot;&gt;12マスで見たカンパニークリエーションの現在地&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;以前の12マスの記事では、供給側で「次の状態への移行を最も強く妨げているもの」を四種類に分け、需要側で「取引可能な需要をどれだけ特定できているか」を三段階に分けました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これを表にしたのが以下です。&lt;/p&gt;



































&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;供給側の支配的リスク＼需要リスク&lt;/th&gt;&lt;th&gt;低い&lt;/th&gt;&lt;th&gt;中程度&lt;/th&gt;&lt;th&gt;高い&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;導入・運用リスク&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(1) ロールアウト競争&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(2) 案件組成型実装&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(3) 有償ユースケース探索&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;スケールアップリスク&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(4) キャパシティ競争&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(5) 段階的スケールアップ&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(6) 量産と用途の同時探索&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;エンジニアリングリスク&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(7) 目標仕様開発&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(8) ロードマップ先行開発&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(9) 製品と用途の同時探索&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;サイエンスリスク&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(10) ミッション型検証&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(11) オプション形成研究&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(12) フロンティア探索&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;この12マスの上に、104件のうち事業を停止した2社を除く102社の現在位置をAIに分類してもらうと次のようになりました。&lt;/p&gt;



































&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;供給側の支配的リスク＼需要リスク&lt;/th&gt;&lt;th&gt;低い&lt;/th&gt;&lt;th&gt;中程度&lt;/th&gt;&lt;th&gt;高い&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;導入・運用リスク&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(1) 1社&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(2) 26社&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(3) 0社&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;スケールアップリスク&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(4) 3社&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(5) 16社&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(6) 0社&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;エンジニアリングリスク&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(7) 4社&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(8) 42社&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(9) 5社&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;サイエンスリスク&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(10) 0社&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(11) 5社&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(12) 0社&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;この分布から読めることがいくつかあります。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;1-中程度の需要リスクの8に集中する&quot;&gt;(1) 中程度の需要リスクの(8)に集中する&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;102社のうち89社が需要リスクが中程度の列（中央の列）にあります。需要リスクの低い列（左の列）は8社、高い列（右の列）は5社です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;需要リスクが中程度の列の中でも、(8)ロードマップ先行開発だけで42社と、全体の4割を占めます。用途と顧客候補は見えていて、ベースとなる技術もある程度あり、その技術を顧客仕様に合わせて製品化する工程が残っている案件です。次に多いのは(2)案件組成型実装の26社で、技術は既存のもので、供給者・顧客・資金・契約の組み合わせを設計することが事業の中身になっています。サイエンス行の5社はすべて(11)にあり、(10)と(12)には案件がありません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ただし、104件の採用年は2022〜2025年が84件で、停止2件と再編1件を除けば、大半はまだ起業したばかりです。つまりこの分布は、&lt;strong&gt;各組織が反復して着手できた数&lt;/strong&gt;を示しているのであって、リターンが出た位置を示してはいません。分布は「うまくいくマス」ではなく「始めやすいマス」を教えていると考えてください。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;2-需要リスクが低い列と高い列は担い手が偏る&quot;&gt;(2) 需要リスクが低い列と高い列は担い手が偏る&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;需要リスクの低い列の8社は、Eclipseの3社（Mytra、Peak Energy、Gambit）、8VC Build（Saronic）、Red Cell（DEFCON AI、Claros）、Vargas（Aira）、MIT Proto Ventures（American Fusion Instruments）です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;AiraとAmerican Fusion Instrumentsを除く6社は、米国のVCが「経営者＋市場仮説」の方式で共同設立した会社で、防衛、AIデータセンターの電源、定置蓄電、物流ロボットの領域にあります。需要が具体化している領域に、実績ある経営者を先に組み合わせる方式です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;需要リスクの高い列の5社はすべて(9)で、Deep Science VenturesのDunia、MarbleのAtmoCooling、TandemLaunchの3社（Waveshaper AI、Recho AI、Wisemotion）です。TandemLaunchは大学技術を先に選定してから創業チームを編成する方式で、技術を製品化しながら採用用途を探す案件が需要リスクの高い列に来ています。(3)(6)(12)には案件がありません。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;3-各組織の案件は一つか二つのマスに固まる&quot;&gt;(3) 各組織の案件は一つか二つのマスに固まる&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;Actisの4社とEnCapの2社はすべて(2)、Wavemaker Impactの14社は11社が(2)、Cambridge Future Techの10社は9社が(8)、Deep Science Venturesの19社は13社が(8)です。TandemLaunchの6社は(8)と(9)に3社ずつ、Flagshipの1社は(11)にあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;Vargasの4社は(1)、(2)、(5)に分かれていますが、いずれも需要契約や産業パートナーを先に組んでから会社を作る方式は共通です。Marbleは(8)を中心に(2)、(5)、(9)、(11)まで広がっており、人から入る組織では案件のマスが分散します。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;停止と再編のケース&quot;&gt;停止と再編のケース&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;調査表が確認した事業停止は2件です。Red CellのEyrisは2024年12月に閉鎖され、MarbleのCenteonは公式サイトで活動停止と表示されています。どちらも要因は公表されておらず、技術の失敗か需要の不成立かは判定できません。この2社は上の分布から除いています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;大幅な再編は1件で、(5)にあります。Stegraは2026年6月に14億ユーロの追加資金調達を完了し、建設工程の見直しを公表しています。停止や倒産ではありませんが、需要の見通しがあっても初号の大型設備の費用と工程のリスクは残る、という後述の点に対応します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;需要リスクが中程度の列への集中と、組織ごとのマスの固まりは、マスごとに設立前に残る仕事が違い、その仕事を反復して担える組織が限られていることの表れだと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;列需要リスクが設立前に残る仕事を決める&quot;&gt;列：需要リスクが設立前に残る仕事を決める&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;需要リスクの列は、設立前に何が「未確定な要素」として残っているかを表しています。人材と資本はどの列でも必要になります。そのうえで投資家が創業を主導する合理性が生まれるのは、購入の約束、設備、知財、顧客接点、あるいは案件組成の能力といった、起業家が通常の出資や提携では揃えにくい資源を運営主体が提供できる場合です。そうした資源を活用して設立前に必要な仕事の費用や期間を大幅に削減できるからこそ、投資家主導の形が成り立ちます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;各列の違いを整理すると、次のようになります。&lt;/p&gt;

































&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;列&lt;/th&gt;&lt;th&gt;設立前に残る仕事&lt;/th&gt;&lt;th&gt;投資家主導が有利になる条件&lt;/th&gt;&lt;th&gt;列を実際に動かす主体&lt;/th&gt;&lt;th&gt;調査表の例&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;需要リスクが低い列（左）&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;需要条件の実効性を確かめ、その条件で供給するための技術・人材・設備・資金を揃える。迅速な立ち上げ速度が問われる&lt;/td&gt;&lt;td&gt;購入の約束、製造を担う経営陣、設備、開発期間を支える資金など、起業家単独では確保に時間がかかる資源を運営主体が提供できる場合&lt;/td&gt;&lt;td&gt;買い手（オフテイク契約や産業パートナーとしての参画）&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Vargas（&lt;a href=&quot;https://hmgroup.com/news/hmgroup-and-vargas-holding-launch-syre/&quot;&gt;Syre&lt;/a&gt;はH&amp;amp;Mとの7年間・総額6億米ドルのオフテイク契約、&lt;a href=&quot;https://www.prnewswire.co.uk/news-releases/vargas-launches-aira--a-new-clean-energy-tech-company-to-serve-5-million-homes-301852836.html&quot;&gt;Aira&lt;/a&gt;は既存技術のヒートポンプを月額・直販・保守一体で提供）、&lt;a href=&quot;https://eclipse.capital/blog/introducing-eclipse-venture-equity/&quot;&gt;Eclipse&lt;/a&gt;・8VC・Red Cellの「経営者＋市場仮説」（Peak Energy、Saronic、DEFCON AI）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;需要リスクが中程度の列（中央）&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;未確定事項を、顧客検証で学べること（要求性能・導入負担・便益）と、他者の判断や合意が必要なこと（予算承認・許認可・融資・購入契約）に分け、後者の判断主体と合意順序を組成する&lt;/td&gt;&lt;td&gt;案件の組成に必要な専門性、信用、関係者への接点を運営主体が持ち、複数の判断を同時に動かせる場合。顧客検証が中心なら創業チームに委ね、運営主体は資金と接点の提供に徹する&lt;/td&gt;&lt;td&gt;需要側の判断主体と政策。公共調達、差額支援（値差支援）、大企業のオフテイクなどによって、支払主体・予算・期間・仕様が具体化すれば「低い」側へ動く&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Deep Science Ventures（19社中13社が(8)）、Wavemaker Impact（14社中11社が(2)。Rizeは4者が構想しCEOを選任）、&lt;a href=&quot;https://www.act.is/content-hub/new-case-studies/sprng-energy/&quot;&gt;Actis&lt;/a&gt;・&lt;a href=&quot;https://www.encapinvestments.com/news/triple-oak-power-llc-forms-majority-investment-backing-encap-investments-lp&quot;&gt;EnCap&lt;/a&gt;（経営者を先に確保し、資産・契約・資金を組成）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;需要リスクが高い列（右）&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;用途・顧客・支払う理由の組み合わせを探索する。仮説を変更できる裁量と、探索費用の負担者をあらかじめ設計する&lt;/td&gt;&lt;td&gt;実験設備、知財、データ、顧客接点などを共通資源として複数の案件に使える場合。少人数・低コストの実験で済む案件では、投資家の承認を頻繁に求める体制はかえって負担になる&lt;/td&gt;&lt;td&gt;探索チーム自身（(12)から(11)へは需要の仮説を絞る仕事、(10)から(7)へは科学を成立させる仕事で、どちらも公的研究費と大学の側にある）&lt;/td&gt;&lt;td&gt;&lt;a href=&quot;https://www.flagshippioneering.com/process&quot;&gt;Flagship&lt;/a&gt;（探索費を組織で負担し、否定された仮説の費用を成立した会社の持分で回収。Terranaは約4年の非公開開発を経て公開）、TandemLaunch（(9)の5社中3社。技術と人の組み合わせを先に固める）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;需要が固まったからといって、大規模な設備投資が一括で正当化されるわけではありません。実環境での性能や量産歩留まりが未確認であれば、その検証結果を見極めながら次の投資を段階的に判断していく工程が欠かせません。以前の記事でも触れたNorthvoltは、巨額のオフテイク契約を持ちながらも技術開発と量産の実行リスクを同時に抱え込んだことで行き詰まりました。また前節で触れたStegraも、確実な需要契約を持ちながら(5)にとどまり、初号プラントの工程と資金計画の組み直しを迫られています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;需要リスクの低い列や(5)で、実際に列を動かしている主役は買い手（需要家）です。SyreではH&amp;amp;Mが長期契約によって需要を引き受け、Mission Zero TechnologiesにはAnglo Americanが共同創業者として参画し、ArctialにはRio Tintoや三菱商事が産業パートナーとして加わっています。米国のVCが「経営者＋市場仮説」のモデルでこの列に案件を成立させているのも、防衛調達やデータセンター向け電源のように、市場仮説が制度や確固たる需要で裏づけられた領域に限られます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;政策によってつくられた需要も同様で、以前の記事で「ミッション起点」と呼んだものがこれに当たります。その会社の製品に対して「誰が、どのような条件で支払うのか」が決まって初めて列のマスが動きます。支払主体の変更や予算終了によって列が右（需要リスクが高い側）へと逆戻りすることもあるため、設立前の段階で契約の拘束力や期間を慎重に見極める仕事が残ります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;(10)と(12)には、今回調べた20組織の中にも事例が1件もありませんでした。サイエンス行の三つのマスは、科学が最大の制約である点では同じで、異なるのは需要側の見通しです。「需要は明確だが科学が未確立」という(10)は、創薬の領域に多いという印象ですが、それ以外の領域だと政府のミッション型研究や大企業の研究開発が担う領域です。科学が成立すれば(7)へ動きます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;需要も科学も未確定の(12)は基礎研究の領域で、投資家が扱えるようになるのは、用途と顧客候補の仮説が絞られて(11)に来るか、科学が成立して(9)に来てからです。投資家主導がサイエンス行で扱っているのは、科学は未確立でも需要の仮説があり、複数の仮説を並行して試すオプションを組める(11)に集中しています。(3)に事例がなく(9)も5件にとどまるのは、共有できる知財やプラットフォームなどの共通資源がない限り、投資家が主導する合理性が立ちにくいためだと考えられます。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;行供給リスクが運営主体の能力を決める&quot;&gt;行：供給リスクが運営主体の能力を決める&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;列が設立前の仕事の性格を決めるのに対し、行は、運営主体が何を検証し、どんな組織能力を反復して提供できる必要があるかを決めます。どのマスでも会社化の時点で共通に確かめること（会社として進める合理性、資源の利用権、チーム、次の検証資金、判断と中止の権限）は表から外し、行に固有の条件だけを挙げます。例のうちVersant、Third Rock、The Production Boardは創薬中心のため調査表の対象外ですが、クリエーション機能の例として挙げています。&lt;/p&gt;








































&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;出発点の行&lt;/th&gt;&lt;th&gt;設立前に運営主体が揃えるもの&lt;/th&gt;&lt;th&gt;行に固有の創業条件&lt;/th&gt;&lt;th&gt;会社化の時点で残る主なリスク&lt;/th&gt;&lt;th&gt;必要な創設機能と採っている例&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;サイエンス行&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;仮説を否定できる実験、再現性の確認、用途・事業化経路の検討&lt;/td&gt;&lt;td&gt;会社として研究を続ける合理性と、次の実験群の設計&lt;/td&gt;&lt;td&gt;効果量と再現性の拡張、需要側の絞り込み&lt;/td&gt;&lt;td&gt;自前の研究・実験施設（Versant）、暫定経営（&lt;a href=&quot;https://www.thirdrockventures.com/approach&quot;&gt;Third Rock&lt;/a&gt;）、恒久資本の持株会社（The Production Board）、仮説の反復工程（Flagship）、社内研究・検証予算（Marble）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;エンジニアリング行&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;用途候補、顧客の要求仕様と価格、試作品。並行して事業責任者の選定&lt;/td&gt;&lt;td&gt;知財の利用条件、狙う用途、技術と事業の責任者&lt;/td&gt;&lt;td&gt;実環境での統合・認証、顧客との擦り合わせ&lt;/td&gt;&lt;td&gt;大学技術の選定と創業チームの編成（TandemLaunch）、研究機関内の事業・資金計画と外部経営者・ライセンス・持分の調整（TNO）、役割分担した創業チーム（Cambridge Future Tech）、自社ラボの提供（Prosemino Labs）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;スケールアップ行&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;供給技術、原価と製造方法の技術経済分析、経営・製造チーム、購入条件の交渉&lt;/td&gt;&lt;td&gt;顧客の具体的な約束、供給の実現性、設備資金の見通し&lt;/td&gt;&lt;td&gt;歩留まりと単位コスト、初号機の実行&lt;/td&gt;&lt;td&gt;需要契約と産業コンソーシアムの組成（Vargas）、経営者と市場仮説の組み合わせ（Eclipse）、工場資金の組成&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;導入・運用行&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;最初の導入先、販売・施工・保守の体制、初期案件の取得と入札、資金契約&lt;/td&gt;&lt;td&gt;顧客の経済メリットと自社が利益を得る運用の見通し、実行可能な資金契約&lt;/td&gt;&lt;td&gt;現場ごとの差の学習、運用の反復、数量と時期の変動&lt;/td&gt;&lt;td&gt;実績ある経営者の採用と案件組成（Actis、EnCap）、金融・流通と組み合わせた導入設計（Wavemaker Impact）、直販・施工・保守の一体運営（Aira）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;行ごとに探索の期間や費用の性質が変わります。同じ運営主体が複数の行を扱うことは可能ですが、行ごとに別のクリエーション機能が必要となってくるため、各組織の案件が一つか二つのマスに固まっているのは、こうした背景があると考えられます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;行を跨ぐときに見落としやすいのは、運営主体の探索期間の外にある時間です。Amperesandは&lt;a href=&quot;https://www.ntu.edu.sg/innovates/news-events/news/detail/built-to-scale--from-lab-breakthrough-to-global-power-player&quot;&gt;NTUの説明&lt;/a&gt;では2016年に研究が始まり、試作と検証を経て2023年にスピンアウトしています。Xoraが関与した時点でサイエンスリスクはクリアしていたので、Xoraの案件としてはエンジニアリング行の出発点ですが、そこに至る7年の研究開発は大学側で先行しています。エンジニアリング行の案件を評価するときは、この前段の時間や費用を誰が負担したかを確かめる必要があります。（創薬はサイエンスから導入・運用までの流れが見えやすく、早い傾向にあります。ただし需要や価格の源泉は保険料や社会保障費なので、需要リスクがないとも言い切れません。）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;行と列は、必要な資本の種類も決めます。(8)を担っているDeep Science Ventures、Cambridge Future Tech、Marble、TandemLaunchは、探索費を組織全体で負担して短期で会社にする型です。制度上の目安は、TandemLaunchが12〜18か月、Marbleが12か月、Proseminoが12〜24か月、TNOの会社化準備が6か月です。(2)と(5)を担うVargas、Actis、EnCapは、PEやインフラ資本で過半数の持分を持ち、案件ごとに資産・契約・借入を組む型で、資本の規模も回収の形も違います。(11)は、Terranaの約4年、Amperesandの前段の7年のように、期間が違います。10年で償還する通常のVCファンドで無理なくできるのは、このうち(8)型となります。つまり、案件の性質ではなく資本の制約が取り組める領域を決めていることになります。その制約を外して考えるためには、政府系との連携などが必要になってくるかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;探索の入口はマスとは別に扱う&quot;&gt;探索の入口はマスとは別に扱う&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;案件のマスとは別の「探索の入口」を考えたとき、入口には大きく3種類があります。&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;人から入る&lt;/strong&gt;：特定領域の専門性と実行力を持つ候補者を先に確保し、本人に合う課題と顧客を探す。&lt;a href=&quot;https://marble.studio/how-it-works&quot;&gt;Marble&lt;/a&gt;の募集はチーム・知財・具体的なアイデアを必須とせず、専門性と会社を率いる潜在力を重視しています。EIRもこれに近い仕組みだと言えるでしょう。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;課題から入る&lt;/strong&gt;：達成したい成果と支払主体の仮説を先に置き、解決手段と人を探す。Deep Science VenturesやMIT Proto Venturesがこの例です。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;資産から入る&lt;/strong&gt;：既に動作する科学技術、既存の顧客、施工・運営能力、あるいは資金のような資源を先に確保し、それを生かせる案件を探す。TandemLaunchやTNO、Vargasがこの入口です。&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/company-creation-12-categories/20260917154812.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;General Matterは、&lt;a href=&quot;https://www.world-nuclear-news.org/articles/us-uranium-enrichment-startup-emerges-from-stealth&quot;&gt;World Nuclear Newsの報道&lt;/a&gt;（2025年4月）によれば、Founders Fundのパートナーが米国のウラン濃縮企業を投資先として探したものの見つからず、自ら創業した案件です。約1年間、Founders Fund内でインキュベートされました。入口は人ですが、調査表では濃縮技術と設備の開発が残る段階として(8)に置いており、政府との契約条件が確認できれば需要リスクの低い列へ動きます。この形は組織として反復する仕組みではなく、パートナー個人の判断で起きた個別案件です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;人から入る入口は、候補者を継続して確保できる経路と、候補者に提供できる資源と裁量を持つ組織にしか使えません。経路が弱い組織は課題か資産から入り、創業候補者に提示できる事業条件（マスの位置と、設立前に済ませた仕事）を具体化してから人を迎えることになります。その分の検証と調整は運営側が引き受けるため、共通チームの能力と費用も含めて入口を選びます。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;起業家の側から見ると&quot;&gt;起業家の側から見ると&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;同じ枠組みは、起業家側から見ると、投資家主導の案件に参加するかどうかの判断材料になります。たとえば以下のような項目を聞いてみると良いでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;運営主体が提供する資源（顧客の約束、知財、設備、資金、経営人材）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;自分が担当する仕事（行が示す検証と、列が示す需要側の仕事）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;設立時の持分&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;仮説変更・採用・追加予算・中止の権限をどちらが持つか&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;列と行の整理は、「自分が担当する仕事」を教えてくれます。需要リスクの低い列なら供給の実行、中程度の列なら顧客検証と合意の組成、高い列なら用途と顧客の探索が主な仕事です。行は引き受けるリスクの種類を示し、サイエンス行なら実験結果、エンジニアリング行なら統合と認証、スケールアップ行なら歩留まりと原価、導入・運用行なら現場の反復です。自分の経験がその仕事に合っているかが、参加を決める第一の条件になります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;持分と裁量については、投資家側の設立前の貢献が大きいほど設立時の持分が大きくなり、それが優れた起業家を惹きつける力を弱めるという緊張関係にあります。Flagshipのように投資家側が過半を持つ構造から、Marbleのように最初の投資家にとどまる構造まで幅があり、設立前にどこまで仕事を済ませるかと、設立時に起業家へどれだけ渡すかも見ておくと良いでしょう。ただし持分の大きさと日々の裁量は別なので、権限の配分まで確かめて判断することをお勧めします。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;日本で始める側から見ると&quot;&gt;日本で始める側から見ると&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;同じ枠組みを、これからカンパニークリエーションを始めようとする側、つまりVC、企業、大学・研究機関、政府系機関に当てると、それぞれが持っているものと欠けているものが違うことが見えてきます。表にすると次のようになります。例は調査表と本文で触れた組織に限っています。&lt;/p&gt;













































&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;主体&lt;/th&gt;&lt;th&gt;持っているもの&lt;/th&gt;&lt;th&gt;欠けているもの&lt;/th&gt;&lt;th&gt;向くマス&lt;/th&gt;&lt;th&gt;向く入口&lt;/th&gt;&lt;th&gt;対応する先行例&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;VC&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;資本、経営人材の網、判断と中止の規律&lt;/td&gt;&lt;td&gt;実験設備、前段の研究費、需要側の接点、設立前の人件費&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(4) (7) (8)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;人（経営者＋市場仮説）&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Eclipse、8VC、Red Cell&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;企業&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;需要（自社の購買）、設備、雇用、案件組成の信用&lt;/td&gt;&lt;td&gt;仮説変更・中止の権限を現場に渡す仕組み、持分を外に出す慣行&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(1) (2) (5)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;資産、課題&lt;/td&gt;&lt;td&gt;H&amp;amp;M（Syre）、Anglo American（Mission Zero）、Rio Tinto・三菱商事（Arctial）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;大学・研究機関&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;技術、前段の研究費と期間、実験設備&lt;/td&gt;&lt;td&gt;事業責任者、用途の選定、知財条件を早く決める仕組み&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(8) (11)&lt;/td&gt;&lt;td&gt;資産（技術）&lt;/td&gt;&lt;td&gt;TandemLaunch、TNO、MIT Proto Ventures、Cambridge Future Tech&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;strong&gt;政府系機関&lt;/strong&gt;&lt;/td&gt;&lt;td&gt;前段の研究費、調達、初号設備向けの融資・保証、政府系投資会社の資本&lt;/td&gt;&lt;td&gt;案件の選別と中止の判断、経営人材&lt;/td&gt;&lt;td&gt;(10)から(7)、(12)から(11)や(9)への移動、列の移動、(5)の初号設備&lt;/td&gt;&lt;td&gt;入口を持たない&lt;/td&gt;&lt;td&gt;Tesi（Arctial）、Temasek・GenZero（Rize）、DOE契約（General Matter）、税額控除金融（Bildmore）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;VCについては前節で述べたとおりで、通常のファンドで反復できるのは(8)型です。(2)や(5)をやりたければ商社やインフラ資本と組む必要があり、(11)をやりたければ前段の研究費を持つ主体と組む必要があります。VCが単独で持ち込めるのは、資本と経営人材の網と、判断と中止の規律となります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;企業がもっとも力を発揮できる役割は最初の買い手です。列を動かしているのは需要側の主体だと前に述べましたが、出資者として参加するより、オフテイクを出す、初号案件の実証設備を貸す、自社の購買を最初の導入先にするほうが、この枠組みでは案件のマスを動かす力が大きくなります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一方で企業の弱点は権限です。需要も設備も人もあるのに、企業内スタジオがこの記事で言う共同主導に届かず社内新規事業にとどまるとすれば、仮説変更、追加予算、中止の判断を現場に渡せていないからです。企業が持つ需要と設備をカンパニークリエーションに使うなら、権限と持分の設計だけを外部に委ねる、という分担が考えられます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;大学・研究機関が持っているのは、技術と、前段の研究費と期間です。Amperesandの7年はNTUが負担し、TNOは内部プロジェクトで事業・資金計画を作ってから会社化しています。欠けているのは事業責任者と用途の選定で、TandemLaunchやCambridge Future Techはそこを組織として担っています。投資家主導のカンパニークリエーションはサイエンス行では(11)からしか始まらないので、大学が用意すべきなのは、そこまで研究を進める前段と、知財条件を早く決める仕組みと、外から来る事業責任者を受け入れることなどでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;政府系機関が持っているのは、前段の研究費、需要、初号設備の資金、政府系投資会社の資本です。(10)や(12)の研究のTRLを上げて上の行に移す仕事は投資家主導のカンパニークリエーションに含まれず、公的な研究費が担うことになるでしょう。公共調達や値差支援は列（需要）を動かすための政策ですが、実際の資源としてカウントできるようになるのは契約の拘束力と期間が確かめられてからで、General Matterの政府契約がその例です。政府系銀行の融資や保証が生きるのは、需要契約と技術検証が揃った後の(5)です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;逆に政府系機関が持っていないのは、案件を選別して中止する判断と経営人材です。なお、助成金は需要のように見えるので、補助を受けた案件を需要リスクが中程度の列と誤判定しやすくなります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そしてそれぞれが持っていないものは、他の人が持っている、ということです。であれば、日本に足りないのは資本でも需要でも技術でもなく、それらを一つの案件として組み上げるオーガナイザー／プロデューサー／アレンジャーではないか、という仮説が言えそうです。Vargasが電力、水素、顧客、資本、経営陣を一つの事業としてくみ上げたり、Wavemaker Impactが農家、金融、買い手を一つの事業にしているのは、まさにこうした組成の仕事であり、こうし取り組みをどのように行うのかが問われているとも言えるかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/company-creation-12-categories/20260917154858.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;カンパニークリエーションとインダストリークリエーション&quot;&gt;カンパニークリエーションとインダストリークリエーション&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;ここまでの整理は、一つの運営主体が一つの案件をどう会社にするか、という単位で書いてきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかし一方で、カンパニークリエーションを反復できる条件は、前段の研究費、共通資源、バリューチェーンの相手方という、会社の外側にあるものが揃っていること、という暗黙の前提があります。日本でカンパニークリエーションを構想するなら、運営主体の設計と同時に、この外側を誰が担うかを設計しないと、結局立ち上がらないのでは、とも思っています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;たとえば、&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/industry-creation-with-regions/&quot;&gt;「スタートアップと地域との『インダストリー・クリエーション』」&lt;/a&gt;で書いたように、太陽光パネルのハイグロース・スタートアップの候補を作れたところで、その部材、装置、施工、保守を担う周りの企業群が律速となればその成長も止まります。これらの会社も作っていかなければ、ハイグロース・スタートアップのような大きな企業も生まれづらいでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この意味で、カンパニークリエーションと呼ばれるものには2つの型があるのだろうと思います。一つは、大きな需要と大きなリスクを取りに行く、急成長するスタートアップをつくる型です。そしてもう一つは、産業全体を見たときに欠けている周辺企業です。周辺企業は急成長を前提にしませんが、アンカー企業が育つための条件として必要になってくるものです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ここまで範囲を広げて考えると、カンパニークリエーションは、会社を一社ずつ作る活動というより、複数の運営主体の分業、共通資源の持ち方、供給者と需要家と資金の同時組成を含めた、産業の創設（インダストリークリエーション）に近い問いとなってきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;12マスの分布で見ると、この2つは別のマスを担当しています。VC型の資本で(8)や(11)を反復している組織は前者に、PEやインフラ資本で(2)や(5)を案件ごとに組成している組織は後者に近い活動をしていると読めます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして日本は米国や中国等とは違い、新しい需要に機敏に反応して生まれてくるスタートアップの数がそう多くないので、こうした周辺事業も同時に作るか、それともスタートアップ自身がかなりバリューチェーンを伸ばして自社事業とするか、なども考慮する必要があるかもしれません。一方で、EUなどに比べると製造業が残っているので、大企業や中小企業の連携でなんとかなる可能性もあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;このあたりの産業の側からの整理や思考については、別の記事で扱いたいと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/company-creation-12-categories/20260917154918.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;カンパニークリエーションは、供給リスクの種類と需要リスクの段階が作る12のマスで案件の状態を表し、設立前に残る仕事を誰が担えるかで主導方式を選ぶ活動、として整理してきました。表の中の列は需要側に残る仕事の性格、行は運営主体が反復して提供すべき検証とクリエーション機能をそれぞれ整理して、どういった機能が必要かを教えてくれるものではないかと思います。そして人と資本はどのマスでも必要で、人から入るか、課題から入るか、資産から入るかは、これらの12マスとは別の選択となっています。&lt;/p&gt;</content:encoded><dc:creator>馬田 隆明</dc:creator><category>カンパニークリエーション</category></item><item><title>25年刻みで整理する、戦後日本と2020年代の問い</title><link>https://takaumada.com/blog/japan-postwar-25-years/</link><guid isPermaLink="true">https://takaumada.com/blog/japan-postwar-25-years/</guid><description>2020年代も後半にさしかかり、私たちは今、何を問うべきなのか、最近よく考えています。 その問いの1つが最近よく記事として書いている『思想』です。思想の方向性は事業の土台となり、今後の事業やスタートアップの在り方に大きく影響すると考えている…</description><pubDate>Mon, 14 Sep 2026 15:40:46 GMT</pubDate><content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/japan-postwar-25-years/20260915004019.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;2020年代も後半にさしかかり、私たちは今、何を問うべきなのか、最近よく考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その問いの1つが最近よく記事として書いている『思想』です。思想の方向性は事業の土台となり、今後の事業やスタートアップの在り方に大きく影響すると考えているからです（これについては&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/why-business-thought/&quot;&gt;別記事&lt;/a&gt;参照）。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;思想を、&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;認識の地図&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;評価の基準のものさし&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;実践の指針としての進路&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;の三つで捉える整理をしたとき（&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/technological-republic-acceptance/&quot;&gt;Mullinsのイデオロギーの定義&lt;/a&gt;を参考にしています）、1番目に挙げた「認識の地図」の構成要素には「過去・現在・未来の認識」が含まれると言われています。つまり、これからの思想を考える上では、未来を考えるのと同時に、これまでの歴史を捉え直す作業も欠かせません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして最近、戦後を振り返る書籍が多く発刊されつつあり、そうした歴史の見取り図を引こうという作業が方々で行われているように思います。そんな中で、専門家ではない自分が歴史を大まかに見るのは少し気が引けるところもありますが、資本や事業にかかわる今後の思想を考えていく上で、ここ数十年の歴史について、ビジネスに役立つ形でざっくりとした見取り図を描く作業もあってもよいのでは、と思うようになりました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこで一つの試みとして、ここでは&lt;strong&gt;戦後を1945–1970年、1970–1995年、1995–2020年、2020–2045年と25年ずつに区切り、四半世紀ごとの変化を整理してみたい&lt;/strong&gt;と思います。そうすることで、これからの2020–2045年の輪郭が見えやすくなるのではないか、というのがその背景の意図です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これから詳しく話していきますが、それぞれの時代が直面した課題や、そこから生じた問い、そしてその主な引き受け手を振り返ると、大まかには次のような流れをたどってきたように思われます。&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;1945年の終戦後には、どのような国家や社会をつくり直すかという問いを、国家と企業が中心となって引き受けました。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;1970年ごろからは、豊かになった社会でどのような暮らしを築くかという問いを、家族や地域、組合などの身近な集団が引き受けました。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;1995年以降は、所属する組織による保障が揺らぐなかで、自分はどう生き、働き、支え合うかという問いを、主に個人が引き受けるようになりました。同時に、個人が自ら事業や活動を立ち上げ、組織をつくる自由も広がっていきました。ただし、雇用や資本配分を決める力は個人ではなく、企業と国境を越える資本の側に集まっていきました。&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;そして2020年代以降は、感染症や安全保障、脱炭素、そして人口減少など、「&lt;strong&gt;個人や個別の組織では引き受けきれない規模の問い&lt;/strong&gt;」が、改めて前面に出てきていると感じています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そうした問いに向き合うには、集団としての意思と力が必要です。しかし、後述するように、この数十年をかけて、問いの引き受け手は徐々に個人へと移行してきたように思います。そこから再び一気に国家のような集団へ権力をまとめようとすると強い反発を生みかねませんし、また安易に権力の集中を進めれば、国家を中心とした全体主義的な統制に傾く危険も否定できません。特に昨今はテクノロジーの進展により、過去に比べて国家等の強権を持つ主体による統制がしやすくなっているという面もあり、そのリスクは増しています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして一方で、国境を越えて影響力を持つ民間プラットフォーム企業が台頭するなかでは、国家に権能を集めたところで解決できるとは限らないという面もあります。そうした意味でも、過去に戻ることとは異なる形で、今からの在り方を考えていかなけらばならないのだろう、と感じています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その意味で、個人の自由を保ちながら、大きな問いを共同で引き受ける仕組みをどう形成していくかが、いま私たちが直面している課題なのではないかと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/japan-postwar-25-years/20260915003532.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;25年単位で補助線を引いて比較する問いと引き受け方&quot;&gt;25年単位で補助線を引いて比較する問いと引き受け方&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;ここからは、終戦の年である1945年を起点として、四半世紀（25年）ごとの補助線を引きながら時代を振り返っていきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;25年という区切りはあくまで一つの補助線にすぎませんが、この単位を選んだのにはいくつかの理由があります。&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;100年という時間を思想の視点から捉え直す際、10年単位では細かすぎ、50年では大まかすぎるため、20〜25年程度の間隔で眺めたほうが現在への見通しを立てやすいこと&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;大阪万博が開催された「1970年」という象徴的な節目があること（以前の「思想と資本」シリーズでも1970年を一つの区切りとして扱いました）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が起きた「1995年」という大きな転換点があること（辻田真佐憲氏も1990年代を区切りとし、とりわけ&lt;a href=&quot;https://youtu.be/Y5e5wcvKiUE?si=rlF75cDBAArLvYhl&amp;amp;t=916&quot;&gt;1995年&lt;/a&gt;ではないかと論じられています）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;新型コロナウイルス（COVID-19）の感染拡大が始まった「2020年」という明確な断絶があること&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;次の「2045年」がちょうど戦後100年の節目にあたること&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;もちろん、石油危機など他の出来事を契機として区切ることも可能ですが、全体の構造を把握しやすくするためにこの四半世紀区分を採用しています。その上で、各期間における「本稿で注目する問い」と「その主な引き受け手」を整理すると、次のような対応関係になります。&lt;/p&gt;






























&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;時期&lt;/th&gt;&lt;th&gt;本稿で注目する問い&lt;/th&gt;&lt;th&gt;主な引き受け手&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1945–1970年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;戦後の日本を、どのような国や社会につくり直すか&lt;/td&gt;&lt;td&gt;国家・企業&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1970–1995年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;豊かになった社会で、どのような暮らしを築くか&lt;/td&gt;&lt;td&gt;家族・地域・組合&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1995–2020年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;自分はどう生き、働き、支え合っていくか&lt;/td&gt;&lt;td&gt;個人&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;2020–2045年（推測）&lt;/td&gt;&lt;td&gt;個人の自由を保ちながら、誰と何を、どう共同で引き受けるか&lt;/td&gt;&lt;td&gt;問い直される「私たち」（連携する共同の主体）&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;ここからは三つの道筋で時代を見ていきたいと思います。まず国内を1945年から現在まで進み、次に1945年から1870年まで遡って戦後の長さを相対化し、最後に1870年から世界の側で現在まで時間を進めます。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;国家と企業が再建と成長を担った19451970年&quot;&gt;国家と企業が再建と成長を担った1945–1970年&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;1945年8月に日本は終戦を迎えました。終戦直後の日本が直面した課題は、生活や産業の復旧にとどまらず、国家の制度そのものを組み直すことでした。連合国軍による占領のもとで日本国憲法の制定や民法改正が進み、統治の仕組みや家族に関わる諸制度が大きく刷新されます。「&lt;strong&gt;これからの国や社会をどうつくり直していくか&lt;/strong&gt;」という課題が、切実な問いとして人々の目の前にありました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;政府は占領当局と折衝しながら制度を整え、企業は生産と雇用の回復を急ぎ、さらに朝鮮戦争による特需などを契機として、日本は安全保障の多くを米国に委ねつつ経済発展に資源を集中させ、企業も急速な成長を遂げていきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その成長の過程では、労働組合や社会運動が活発化し、権利の確立や成果の公平な分配を求める強い動きも見られました。しかし、社会を動かす力の実質的な中心にあったのは、やはり国家と企業だったと考えられます。両者は政策や方針をすり合わせながら、その実行に必要な資金や組織を動かす主役として機能していました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;特に企業は、人々が働いて所得を得る場であると同時に、豊かな生活に必要な物資を供給する中心的な担い手でもありました。&lt;a href=&quot;https://www.archives.go.jp/learning/archive_collection_8/&quot;&gt;高度経済成長期には家電製品や自動車が急速に普及&lt;/a&gt;し、日々の生活様式も一変したほか、生産や雇用の拡大を牽引する企業の活動を通じて、国全体の経済成長が一人ひとりの働き方や家庭の暮らしと直接に結びついていた時代だったと言えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あわせて、生活を支える社会保障の網も広がっていきました。&lt;a href=&quot;https://www.mhlw.go.jp/stf/web_magazine/closeup/24.html&quot;&gt;1961年には国民皆保険・皆年金が実現&lt;/a&gt;し、雇用者だけでなく自営業者や農業従事者も含めて、公的な医療保険や年金に加入する体制が整います。病気や老後のリスクに備える仕組みを国が設計し、国民が保険料を拠出して支え合う構造は、生活を安定させる強固な柱となりました。企業からの勤労所得と公的な社会保障制度が両輪となることで、家族の生活を支える基盤が確立されたのがこの時代です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/japan-postwar-25-years/20260915003556.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;とはいえ、そうした成長と分配の恩恵から取り残された人々も少なくありませんでした。深刻な公害に苦しむ地域が生じ、安定した正規雇用の枠外に置かれた層も存在していました。家庭内では、家事や育児・介護といったケア労働の多くを女性が無償で担い、外での経済活動への参加が制約されていました。また、1972年まで米国の施政権下におかれていた沖縄のように、この時期の「私たち」の枠組みから構造的に外側に置かれていた地域や人々もいました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;このうち家庭内の性別分業は、この時期には解決すべき問題としてより、企業が男性の長時間労働を前提に成長し、その男性を家庭が支えるという成長モデルの前提として扱われていたように思います。負担は課されていながら、それが負担として数え上げられず、国家と企業が引き受けた「国や社会をどうつくり直すか」という問いの外側に置かれていたのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;所得が向上し物質的な豊かさが実現した一方で、公害問題やケア負担の偏りといった歪みが蓄積していったのが、この最初の四半世紀でした。そのため社会の関心は次第に、「手にした豊かさをどのような暮らしに結実させるか」という、家族や地域といった身近な集団における問いへと移っていくことになります。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;暮らしの要求と選択が広がった19701995年&quot;&gt;暮らしの要求と選択が広がった1970–1995年&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;1970年ごろからの四半世紀では、企業の雇用と国の社会保障に支えられた暮らしを前提としながら、人々が何を求め、生活の質をどう高めようとするのか、その力点が大きく変化していきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;人々の豊かさに対する意識に顕著な変化が現れたのもこの時期です。&lt;a href=&quot;https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/10/dl/02-3-1.pdf&quot;&gt;厚生労働白書が引く内閣府の世論調査&lt;/a&gt;を振り返ると、1970年代に入って「物質的な豊かさ」を重んじる回答と「心の豊かさやゆとり」を重視する回答が拮抗し始め、70年代後半には後者が前者を上回るようになります。生活の質的な充実を求める動きの背景には、何を豊かさと見なすかという価値観自体の転換があったと考えられます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして、この時代に暮らしの基本単位となったのが「家族」でした。住まいの選択や家計の使途、子どもの教育や老後の生活設計に向き合う中心は家族でした。家族はその中で誰が働き、誰が育児や介護を担うかを配分・調整しながら、望ましい暮らしを具体化しようとしました。生活上の多様な選択やケアの責任といった問いを日常的に引き受けていたのは、まさにこの家族という単位であり、特に1960年代に急増した核家族だったと言えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかし、公害による健康被害や生活環境の悪化、賃金や労働時間、食品の安全性といった問題は、個別の家族の努力だけで解決できるものではありません。こうした共通の生活課題に対しては、住民組織や地域コミュニティ、労働組合、生活協同組合などの多様な中間集団が結成され、行政や企業に対して環境改善や制度拡充を求めていきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;単独の個人ではなく、まず家族という親密圏があり、さらにその家族と国家との間を媒介する中間的な集団が活発に機能していたのが、この時代の特徴でした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/japan-postwar-25-years/20260915003634.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もっとも、こうした家族や集団は人々を守るセーフティネットとなった一方で、その内部の役割分担には前の時代とは別の問題が現れました。前の四半世紀に成長モデルの前提として定着した、男性の終身雇用と女性の無償のケア労働という世帯モデルが、今度は家族が暮らしの問いを引き受けるときの初期条件になったのです。住まいや教育、老いた親の介護といった問いを家族が引き受けるほど、その負担は家庭内の女性に集中しました。しかも、何を選び誰が担うかを決める力は世帯内で対等ではなく、負担を担う側が決定に関与しにくいという構造が、家族という単位の内側に再現されていたと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同時にこの時期には、この役割分担そのものが争点になります。女性の社会進出や男女平等を求める運動が広がり、雇用の平等が制度の課題になる一方で、専業主婦世帯を前提とした税や年金の仕組みも整えられていきました。家族は問いを引き受ける主体であると同時に、その内部の配分が問い直される場でもあったのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;また、地域コミュニティの同調圧力やわずらわしさに息苦しさを感じる個人も少なくありませんでしたし、企業の正社員雇用や標準的な家族の枠組みから外れた人々に対する包摂の不十分さも依然として大きな課題でした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;こうした抑圧や不平等を解消しようとする社会運動や制度改革の試行錯誤を経て、問いを引き受ける単位は、徐々に集団から個人へとシフトしていくことになります。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;個人の選択と負担が問われた19952020年&quot;&gt;個人の選択と負担が問われた1995–2020年&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;1990年代に入り、バブル経済の崩壊を経てグローバリゼーションとリベラリズムが浸透するなかで、さまざまな課題や問いを引き受ける単位は、組織や集団から個人へと本格的に移行していきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;個人の自律的な選択と自己責任を重んじる潮流は、当時の政策方針にも明確に示されています。1999年の経済企画庁による&lt;a href=&quot;https://www5.cao.go.jp/99/e/19990705e-keishin-pamph.html&quot;&gt;「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」&lt;/a&gt;では、個人の自由と自己責任を行動原理の基本に据え、多様な職業選択や挑戦を後押しする環境整備が提唱されました。一人ひとりが自らの意思で進路を切り拓くことが促され、その自由な選択を支えるための制度的基盤が模索されていたと言えるでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同時に、個人が主体となって活動を起こすための道具や環境も大きく広がりました。インターネットの普及によって個人が世界に向けて直接発信し、志を同じくする協力者や顧客を見つけ、大組織に属さずとも事業を立ち上げることが可能になりました。また非営利の領域においても、1995年の阪神・淡路大震災における広範なボランティア活動の高まりを契機として、1998年に特定非営利活動促進法（NPO法）が制定・施行され、市民が自発的に社会課題の解決に取り組む新たな回路が開かれました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この四半世紀において個人は、家族や地域、企業といった既存の共同体の拘束から解放され、生活や雇用の選択を自ら引き受けることを求められる存在になりました。その反面、新しい仕事や支え合いの仕組みを自律的に生み出していく主体としての自由を獲得したとも言えます。自ら問いを立て、仲間を募り、必要に応じて自前の組織を立ち上げるという引き受け方です。従来の固定的な役割に馴染めなかった人々にとっても、自らの可能性を切り拓くための技術や制度的基盤が整っていきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この時代の後半、とりわけ2010年代に活発化したスタートアップや起業、あるいはSNS等で目立つ個人インフルエンサーといった現象も、個人を起点として問いを引き受けるための代表的な装置として機能したと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ただし、問いの引き受け手が個人へ移ったにも関わらず、力の所在が個人へ移ったかというと、そうではない面も多くありました。この四半世紀に雇用の形や資本の配分を実際に決めていたのは、個人ではなく企業と、国境を越える資本でした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1999年の労働者派遣法改正で派遣の対象業務は原則自由化され、2004年には製造業への派遣も解禁されます。&lt;a href=&quot;https://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.html&quot;&gt;非正規雇用の比率は1990年の約2割から2019年には4割近く&lt;/a&gt;に達し、雇用の変動リスクは個人の側へと移されました。同じ時期に企業の内部留保は積み上がり、2015年のコーポレートガバナンス・コード以降は、労働者ではなく、株主への還元が重視されるようになります。個人の自己責任という規範は、資本と労働の移動可能性を高めるために要請された規範でもあったように思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一方で、日本企業そのものは、1945–1970年に担っていた引き受け手の役割から降りていきました。バブルの後始末等を行いながら、並行して電機や半導体で国際的な地位を失い、終身雇用と企業内福祉を縮小するなかで、企業は雇用と生活保障を引き受け、その対価として社会的な正統性を持つ存在ではなくなっていきます。その空白を埋めたのが、海外の投資家や格付け機関といった国境を越える資本と、個人自身でした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;個人のエンパワーメントを支えた道具もまた、多くは海外のプラットフォームでした。個人が世界に発信できたのはGoogleやFacebookの上であり、スタートアップはベンチャーキャピタルの資本の上で、個人の商売もプラットフォームが用意した市場の上で成り立つようになっていきます。個人の自由の基盤を供給していたのは国境を越える企業であり、その基盤の利用条件を決めていたのも彼らでした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そしてそうしたプラットフォームを持つ起業家やVCという個人が力を持つようになり、富と名声、そして権力を集めていくことになります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;総じて2020年までの四半世紀は、日本企業が長期雇用等による実質的な社会保障の担い手だったところから退き、個人のエンパワーメントが大きく前進した時代でした。しかしその一方で、構造的な格差やセーフティネットの不備が「自己責任」の名のもとに個人の努力不足へと転嫁され、個人間の過酷な競争が起こり、自己責任や能力主義の規範を個々人が内面化していった時代でもあったと言えます。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;供給と調整の課題が重なる2020年代&quot;&gt;供給と調整の課題が重なる2020年代&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;2020年代を迎えると、社会が直面する課題や問いの質が大きく変容してきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;2020年に始まった新型コロナウイルスの世界的な流行では、医療サービスの供給能力そのものと、逼迫する資源をいかに配分するかという調整能力の双方が厳しく試されました。また、2010年代後半から先鋭化してきた米中の地政学的対立は、個々の企業の努力で対処できる範囲をはるかに超えた国家規模での対応を迫っています。さらに2022年のロシアによるウクライナ侵攻を契機として、エネルギーや食料、半導体をはじめとする重要物資のサプライチェーン確保が、国家の安全保障に直結する死活問題として再認識されるようになりました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;加えて脱炭素社会への移行には、社会インフラ全体の抜本的な再構築と、数十年におよぶ巨額の長期投資が必要になります。しかもその需要側はグローバル市場であり、国内の判断だけで完結しません。国内に目を向けても、急激な人口減少と少子高齢化が進むなかで、様々な構造的課題に直面しています。たとえば医療や介護の担い手をいかに維持するのか、社会のインフラや居住地域をどのように計画的に縮退・再編させていくのか、そしてその過程で生じる過重な負担を誰がどのように分担するのか、といった課題です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もちろん、感染症の脅威や戦争、地球環境の危機、あるいは人口動態やインフラの老朽化といった問題は、2020年を境に突如として生じたわけではありません。しかし、これらの難題が複合的に重なり合うなかで、「個人の自由な活動を支えているはずの供給基盤や社会制度、そして秩序そのものを、一体誰が維持し、支え続けるのか」という問いが、改めて社会の前面に浮上してきたと捉えられます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;歴史に厳密な25年周期が存在するわけではありませんが、こうして四半世紀の歩みとして振り返ってみると、いま私たちが立っているのは、まさに問いの次元そのものが根本から転換しつつある過渡期なのではないかと感じられます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そしてここまでの内容だけを見て事業を考えると、「国家と同一化した事業構築やスタートアップをしていくことが、今後儲けるための近道では」と思われるかもしれません。そうした結論に飛びつく前に、もう少し引いて歴史を見てみたいと思います。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;戦後を相対化するために1945年から1870年へ遡る&quot;&gt;戦後を相対化するために1945年から1870年へ遡る&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;ここまで1945年から2020年代までの歩みを、問いの引き受け手が国家や企業から家族や地域へ、そして個人へと移っていく過程として見てきました。この節では一度視点を切り替え、1945年から25年ずつ時計の針を巻き戻して1870年まで遡ってみたいと思います。目的は、戦後の75年という時間を、その手前にある同じ長さの75年と並べることで相対化することです。遡る際にも、その時代の問いを誰が引き受けていたのかという、同じ視点を使います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まず起点となる1945年時点では、生産、資金、労働力、言論のすべてが国家総動員法（1938年）のもとで戦争遂行に組み込まれていました。問いを引き受けていたのは国家であり、国民は動員される担い手として、負担だけを引き受けていた状態です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その一つ手前にあたる1920–1945年は、国民が引き受け手の側に加わりかけた直後に、引き受け手が再び国家へと固定されていった四半世紀でした。&lt;a href=&quot;https://www.ndl.go.jp/modern/cha3/description13.html&quot;&gt;1925年の男子普通選挙法&lt;/a&gt;によって納税要件が撤廃され、有権者の数は約4倍に急増します。しかし同じ1925年には治安維持法が制定され、国家のあり方そのものを問う議論は言論の枠外へと追いやられました。女性の参政権も認められないままです。さらに1932年の五・一五事件によって政党政治の慣例が崩壊し、決定の重心は軍部や官僚機構へと移っていきます。普通選挙の実現からわずか10年余りで、国民は問いの引き受け手ではなく、国家が引き受けた問いへの動員の対象へと戻されていったのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらに一つ手前の1895–1920年は、負担を担った人々が、自らも引き受け手になることを求めて立ち上がった四半世紀でした。1895年に終結する日清戦争、1904年から始まる日露戦争、そして1914年の第一次世界大戦を支える戦費と兵力は、増税や徴兵として国民に広く課されました。その意味で、1905年の&lt;a href=&quot;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%AF%94%E8%B0%B7%E7%84%BC%E6%89%93%E4%BA%8B%E4%BB%B6&quot;&gt;日比谷焼打事件&lt;/a&gt;は戦争の負担に耐えた国民が講和条約に納得しなかったことへの抗議であり、1918年の米騒動は戦時インフレによる生活困窮に対する異議申し立てでした。この米騒動を契機として本格的な政党内閣が誕生し、普通選挙を求める運動が全国的な高まりを見せることで、1925年の普通選挙の実現へとつながっていくと見ることができます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そしてもう一つ手前の1870–1895年は、明治維新（1868年）の直後に近代国家の骨格をつくり上げた四半世紀です。「近代国家をどうつくるか」という問いの引き受け手は明治政府であり、政府が何よりも優先して整えたのは、国民から負担を徴収するための制度的な経路でした。1872年の学制、1873年の徴兵令と地租改正によって、教育、兵役、納税の義務が、旧来の藩や村の仲介を経ずに国民一人ひとりへ直接課されるようになります。一方で、国民が引き受け手の側に加わるための回路の整備は大きく遅れ、国家や華族が一手に牽引することになります。1890年にようやく帝国議会が開設されたものの、有権者は直接国税15円以上を納める満25歳以上の男性に限られ、その数は総人口の1%強にすぎませんでした。自由民権運動は、負担を担う側からこの回路を求めた運動だったと言えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;こうして1870年まで遡ってみると、戦前の75年は、問いの引き受け手が一貫して国家に固定されていた時代だったことが見えてきます。国民や企業は負担の担い手ではありましたが、引き受け手の側に加わることは最後まで限定的なままでした。これに対して戦後の75年は、引き受け手そのものが国家から企業へ、家族や地域へ、そして個人へと降りてきた時代とも言えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その上で、時間の長さそのものにも目を向けてみたいと思います。1870年から敗戦に至る75年と同じだけの時間を、戦後日本はすでに2020年の時点で歩み終え、現在地はそれを超えた先にあります。&lt;/p&gt;
&lt;pre class=&quot;astro-code github-dark&quot; tabindex=&quot;0&quot; data-language=&quot;plaintext&quot;&gt;&lt;code&gt;&lt;span class=&quot;line&quot;&gt;&lt;span&gt;戦前 75年   1870 ---- 1895 ---- 1920 ---- 1945&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;
&lt;span class=&quot;line&quot;&gt;&lt;span&gt;                                          |&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;
&lt;span class=&quot;line&quot;&gt;&lt;span&gt;戦後 75年                                 1945 ---- 1970 ---- 1995 ---- 2020 -- 現在&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/code&gt;&lt;/pre&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/japan-postwar-25-years/20260915003729.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;戦前の75年の間に、日本は近代国家の土台を築き、列強の一角へと登りつめ、やがて国家総動員に至りました。戦後の75年は同じ長さの時間のあいだに、引き受け手の所在がそれぞれ大きく動いています。戦後の75年というのは急速に変化した時代だったと考えられますし、2020年から今後についても、大きな変化が起こってもおかしくはないということです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ただし、この遡行はあくまで国内の出来事だけを追ったものです。1870年の国づくりも、その後の75年の歩みも、実際には世界から日本に向けられた問いに答える形で進められてきました。そこで次の節では、1870年に立ったまま向きを変え、今度は世界の側から時間を進めてみたいと思います。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;世界からの問いは誰に届いたか-18702020年代&quot;&gt;世界からの問いは誰に届いたか 1870–2020年代&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;日本における各四半世紀の変遷は、常にその時々の国際環境のなかで進んできました。とりわけ戦後の日本は、安全保障と国際市場の秩序維持の多くを米国に委ねることで繁栄を築いてきました。その委ねてきたものが何で、それがどのように変化してきたのかを把握しておかなければ、2020年代以降に私たちが問うべき問いを見誤ってしまうと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこでこの節では、視点を世界の側に置き直して眺めてみます。世界が日本に何を問うて、その問いが国内の誰に届き、日本は何を引き受けて、逆に何を委ねてきたのかを、国内編と同じ四半世紀ごとの補助線を用いながら、1870年から時間順に辿ってみたいと思います。国内の歩みを追った節が、問いの引き受け手の移り変わりを「内側」から見たものだとすれば、この節は同じ移動を国際環境という「外側」から捉え直す試みです。&lt;/p&gt;





















































&lt;table&gt;&lt;thead&gt;&lt;tr&gt;&lt;th&gt;時期&lt;/th&gt;&lt;th&gt;世界が日本に向けた問い&lt;/th&gt;&lt;th&gt;問いの宛先&lt;/th&gt;&lt;th&gt;日本の答え方（引き受けたもの／委ねたもの）&lt;/th&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/thead&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1870–1895年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;開国せよ&lt;/td&gt;&lt;td&gt;国家&lt;/td&gt;&lt;td&gt;近代国家を急いでつくる&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1895–1920年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;列強の一角として振る舞え&lt;/td&gt;&lt;td&gt;国家&lt;/td&gt;&lt;td&gt;アジアの列強の一角に。総力戦に耐える国家をつくり、負担を国民に広げる。債権国へ転じる&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1920–1945年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;恐慌と対立のなかでも、国際協調を保て&lt;/td&gt;&lt;td&gt;国家&lt;/td&gt;&lt;td&gt;大国間の協調が弱まるなか、日本も対外拡張を進める。連盟脱退を通告（1933年）し、やがて総力戦へ向かう&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1945–1970年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;西側の一員として復興せよ。安全保障は委ねよ&lt;/td&gt;&lt;td&gt;国家。輸出と雇用の担い手として企業へ届き始める&lt;/td&gt;&lt;td&gt;安全保障の多くを米国に委ね、国家・企業が復興と成長を担う&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1970–1995年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;経済大国として、市場を開き、貿易不均衡を調整せよ&lt;/td&gt;&lt;td&gt;企業・国家&lt;/td&gt;&lt;td&gt;企業と国家が貿易摩擦・円高への対応を担い、家族・地域・組合が国内の暮らしを支える&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;1995–2020年&lt;/td&gt;&lt;td&gt;グローバル・スタンダードに合わせよ&lt;/td&gt;&lt;td&gt;企業・個人&lt;/td&gt;&lt;td&gt;海外の資本・活動基盤を利用し、個人の自由を広げる一方、対応の責任も個人に求める&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;2020年代&lt;/td&gt;&lt;td&gt;秩序のコストを分担せよ＋？&lt;/td&gt;&lt;td&gt;？&lt;/td&gt;&lt;td&gt;答えは定まっていない。少なくとも、委ねていたものへの支払いや、先送りしていたことへの問い直しが行われ始めている&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;p&gt;1870年から1945年までの三つの四半世紀において、世界からの問いの宛先は一貫して国家でした。最初の問いは「開国せよ」でした。その後、日清戦争を通じて列強間の競争に参入し、日英同盟（1902年）を経て列強の一角に加わり、第一次世界大戦を経て債権国へ転じるころには、世界からの問いは「列強の一角として振る舞え」へと変化していました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1920年以降になると、世界からの問いは「恐慌や対立のなかでも協調を保ち、国際秩序の内側に留まれ」というものへと変わります。しかし1929年の世界恐慌ののち、主要国は自国通貨圏によるブロック経済へと閉じこもり、当時最大の経済力を持っていた米国も国際秩序の維持を能動的に引き受けようとはしませんでした。秩序の内側に留まれと求める世界の側にも、その秩序を支える引き受け手が存在しなかったのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本はやがて満洲事変を経て国際連盟を脱退し、その延長線上で総力戦へと突き進むことになりました。第二次世界大戦末期に構想されたブレトンウッズ体制や国際連合の設立は、まさにこの反省の上に設計されたものでした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1945–1970年に世界が、実質的には米国が日本に向けた問いは、「西側の一員として復興せよ、安全保障は委ねよ」というものでした。同国は金・ドル本位制やマーシャル・プラン、GATTやNATOなどを通じて自由主義陣営の同盟国に防衛体制と開かれた市場を提供し、その見返りとして国際秩序の意思決定を主導しました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本は日米安全保障条約のもとで防衛の多くを委ね、経済成長に資源を集中させます。このときの問いの宛先は国家でしたが、その答えを実質的に担ったのは輸出と雇用を牽引した企業であり、問いの届き先が国家から企業へと広がり始めました。前の節で触れた国家と企業による復興・成長モデルは、防衛と国際市場という外部環境を外側に委ねた上で初めて成り立っていた仕組みだったと言えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;続く1970–1995年には、ニクソン・ショックや二度の石油危機、変動為替相場制への移行を経て、米国は新自由主義的な市場経済モデルへと舵を切ります。日本はこの時期、米国が維持する秩序の内側で最大の経済的挑戦者となり、世界からの問いは「貿易黒字を還流し、国内市場を開放せよ」へと変わりました。日米貿易摩擦や1985年のプラザ合意はその象徴です。摩擦の最前線に立っていたのは輸出企業であり、対外的な対応も企業の自律的な行動として求められたため、世界からの問いの宛先はこの段階で企業へと移っていきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ここで注目したいのは、外からの問いと内からの問いが、それぞれ別々の相手に届いていたという「ずれ」です。外側からは市場開放をめぐって企業に問いが届く一方で、内側では暮らしの問いを家族や地域、組合といった中間集団が引き受けていました。世界において問いの引き受け手が市場や企業へと移行しつつあったこの四半世紀において、日本国内では依然として親密圏や地域社会がまだ比較的機能していた、ということです。国内で問いの単位が市場や個人へと本格的にシフトするのは1995年以降のことであり、この時間差が、後の時代において短期間での急激な変化を強い、過酷な自己責任論へとつながっていった可能性もあると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1995–2020年には、WTO（世界貿易機関）の発足や中国の加盟を経て、ヒト・モノ・カネ・情報が国境を越えて活発に行き交うグローバル化が進展します。世界からの問いは「グローバル・スタンダードに合わせよ」へと変わり、その宛先は企業を飛び越えて一人ひとりの生活者へと直接降りていきました。1999年の政策方針が個人の自由と自己責任を行動原理に据えたことや、非正規雇用の拡大によって雇用の変動リスクが働く人々の側へ移された背景には、こうした外的な要請があったとも考えられます。自己責任という規範が資本や労働の流動性を高めるために求められたものだったとすれば、それは国際社会と個人が直接つながり、そして国際社会から個人へと直接投げかけられた問いでもあったと考えられます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして日本はこの四半世紀の間に、経済の基本ルールやデジタル基盤、そして資本の調達を海外、特に米国に委ね、その前提の上で個人の活動の自由を広げていきました。個人が世界に向けて情報発信できたのは巨大な海外プラットフォームの上であり、その利用条件を決定していたのも国境を越える巨大テック企業です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;結果として、国内における国家の存在感は相対的に後退していきました。同じころ、2008年の世界金融危機を経て中国がGDPで日本を追い抜き、米国社会の内部でも「なぜ自国が莫大なコストを払ってまで世界の秩序を支え続けなければならないのか」という不満が噴出するようになり、「米国は世界の警察官ではない」という2013年のオバマ大統領の発言につながります。世界が米国に委ねていたものへの支払いは、すでにこの時期から用意され始めていたと言えるでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして2020年代を迎え、米中対立の激化やロシアによるウクライナ侵攻を経て、世界からの問いは「国際秩序のコストを分担せよ」という厳しい要求へと変貌しました。米国は関税措置や先端技術の輸出規制を通じて、同盟諸国に対しても相応の負担分担を強く迫るようになっています。かつて秩序を供給してくれた大国が、負担の対価を厳しく求める側へと転じたということです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして、ここまで述べてきた「世界」というものは、主に欧米を中心とした「世界」でしたが、この20年、グローバルサウスを含めて、様々な国々がこの世界の輪の中に入ってきています。そしてこうした国々は、まさに今、気候変動などのコスト負担を大きく受ける国々であり、そのコストをどのように世界中で分担するのかという問いは、まだ解決できていません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同時期、各国国内でグローバリゼーションの影響による雇用等の不安定化に伴って、政治的にも産業政策が復権し、さらに経済安全保障の危機が叫ばれるようになって、問いの宛先は再び国家へと戻ってきました。ただし、その引き受け手の候補は国家だけにとどまりません。二国間・多国間の同盟や地域ブロック、さらには国境を越えて強大な影響力を持つ米国のメガプラットフォーム企業が、かつてとは違い大手を振るう中で、日本とEUなどのミドルパワーの国々はそれに対する対案を持てていません。力関係がいびつなまま、誰がこの秩序を引き受けるべきなのか、その枠組みはいまだ定まっていない状況です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかも、問いの宛先が国家に戻ってきたとしても、それに答えるために必要な手段が国家の手元にあるとは限りません。雇用のあり方を決めるのは個々の企業であり、資本の配分を決めるのは国境を越える投資家等による資本であり、サプライチェーンを実際に動かしているのも民間の事業者だからです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;つまり、問いの引き受け手は1995年以降に個人へと降り、決定のための権力と能力はグローバルな資本に集まり、そして秩序の維持にかかる請求書が国家や企業、国民宛てに届いている、ということです。2020年代の困難の根底には、こうしたねじれが同時に生じているという構造的な現実があると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;こうしたなか、日本国内では明治初期の政治体制や戦後の高度経済成長期のような、かつての国家像へ回帰しようとする言説を目にすることが増えていますが、日本を取り巻く国際環境が根本から変容し、世界との結びつきを断ち切ることができない現状を踏まえると、過去の枠組みへの単純な回帰は現実的な解決策とは言えないように思います。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;合流点としての2020年代&quot;&gt;合流点としての2020年代&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;こうして国内の歩みと世界からの視座という二つの道筋をたどってみると、双方が同じ構造的な移動を内と外から映し出していたことが見えてきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;内側では、問いの引き受け手が国家や企業から家族や地域へ、そして個人へと移っていきました。外側では、世界からの問いの宛先が国家から企業へ、そして個人へと向かっていきます。戦後日本の三つの四半世紀は、米国が支える国際秩序を自明の前提とし、その安全な内側で「国内の誰が課題を引き受けるべきか」を模索してきましたが、この内側と外側は、実は絡み合いながら並行して進んでいました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;2020年代に起きている事態とは、この二つの道筋が合流したことである、とも言えます。国内では少子高齢化やインフラの老朽化といった構造課題が限界を迎え、もはや個人や個別の組織だけでは抱えきれない規模の問いが前面に噴出してきました。同時に世界からは、これまで国際秩序を供給してくれていた外部の主体が、その維持コストを共同で分担するよう迫ってきています。国防や公正な市場ルール、エネルギーや食料、重要物資の安定供給といった基盤は、もはや無条件に与えられる前提ではなく、日本自身が他国と協調しながら能動的に引き受け、支えていくべき対象となりました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そんな大きな問いが出され、それを誰が引き受けるのかが決まらないまま、そのコストの支払いを求める請求書が手元に届いている、というのが、私たちの現在地なのではないかと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/japan-postwar-25-years/20260915003832.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;こうした変化の事業への影響&quot;&gt;こうした変化の事業への影響&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;そして請求書の宛先には、国家だけでなくビジネス側も含まれています。戦後の日本企業は米国の安全保障や開かれた市場、海外のデジタル基盤に乗り、秩序の恩恵を享受してきました。その秩序が崩れつつある今、関税や調達コストの上昇、防衛費を賄う税負担といった形で、かつて誰かが負担していた支払いが今まさに事業にも届き始めています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこで国家と事業が再び一体化する道もありうるでしょう。しかし戦後の一体化が機能したのは、外からの進路の提供や、国内での配分、米国のコスト負担という三つの条件が揃っていたからです。現在の国家は進路を迷っており、米中に比べると実効的な手段も持てておらず、日本の国家と事業が一体化したところで、明治時代あるいは戦後のような経済的繁栄は戻ってこないでしょう。雇用や供給網を握る事業側が国家を支える側に回り、何のためにそれを担うのかを自ら問わざるを得なくなります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかも、一体化の相手は自国の国家だけとは限りません。AIや半導体のような資本集約型の領域では米中が抜きん出ており、日本単独の一体化では勝負にならないからです。同盟や地域ブロック、巨大プラットフォームも引き受け手の候補となるなかで、誰を信用し、何を自前で持ち、何を誰と共同で担うのかを、事業の側で判断し直す必要があります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらにいえば、誰かが設定した規範やルールのうえで戦い続ける限り、その胴元に勝つことは難しいでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それに国家が進路を見誤れば事業も立ちゆかなくなります。よって、事業が国家と一体化していくのであれば、なおのこと、国家の進路とその決め方を事業の側が主体的に考え抜く必要性が高まっていると考えています。それを間違えてしまうと、さらに大きな支払いをし続けることにもなりかねません。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;2045年に向けて問い続けたい五つのこと&quot;&gt;2045年に向けて問い続けたい五つのこと&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;ここまでの歴史的な整理を踏まえ、私たちは2020年から2045年に至るこれからの四半世紀において、何を問い続けていくべきなのでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;前の節で見たように、この問いはビジネスから遠いものではありません。&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/why-business-thought/&quot;&gt;以前の記事&lt;/a&gt;で書いたように、思想は政策レジームや個別の政策、市場を経て、ビジネスの条件そのものを変えていきます。安全保障や脱炭素をめぐる政策がすでにそうであるように、これからの四半世紀にどういった問いが前面に出て、それがどのような思想によって束ねられていくのかを追うことは、次に形成される事業条件を先読みし、危機が来る前に何を守るかを決めるための作業でもあると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;戦後日本の三つの四半世紀においては、時代ごとの課題も、その引き受け手となる主体も、社会全体である程度共有されていました。しかし2020年代の困難は、個別の課題に対処する以前に、「そもそもどのような枠組みで問いを立て直すべきなのか」という前提そのものを再設計する必要がある、という点にあるのではないか、とも思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;私自身まだその答えを出すことはできていませんが、私たちが未来に向けて問い続けるべき論点を五つに整理して提示してみたいと思います。その上で、この2020–2045年という四半世紀を、2045年以降の社会の暮らしを支える「新たな土台づくりの時期」として位置づけたいと考えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1870年からの四半世紀が1895年以降の近代産業と国家の基盤を築き、1945年からの25年間が1970年以降の豊かな生活の土台をつくったように、社会の基盤を築き直すには四半世紀ほどの時間を要するように思われます。人口減少と高齢化が不可逆的に進行しても人々の暮らしが穏やかに成り立ち、激変する国際秩序の中で自律的な位置を保ち続けるための、持続可能な生活と統治の基盤をどう世界と日本の中で作っていくのか、という問いです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/japan-postwar-25-years/20260915003912.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;(1) 「私たち」とは誰か&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;感染症の危機や安全保障環境の激変、脱炭素への移行、さらには人口減少といった課題は、単独の個人や個別の一組織だけで抱えきれるものではなく、何らかの共同の主体、すなわち「私たち」を結成して引き受けるほかありません。しかし、その「私たち」の輪の中には、一体誰が含まれるべきなのかという問いがまず生じます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;現在を生きる国内の有権者だけを見てみても、今は世代間で「私たち」の対立が見られます。それに加えて、現役世代だけにとどまるのか、将来において重い負担を背負うことになる未来世代を含むのか、あるいは医療・介護や物流、生産の現場を最前線で支えている外国人労働者や地域外の生活者まで包摂するのかという問いです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;誰を成員とするかは、「私たち」をどのような原理で束ねるかによって大きく左右されます。近代日本の既定路線は「国民国家」、すなわち国籍による統合でした。しかし、未来世代への配慮も、国境を越える移動者への対応も、国籍という単一の基準だけでは十分に扱い切れません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;統合の基盤となる選択肢としては、例えば次のような道が考えられます。（あくまで選択肢です）&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;憲法や立憲主義の手続きへの合意によって結びつくこと&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;同じ地域圏で暮らし、道路や医療などの生活インフラを共有する事実によって結びつくこと&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;共通の生活リスクに直面し、相互扶助や社会保険を共有する連帯を基盤とすること&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;望ましい社会像としての「共通善」を共有すること&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;特定の社会課題をともに解決するという事業目的に賛同して結びつくこと&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;どの原理を選択するかによって、誰が内側に入り、誰が外側に置かれるのかという境界線は大きく変わるはずです。国籍は未来世代や外国籍住民を包摂しにくく、地域生活圏は移動の多い現代人を捉えにくく、共通善の共有は合意形成が難しい代わりに強固な結束力を生み出します。単一の基盤に依存するのか、複数の基盤を重層的に重ね合わせるのかという構想が求められるのではないでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あわせて、安全保障や気候変動のように国際秩序そのものを共同で維持していくのであれば、「私たち」の輪は国境の内側に閉じるわけにはいきませんし、閉じたところで実効的でもありません。どの国や地域と、どのような課題を共同で引き受けるのかという対外的な連帯のあり方も、この問いに含まれます。「私たち」を課題の引き受け手として構想することは、何によって結束し、誰をその枠組みの外に置くのかを決める作業そのものでもあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;(2) 何を誰がどう共同で引き受けるか&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この問いは、「どこまでを共同で担うかという線引き」と、「それを具体的に誰が担うのかという割り当て」の二段構えで考える必要があると思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まず、どこまでを共同で担うかという「線引き」についてです。戦後の約75年間における主要な関心事は、経済成長によって生み出された果実を「どのように公平に分配するか」という点が主でした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかし2020年代の日本において、私たちが直面しているのは、生活に必要な基盤を「そもそも安定して供給し続けられるのか」という、一段手前にある生産と供給の限界に関する問いです。医療や介護、エネルギー、食料、物流の担い手不足に加えて、資源価格の高騰にいかに社会全体で対処するかという課題も、すべて供給の維持に関わる問題です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらに前述したように、防衛や市場ルール、基幹物資の調達といった、これまでは自明のものとして外部に委ねていた国際秩序の維持までもが、いまや日本社会も能動的に引き受けるべき課題となってきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これらの課題のうち、どこまでを社会が一体となって引き受け、どこからを個人の自己責任に委ねるべきかが問われます。共同の範囲を広げすぎれば、国家による個人の統制という全体主義的なリスクを呼び込みかねませんし、逆に個人の領域に残しすぎれば、1995年以降の過酷な自己責任論をさらに加速させてしまい、現在のアメリカのような状況になるかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらに、急激な人口減少のもとでは、これまでの拡大を前提とした制度設計から、規模の適正化を前提とした「縮小の設計」へと舵を切る必要があると考えています。何を畳み、何を守り、どの地域にどういった生活機能を集約していくのか、という判断です。もし受け皿となる拠点に十分な医療や交通の担い手が存在しなければ、拠点の集約は住民にとって長時間の移動や待機という過重な生活負担となって跳ね返ります。撤退する側に残される住宅やインフラの維持管理をどうするのかという問題も、未解決のまま残されます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;高度成長期に作られた諸制度は拡大局面の意思決定しか想定しておらず、縮小や撤退を決定するための公正な手続きと責任の所在は、ほとんど確立されていません。あわせて、政策の目標を「格差の是正」に置くのか、それとも「最低限の生活の安定」に置くのかという優先順位の整理も必要です。統計上の格差が拡大していなくても、インフレやサービス縮小によって生活実感が困窮していく事態は十分にあり得るからです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もう一つの側面として、それらの供給を具体的に誰が担うのかという「割り当て」の論点があります。1945年以降の国家と企業は公共サービスの供給基盤を、1970年以降の家族や地域は生活を支える調整の回路を、1995年以降の自立した個人は自ら問いを立てる自由を、それぞれ次の時代への遺産として残してきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかし、現代の複合的な危機に対して、過去のいずれかのモデルへと単純に回帰すれば解決するというものではありません。国家は何を直営すべきなのか、民間企業はどこまで公共的な責務を負うべきなのか、機能不全に陥った地域や家族の穴を何が埋めるのか、そして起業家によるイノベーションはどこまで公共課題を解決しうるのか、といった役割分担の再設計が求められます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この割り当ては国内だけではなく、国際関係でも問われています。世界の側から見た節で触れたとおり、2020年代には同盟や地域ブロック、国境を越えるプラットフォーム企業も引き受け手の候補に並んでおり、何を国内で担い、何を他国や国外の企業と共同で担うのかも、この割り当てに含まれます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これらの線引きと割り当ては、実際には不可分の一体として決定されます。たとえば介護や育児を社会全体で引き受けると決めることは、その担い手を家族の無償労働から解放し、公的な専門職として適正に処遇することを決めるのと同義だからです。介護や育児の公的な支援を、働く人たちを増やすためのインフラとして見るのか、家族や個人で対応するべき仕事として見るのかは、大きく意見が分かれる可能性もあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;(3) 利益と損失をどう配るか&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いかに社会的な課題を共同で引き受けると理念を掲げたところで、その取り組みから生じる利益と損失が誰に帰属するのかという配分のルールが明確でなければ、現場の担い手も、民間の投資資金も、負担を引き受ける生活者も集まりません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1945年以降の国家と企業による開発体制が国民に広く受け入れられた最大の理由は、高度成長によって生まれた利益が、賃金の継続的な上昇や終身雇用として社会の隅々まで還元されたからだと考えています。ここで論じるべき配分とは、単に余剰を分け合うための事後的な分配ではなく、人々が困難な役割を進んで引き受けるための動機づけとなる配分設計です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まず、生み出された利益は誰に帰属するのかという問いがあります。労働者の賃金へと還元されるのか、それとも資本の側に配当として集中するのかという問題です。労働組合や産業別の労使交渉など、分配を調整してきた従来の回路が細るなかで、何がその代わりを果たしうるのかが問われます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同時に目を向けるべきなのは、構造変化に伴う損失を誰がどう引き受けるのかという点です。技術革新や貿易構造の変化、産業の縮小によって失われる雇用や地域コミュニティの打撃は、特定の層に偏って集中し、その影響は長期化しがちです。打撃を受けた人々が、利益の生まれる新たな成長分野へ容易に移行できるとは限りません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらに、リスクを取った結果としての「上振れ」の果実を誰が享受するのかという論点もあります。共同で引き受けた供給基盤の整備や公共投資が大きな成果を上げたとき、そのリターンは挑戦した起業家のものなのか、投資した公共のものなのか、あるいは広く利用者に還元されるべきなのかという、成果配分の公正さが問われます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして時間軸の視点として加えたいのが、世代をまたぐ配分の問題です。すでに資産を蓄積した層と、これから形成する若い世代とでは置かれた条件が根本から異なります。将来世代への負担の先送りも、時間軸上の不公正な配分だと言えます。2040年代以降に実を結ぶ長期投資の原資を誰が拠出し、経済成長を前提に作られた社会保障などの分配モデルを、低成長・人口減少の前提でどう再設計できるのかも、この問いに含まれます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらにここまで説明してきたとおり、2020年代には、国の外から求められる負担を国内でどう配るかという論点が入ってきました。合流点の節で見たとおり、秩序のコストは外部から無条件に与えられるものではなくなり、日本自身が分担を求められ始めています。防衛費の増額、経済安全保障の名のもとにエネルギーや重要物資を自国や同盟国内で調達することに伴う価格の上昇、関税による輸出産業への打撃は、いずれも国内の誰かが負う負担になります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;このコストを税として広く薄く負うのか、価格として消費者が負うのか、あるいは雇用として特定の産業や地域が負うのかは、まだ決められていません。逆に、経済安全保障の名のもとで進む産業政策や公共投資が利益を生んだとき、その帰属も同じ問いの対象となります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;現代において警戒すべき病理があるとすれば、利益は特定の富裕層や大企業に狭く集中し、構造改革に伴う損失や負担は同じ社会的弱者に重ねられ、政策の決定権は利益を享受する側の声に偏って傾いていく、という構図に向かう重力です。しかもそれが世界規模で起こり、AIやクラウド等の技術においては米中へと偏るかもしれない中で、日本がどのように冨を作り、それをどのように配分していくかは改めて大きな問いとなっていくでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;(4) どう決めて、どう修正し続けるか&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;感染症の急激な流行や地政学的有事といった突発的な出来事に対する迅速な対応に加えて、そうした出来事への準備、そして2040年代を見据えた長期的なインフラ整備や研究開発への投資といった時間軸の異なる意思決定を、どのように並行して行っていけるのかという難題がまず挙げられます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;また、人口減少に伴うインフラの撤退など、一度決断を下せば後戻りができない重大な判断に対して、目先の利害に流されやすい通常の多数決手続きをそのまま適用してよいのかという点も検討を要します。これは気候変動対策も同様で、現在投票権を持たない将来世代の長期的な利益と負担を、いかにして現在の意思決定に制度的に組み込むかという課題も無視できません。さらに、共同で政策や事業を引き受けたものの失敗に終わった際、その失敗を客観的に検証しながら、ときには柔軟に軌道修正を図る仕組みが社会に備わっているかも問われます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらに2020年代には、決め方を問う以前に、決定の場そのものが国内になく、影響力を及ぼしづらいという事態も出てくるようになりました。関税や先端技術の輸出管理は米国が決め、同盟内の負担分担は外交交渉の場で決まり、個人や企業が活動の基盤とするプラットフォームの利用規約は、その運営企業が定めます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;国内でどれほど公正な手続きを整えても、負担を左右する重要な判断の一部が外で下されるのであれば、その決定にどう関与し、あるいはどう自律的な距離を取るのかまでが、決め方や統治の問いへとつながっていくことになります。そうした意味で、委ねていたものを引き受けるとは、外で決まった方針やルールに沿うだけの立場から、決定の場に参加する側へと移り、参加するためのコストや発言や提案をするためのコストを引き受けることでもあると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あわせて注視すべきなのは、「なぜ明らかな不備を抱えた制度がいつまでも修正されないのか」という政治経済学的な問いです。労働法制や税制、社会保障制度に構造的な歪みがあると広く認識されていながら、その抜本的な改革は遅々として進みません。資産や強固な組織力を持つ既得権層と、非正規雇用や不安定な就労状況に置かれた層、あるいは新規のやり方を提案する層とでは、政治や政策形成の場に持続的にアクセスし、自らの声を届けるためのリソースに著しい差が存在します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;経済的な優位性が政策決定における優位性を生み出し、その有利な政策が既存の経済的格差をさらに固定化・再生産するという悪循環は、強く警戒しておくべき構造的なリスクだと言えます。意思決定のあり方とそれを見直すプロセスを問い直すことは、2020から2045年の社会において主役となるべき若い世代を、いま社会全体でどのように育み、支援していくのかという教育や機会の保障の問いにも直結していると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;(5) その中で個人の自由をどう保つか&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1995年以降の四半世紀において確立された、個人が生き方や働き方、協働する仲間を自律的に選び取る自由は守るべき前提であり、まだその自由を享受できていない人たちに対しても最大限拡張していくべきだと考えています。しかし一方で、集団としての意思と力を持たなければ、感染症や気候変動、安全保障等の大きな課題にも取り組めない、というジレンマがありますし、個人の自由を担保する前提としての互いの協力や基盤も必要です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして自由を実際に行使するには、形式的な選択肢の多さだけでなく、それを行使できる実質的な条件が整っていなければ、形骸化してしまいかねないように思います。たとえば、不当に条件の悪い仕事を断れることや、より良い環境や機会を求めて移れること、そして予期せぬ困難によって一時的に収入が途絶えても耐えられることなどです。こうした条件が整っていなければ、形式的には選択の自由があったとしても、それを仕えないまま終わってしまいます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そしてこうしたことを実現するには制度的基盤が欠かせません。劣悪な条件の労働を断るためには、当面の生活を支える資産や確実な公的給付が必要ですし、別の仕事や地域へと移るためには、職業的な学び直しの機会や、介護・育児といったケア負担を軽減するための時間と経済的支援が求められます。不測の事態に耐え抜くためには、雇用形態や就業状況が変わっても途切れることのない普遍的なセーフティネットが支えとなります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;戦後日本の社会設計において、これらの生活保障は主に企業の正規雇用と世帯内の扶養関係に強く紐づけられる形で提供されてきました。1995年以降に起きたのは、個人の自由が謳われる一方でこの旧来の紐づけが急速に解体され、生活を支える保障の基盤が外されたまま、過酷な自己責任だけが個人の肩にのしかかるという状況だったように思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だからこそ、様々な世界的な状況の変化を見つつも、自由を行使するための前提条件を、社会全体としてどう保障していくかということを忘れてはならないのだろうと思います。その際、かつて企業や家族が果たしていた生活調整の機能を誰がどう引き受けるのかが大きな論点になります。そこでもまた、共同体としての在り方が問われるようになるでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あわせて、個人が発信したり、商売をしたり、仲間を募る基盤の多くが、現在は国境を越えるプラットフォームの上にあり、その利用条件を個人の側では決められないことも、「断れる」「移れる」の実質を左右してしまっています。特定の雇用主に従属しない自由は、特定のプラットフォームに従属しない自由でもあるはずです。これをどこまで担保するのか、たとえばSNS等を国として持つのか、それとも海外のプラットフォーマーに制裁できる力を持つのか、といった様々な方法があり得ます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;また、社会保障を共同で手厚く担うことによって、かえって過度な受給要件による束縛や監視が強まり、個人の尊厳やプライバシーが損なわれるリスクをどう防ぐかという点も、慎重に見極めるべき論点です。家族に過度なケア負担を背負わせず、特定の雇用主に従属しなければ生きていけない脆弱さを克服する社会の設計が求められているのではないかと考えています。それは、自由を犠牲にした代償として保障を与えるのではなく、「自由を真に行使するための基盤として保障を整える」という思想の転換だと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;こうした五つの問いへの答え、すなわち誰が何をどう引き受けるかを定めることが、そのまま思想の要素である規範や進路になると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして五つの論点は相互に深く連動しており、一つの問いに対する選択が、他のすべての問いの前提を根本から規定するような関係性もあります。共同で引き受ける範囲を広く取れば「私たち」の境界は広がっていきます。負担を負う人たちに決定権を渡せば、その負担を避けようとして集約の速度は遅くなるかもしれません。答えを互いに整合させて進むためには、何をもって望ましい社会とするのかという規範（ものさし）を選ばざるを得ません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そしてもしそうした規範を私たち自身が設計できなければ、その空白に対して、海外から輸入される規範が入り込んできてしまうでしょう。『&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/technological-republic-acceptance/&quot;&gt;スタートアップの思想の空白&lt;/a&gt;』の記事で論じたとおり、私たちは考え方や製品を輸入することになれてしまっていますし、昨今はデジタルプラットフォームやAIなどを通して、その規範は入り込みやすくなっているようにも見えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;逆に言えば、戦後長く委ねて後回しにしていた、戦後の国際社会における日本のアイデンティティや思想を改めて問うべきタイミングとも言えるのではないでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこで現時点で確たる結論が出ているわけではありませんが、これまで紹介してきた新しい経済学や海外の政策アジェンダを手がかりにすると、ものさしの候補として以下のような方向性が考えられます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;整理の軸にしたのは、それぞれの構想が何によって結ばれた「私たち」を想定しているか、という違いです。問い(1)で挙げたように、「私たち」を結ぶ原理には、生活圏の共有、生活リスクの共有、事業目的への賛同、共通善の共有などがありました。結び方が決まれば、国内で誰を「私たち」に含めるかも、国の外で誰と何を共同で担うかも、同じ原理から導かれます。以下は各議論の要約ではなく、本稿の問いに引きつけた私なりの見取り図であり、それぞれの詳しい検討はリンク先の記事に委ねます。&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;「私たち」を&lt;strong&gt;生活&lt;/strong&gt;で定義する考え方。生活必需財の供給を経済政策の中心に置く&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/foundational-economy&quot;&gt;ファウンデーショナル・エコノミー（生活基盤経済）&lt;/a&gt;、それを実際に払える価格で使えるかを問う&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/affordability-agenda&quot;&gt;アフォーダビリティ・アジェンダ&lt;/a&gt;、生活費や所得とともに、ケアや地域活動に使える時間を扱う&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/good-life-agenda&quot;&gt;グッドライフ・アジェンダ&lt;/a&gt;、保障を具体化する手段としての公的選択肢（パブリック・オプション）。基幹的な生活基盤を共同で保障する考え方です。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「私たち」を&lt;strong&gt;雇用&lt;/strong&gt;で定義する考え方。「良い仕事」を中心に置く&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/productivism&quot;&gt;プロダクティビズム&lt;/a&gt;、税や給付による事後の再分配に加えて、賃金や資産所有、労働者の交渉力を左右する制度に働きかける&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/predistribution&quot;&gt;事前分配&lt;/a&gt;などが挙げられます。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「私たち」を&lt;strong&gt;産業&lt;/strong&gt;で定義する考え方。産業政策を供給網の強靭化や経済安全保障と結ぶ&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/new-washington-london-consensus&quot;&gt;新しいワシントン・コンセンサス&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/reindustrialization&quot;&gt;再工業化&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/place-based-industrial-policy&quot;&gt;地域を基盤にした産業政策&lt;/a&gt;などです。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「私たち」を&lt;strong&gt;統治&lt;/strong&gt;で定義する考え方。供給制約を取り除く&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/abundance-2026&quot;&gt;アバンダンス&lt;/a&gt;、政策目標を成果に変える&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/state-capacity&quot;&gt;ステートキャパシティ（国家能力・国家実装力）&lt;/a&gt;、その実践としての&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/permitting-reform&quot;&gt;許認可改革&lt;/a&gt;。必要なものが負担できる費用で届くかどうかを、政治の評価基準に据えています。また公共が負ったリスクに対して成功時の利益を還元する&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/public-upside-sharing&quot;&gt;Public Upside Sharing（公共アップサイド共有）&lt;/a&gt;や、政策が既得権益層に取り込まれる構造を問う&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/captured-economy&quot;&gt;Captured Economy&lt;/a&gt;が、関連する議論です&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「私たち」を&lt;strong&gt;帰属意識&lt;/strong&gt;で定義する考え方。国民的な帰属意識を平等や包摂、公共投資と接続する&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/progressive-patriotism&quot;&gt;進歩的愛国主義&lt;/a&gt;。家族や共同体、労働の尊厳を重視する&lt;a href=&quot;https://takaumada.substack.com/p/common-good-conservatism&quot;&gt;共通善保守主義&lt;/a&gt;も比較対象になりますが、個人の異なる生き方をどこまで認めるかで両者は分かれます。&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;どの整理にも弱点はあります。生活で集団を作ろうとすると圏外の人や国の扱いが曖昧になり、帰属意識で作ろうとすればそこに入らない人たちを排除してしまいます。ただ、これらの候補は相互に排他的ではなく、実際の「私たち」は複数の方法を重ねても成り立つはずですし、重ねることで互いの死角を補うこともできます。その上で、どういった地図と規範と進路を選ぶか、ということが「思想を選ぶ」という営みであり、選ばれた思想に応じて適切な事業は異なってくるでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;2045年は、日本にとって戦後100年の節目にあたります。私たちはいま、戦後第4の四半世紀、すなわち次の時代の引き受け手となる主体のあり方を形づくる時期に入っていると考えています。そして同時に、何かしらの集団や共同体を作らなければ、現在の問いにも答えられない状況でもあります。そんな中で思想を考えるというのはおそらく、どういった「私たち」を選び、その中でどのような在り方を選ぶか、ということでもあり、それが私たちに課せられている問いではないか、と考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/japan-postwar-25-years/20260915003949.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded><dc:creator>馬田 隆明</dc:creator><category>思想と資本</category></item><item><title>思想と資本 5｜日本の未来を誰が構想するのか</title><link>https://takaumada.com/blog/capital-and-thought-5/</link><guid isPermaLink="true">https://takaumada.com/blog/capital-and-thought-5/</guid><description>1973年3月、小松左京の『日本沈没』が刊行されました。日本列島が地殻変動で海に沈み、人々が国土を離れなければならなくなる未来を描いた小説です。その年のうちに上下巻合わせて380万部以上が売れ、日本という国の先行きと在り方が、小説を通じて広…</description><pubDate>Tue, 08 Sep 2026 03:26:22 GMT</pubDate><content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/capital-and-thought-5/20260908110849.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1973年3月、小松左京の『&lt;a href=&quot;https://sakyokomatsu.jp/5216/&quot;&gt;日本沈没&lt;/a&gt;』が刊行されました。日本列島が地殻変動で海に沈み、人々が国土を離れなければならなくなる未来を描いた小説です。その年のうちに上下巻合わせて380万部以上が売れ、日本という国の先行きと在り方が、小説を通じて広く読まれていたことがうかがえます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;小松左京は、&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/capital-and-thought-1/&quot;&gt;第1回&lt;/a&gt;で取り上げた大阪万博の理念づくりにも参加していた人物です。そして『日本沈没』は万博の3年後に刊行されました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ここで注目したいのは、この頃は未来を世に問うことができていた、ということです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかし1990年代以降、日本国内で社会の未来を語ってきた担い手の役割が弱まるとともに、書かれた構想を議論し、投資や政策につなぐ経路も細ってきたと考えています。一方で、シリコンバレーのスタートアップ関係者たちが、その莫大な資本力とともに、新たな思想の語り手として存在感を増してきました。いわば、国内で対案を育てる力が弱まったところへ、資本を伴う海外の思想が入ってきている、という構造です。これは&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/tags/thought-and-capital/&quot;&gt;過去の回&lt;/a&gt;や&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/technological-republic-acceptance/&quot;&gt;別の記事&lt;/a&gt;でも考えてきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;本稿は、連載「思想と資本」の第5回です。これまでの記事では、未来の思想が投資や契約、政策といった「約束」へ変わる仕組みをたどってきました。今回は1990年代以降の日本を振り返り、社会の長期的な未来を語る活動と、それを受け止める仕組みの変化を考えます。その上で、今求められている担い手について考えます。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;社会の構想を語りにくくなった既存の語り手たち&quot;&gt;社会の構想を語りにくくなった既存の語り手たち&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;冷戦終結後の1990年代以降、官僚や経営者、知識人が引き受ける問いや課題が大きく変わっていきました。そうした背景から、日本の社会において、社会の将来像を語ることも徐々に少なくなり、さらにそれらの経路が弱まってきたように思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/capital-and-thought-5/20260908120236.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それぞれをそれぞれの角度から見ていきます。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;1-官-役割を縮小していった&quot;&gt;(1) 官: 役割を縮小していった&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;これまでの連載で見てきたように、日本においては、主に未来の構想を示すのは官が行っていました。しかしその役割は、ソビエトの失敗によって冷戦が終結して以降、社会主義的な政策の不合理さに合意がなされ、&lt;a href=&quot;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E3%81%95%E3%81%AA%E6%94%BF%E5%BA%9C&quot;&gt;小さな政府&lt;/a&gt;への志向が世界的に強まると共に、力を民間企業や市民へと移すようになってきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;また同時期の日本では、1990年代のバブル崩壊後の不況による行政への信頼の低下や、官僚の汚職や不祥事、天下りの仕組みが明るみに出ることで権力を失いつつありました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;構想という観点での日本における官の役割の変化は、1999年の&lt;a href=&quot;https://www5.cao.go.jp/99/e/19990705e-keishin-pamph.html&quot;&gt;「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」&lt;/a&gt;にも表れています。この文書は、政府主導から独立した個人を基盤とする自由経済への転換を示すため、あえて「計画」という名称を使わなかったと説明しています。政府が進路を示すことと、個人や企業の選択を尊重することの関係を、政府自身が問い直していた時期だったことが垣間見れます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらに2001年の中央省庁改革では、政府の経済運営の仕組みも変わります。元内閣府審議官の前川守による&lt;a href=&quot;https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/esr/esr_report/esr_036/esr_036_e.pdf&quot;&gt;経済計画についての振り返り&lt;/a&gt;では、市場と民間の役割が強まり、従来型の経済計画は役割を終えたという認識が高まったと整理されています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;官が示す構想の範囲や実効性が限られてきたのがこの頃でした。であれば他の担い手、たとえば民間企業や市民が自ら構想を描き、その実現を担うようになるはずでした。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;2-経済界-経営の立て直しを優先していた&quot;&gt;(2) 経済界: 経営の立て直しを優先していた&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;しかしその担い手となる候補だった民間企業や銀行は、同時期にバブル崩壊後後始末に追われることになります。不良債権の処理に10年以上を費やしたとも言われており、官とともに未来の構想とその実現を担う候補だった民間が、過去の投資の後始末に追われていたということです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本において主な資本の担い手であった銀行には、企業の長期的な事業構想を理解し、資金を出して有事に支える役割がありました。しかしその銀行も、こうした危機の当事者になったことが、中長期的な構想を練ることに加え、それを長期の資金で支えることも難しくしたのではないかと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;また同時期にはグローバリゼーションが進んだことも、民間企業が日本の思想や構想から離れる一員でもあったでしょう。自社の成長のために海外の市場を重視し、売上の多くが海外からになると、民間企業が日本社会の構想を行う必要性は相対的に薄れていきます。国の成長と企業の成長がアラインしづらくなると、企業は国にコミットしづらくなる、ということです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;こうした背景から、経営の立て直しや競争力の強化が長く課題になるなかで、企業を成長させた先にどのような日本の社会を作るかという問いは、経済界にとっても担いづらかった構造がありました。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id=&quot;3-論壇-土台となる出版市場が縮小した&quot;&gt;(3) 論壇: 土台となる出版市場が縮小した&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;戦後、官や財界とは異なる立場から、社会の望ましい姿を論じ、市民に知らせてきたのが、知識人や批評の書き手たちでした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかしその活躍を支える出版も、1990年代以降に厳しい環境に置かれます。紙の出版市場は&lt;a href=&quot;https://www.nippan.co.jp/business/innovation/&quot;&gt;1996年をピークに縮小&lt;/a&gt;し、雑誌の部数も徐々に減っていきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;特に総合誌の編集部が担っていたのは、分野の違う議論を同じ読者に届ける仕事でした。経済だけではなく、政治や文化、生活の側から読み直せるようにする場がありました。そのような雑誌が減れば、個々の発信が続いても、異なる立場から社会像を比べる機会は減ることになります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一方で同時期、社会で大きな流れになってきたのが、「自己責任」といった言葉を代表とする、個人への責任の委託です。集団から離れ、個人として生きていくことが重視されるようになると、論壇の言葉も徐々に個人へと向いていくことになり、「自己啓発」などが盛んになります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もちろん、個人の悩みや生き方を扱うことは、社会について考える入り口になります。ただ、読者が自分の暮らしをよりよくするための経路として、集団としての社会を良くする経路と、自分とその周囲だけがサバイバルすることへの経路があるとき、この頃の日本は多くの場合、後者の言葉が多くなっていったように思います。そうすると、次第に意識から「社会」が相対的に薄れていくことにもなり、その結果、論壇の言葉も個人向けへと最適化されていくことになります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして資本が大きな存在感を持ち始める情勢の中、知識人や批評家の構想が投資や政策につながらなければ、市民は論壇での思想に実効性を感じられなくなり、その思想も使われなくなっていきます。社会の将来像を描く営みの衰えに加えて、この循環の弱まりもこの時期に重なっていたのではないかと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;未来を語る役割を引き受けたスタートアップ&quot;&gt;未来を語る役割を引き受けたスタートアップ&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;そうしたなかで、2010年代以降、未来を描くことを仕事にする人たち、つまりスタートアップの起業家と、その事業に資金を出す投資家が目立つようになってきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その語りは、「最新の技術」を使って、いまは実現していない暮らしや産業といった未来の構想を語り、その物語によって資金を集めていきます。そして実際に、その資金によって製品を作っていくことで、未来の構想と、いま始められる仕事がつながって見せることができました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/capital-and-thought-5/20260908120249.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;たとえば、イーロン・マスクが2006年に公表したテスラの&lt;a href=&quot;https://www.tesla.com/ja_jp/secret-master-plan&quot;&gt;マスタープラン&lt;/a&gt;は、高価格のスポーツカーから始め、その資金でより手頃な車を作るという事業の道筋を示していました。その先には、化石燃料に依存する経済から、太陽光による電力を使う経済への移行が書かれています。ここでは自動車を何台売るかという計画に加えて、社会のエネルギーの在り方をどう変えるかという構想も含まれています。買う人にとっては、車の購入が望ましい未来への参加にもなり、働く人にとっては、製品の開発が社会を変える仕事にも見えてくるといった作用もあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして構想を語る本人が実行にも責任を持って進めることは、その言葉に具体性と説得力を与えます。完成した製品や使えるサービスがあれば、実現可能性の一部を確かめられますし、リスクを背負って実行をしていることでその本気度を示せます。こうしたリスクテイクは、その取り組みに言論とは異なる説得力を持たせることにもなったでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そしてその試みが成功すれば、思想は資本へと繋がります。そして資本を得ると、その思想を実現するための推進力を得られるようになり、その循環が回り始めます。そうすると、お金というものさしが優位な社会においては、資本を有した思想が正解のようにも見えてきて、さらに資本が集まってくる、そんな思想と資本の関係が成立するようになります。実際、GoogleやFacebookといった大きな成功例が出てきたことが、そのサイクルを大きくしていきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらに政府は、そうした取り組みを次の経済成長の糧にしようと注目し始めるようになり、次第に支援も始めるようになります。実際、日本でも2010年代中盤から政府がその支援を強めるようになりました。さらにその波に乗って、大企業などもオープンイノベーションなどを掲げて、スタートアップとの連携を進めるようになります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ここで、従来の語り手と新しい語り手の関係の変化を見ることができます。&lt;strong&gt;かつて未来の構想を描いていた官や大企業が、起業家や投資家が示す未来の構想の実現を支える側になっていた&lt;/strong&gt;、という変化です。未来を構想し実現するうえで、スタートアップへの期待を強めていった、とも言えます。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;スタートアップは未来の構築に関わる機会も提供できた&quot;&gt;スタートアップは未来の構築に関わる機会も提供できた&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;併せて個人も動きます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;2010年代中盤から、スタートアップとして起業することや、スタートアップに転職することを一定数の人たちが考え始めたのは、そこに未来を見たからではないでしょうか。さらにそこに対する経済的リターンも示すこともできました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;また起業までいかずとも、さきほどテスラの車を買うことが未来に参加することであり、そこで働くこともまた参加の一形態だと書きましたが、まさにこうした個人として未来に関わる機会を提供できたのがスタートアップでした。スタートアップの製品を使うこと自体ががかっこいい、そんな雰囲気です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;つまりスタートアップは、望ましい未来を語るだけでなく、そこに個人として参加する様々な方法も提供していました。 官や経済界、個人といった人たちが、スタートアップに未来を託すようになる理由の一つも、そうした関係構築の回路が存在していたことにもあると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;シリコンバレーとの経路の確立と思想の流入&quot;&gt;シリコンバレーとの経路の確立と思想の流入&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;日本のスタートアップ自身が未来の構想を学ぶ経路の一つがシリコンバレーでした。新しい事業をどう始め、どのように資金を集め、成長させるかを学ぶために、その発信に注目し、ときには神託のように扱われ、「シリコンバレー流」といった言葉や方法論が輸入されるようになり、それは今も続いています。『&lt;a href=&quot;https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/26/05/21/02621/&quot;&gt;リーン・スタートアップ&lt;/a&gt;』や『&lt;a href=&quot;https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000816582014.html&quot;&gt;ゼロ・トゥ・ワン&lt;/a&gt;』がそれらの代表例です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そうした経路を通して、現在、方法論だけではなく、資本と思想がセットになって入ってきていること、そしてその思想の一部が、そのまま受け取れるとリスクになりうることは&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/technological-republic-acceptance/&quot;&gt;別の記事&lt;/a&gt;でも書いたとおりです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ただ、国内で対案となる未来の思想や構想が十分に育っていないと、その事業や思想を一緒に、かつ無批判に輸入してしまうことになりかねません。そして現状を考えると、海外から来る構想に判断を委ねやすくなっている状態でもあると思っています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;であれば今、そうした海外の思想とは異なる、オルタナティブとなる思想を書く人と、それを実弾として有効化するための経路を強化していく両方が求められていると考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/capital-and-thought-5/20260908120405.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;h2 id=&quot;新しい思想とその語り手思想のスタートアップ&quot;&gt;新しい思想とその語り手：思想のスタートアップ&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;では誰がその思想を書くべきなのでしょうか。そのためにも今一度歴史を振り返ります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ここまでの連載で、第1回と第2回では思想と資本がどう日本で離れていったのか、第3回でアメリカで思想と資本がどう融合していったのか、第4回で日本のスタートアップで思想と資本がなぜ交わらなかったのかを見てきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして明治6年に明六社が立ち上がり、1874年に『&lt;a href=&quot;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E5%85%AD%E9%9B%91%E8%AA%8C&quot;&gt;明六雑誌&lt;/a&gt;』が創刊されたことは第1回で触れました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ここで注目したいのは、当時、彼らはそうした思想を誰かに依頼されて書いていたわけではありませんし、政府の諮問機関でもなければ、国民の代表でもなかったということです。自分たちで問いを立てた、小さな結社から始まりました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同様に第1回で見た大阪万博の起点は、1963年に梅棹忠夫らが立ち上げた私的研究会でした。研究会の構想は7年後、公的な予算と企業の出展判断を経て、実際の建築群になりました。&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/capital-and-thought-4/&quot;&gt;第4回&lt;/a&gt;で取り上げた1971年の『ベンチャー・ビジネス』も学者3人が書いた一冊の本です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その誰もが、誰からも頼まれないまま思想を書き始めて、それを世に問い、検証され、そして良いものが残って広がっていきました。それはスタートアップと同じようにです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;であればまさに今、新たな思想を生み、それを育てる循環を作るために、「&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/rfs-for-aging-society/#6-%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%AE%E9%AB%98%E9%BD%A2%E5%8C%96&quot;&gt;思想のスタートアップ&lt;/a&gt;」が求められているのではないでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それはスタートアップが思想を語るのではなく、誰かが思想（認識、規範、行動方針など）を改めてスタートアップ的なプロジェクトとして書き始めることです。それは資本がなくてもできるはずですし、世界秩序が大きく変わっていく中だからこそ、再び求められ始めているように感じています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;実際、アメリカを見ていると、資本市場とは異なる動きをする財団等からシンクタンクにお金が入り、新しい思想が構築されつつあります（たとえば&lt;a href=&quot;https://takaumada.com/blog/why-business-thought/&quot;&gt;こちらの記事&lt;/a&gt;で紹介したものなど）。そしてそれらの思想がまさに、米国内、そして世界の中で、次の秩序構築に向けて競争し合っている状況です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/capital-and-thought-5/20260908120551.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;誰かが描いた思想が世に普及しなくても、そうした取り組みがいくつもあり、書かれた構想が議論や実行の場に届けば、シリコンバレーから来た思想も、唯一の進路ではなく、比べて修正できる構想の一つになります。オルタナティブを持つ意味は、選択ができることと、比較して議論ができることにあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;逆に今、自分たちの思想や構想を育てないという選択も、決して中立とは言えないと考えています。それがなければ他者の思想やそのものさしに判断を委ねやすくなります。あるいは、共通の尺度として使いやすい「お金」ばかりが重視されることになるでしょう。それではおそらく日本は弱い立場に置かれていきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/capital-and-thought-5/20260908120441.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だからこそ思想を書くことや構想を描くことに、もっと多くの人が挑戦していくことや、そうした人たちをもっと応援していくようなことも重要だろうと思っています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本でも、そうした思想を書き、その思想を実現するための構想を作る人たちに、もっと多くの支援が必要だと考えています。書かれた構想に営利・非営利両方の資本をつけることに加えて、実行の結果を議論し、構想の書き直しにつなげるところまで支える必要があるのではないでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そうした仕組みを構築していくことにこそ、現状の思想競争の中で日本が存在感を発揮し、次の世界秩序の構築への貢献になっていくのでは、と思っています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;米国では、かつての明治時代のように、思想と資本と政治が一体となりつつあります。政府が起業家や投資家が示す未来の構想の実現を支える側にとどまらず、むしろ起業家や投資家が政府を飲み込み、方針を示すぐらいの影響力を持ち始めています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その富と権力の独占の形が決して良いと思わないのであれば、そうではない思想と構想を描く人を増やし、そしてその思想と資本と政治と市民などの様々なステークホルダーのつながりを強めていくことや、別の形を模索することでしかある意味対抗はできません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;https://img.takaumada.com/blog/capital-and-thought-5/20260908120615.webp&quot; alt=&quot;&quot; width=&quot;600&quot;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;米国に比べると小さな試みかもしれません。しかし、明六社の明六雑誌はたった2年で終わったスタートアップのようなものだったにもかかわらず、その雑誌の残した言葉や影響は大きく、今も残っています。そうしたことを考えれば、構想を語る役割は、従来の語り手も、そしてこれからの個人も、もう一度引き受けられるはずです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本や世界の未来の思想を複数の人たちが作り、それをつないでいくこと。そうした取り組みがまさに今求められているように思います。&lt;/p&gt;</content:encoded><dc:creator>馬田 隆明</dc:creator><category>思想と資本</category></item></channel></rss>